第155話 『アーク灯・ガス灯・ランプの棲み分けと石油コンビナート』

 嘉永五年十二月十日(1853/1/19) 

 精煉せいれん方の電力開発方は、信之介が残した初期のダイナモ(発電機)の改良を続けていた。

 アーク灯の点灯には成功したものの、膨大な電力が継続的に必要なために電池では限界があり、安定した電力の供給が必須だったからである。

 信之介が残した発電機は静止部品も回転部品も電磁石となっていて、互いに反発しあうように電磁石を配置して磁界を電機子の周囲に発生させるものであった。

「先生、これでは電力も足りませんし、安定して供す事能いませぬ」

 廉之助がブルークに対して発言する。

「そうですね。磁力をさらに高めることができれば、出力も大幅に上がるのではないかと思います」

 その時、大野|規周《のりちか》が手元の図面を見ながら、思いついた事を言ってみた。

「先生、電磁石ではなく、永久磁石を使った新しいダイナモを作ってみるのは如何いかがでしょうか? 安定するか、出力が如何様いかようになるか知りませぬが、やってみる価値はあるのではないでしょうか」

「永久磁石を?」

 ブルークが興味深そうに聞き返し、考え込んだ後に微笑んだ。

「なるほど、それは試してみる価値があります。まずは磁力の向上に集中しましょう」

 規周はうなずき、すぐに作業に取り掛かった。チームは協力して新しいダイナモの設計に取り組み、永久磁石を使用して磁束密度を高める試みを始めた。




 数週間後、新しいダイナモの試作品が完成し、チームは再びアーク灯の点灯試験を行うために集まった。

「それでは、始めましょう」

 ブルークの指示で、規周がスイッチを入れた。
 
 新しいダイナモが稼働し始めると、安定した電流が供給され、アーク灯がまぶしい光を放った。以前よりも明るく、安定した光が庭全体を照らし出したのだ。

 しかし、すぐに光がちらつき始めた。

「先生、光が安定していません。これでは実用には程遠いです」

「どうやら電流が安定していないようだ。この原因を突き止める必要があります」

 廉之助の報告にブルークはそう答え、電力開発チームのさらなる試行錯誤が始まったのである。




 ■産物方

 ガス灯に関しては光量の問題はあったが、精煉方で研究を進めつつ、低料金に抑える工夫が成されていた。アーク灯は明るすぎて、電力供給の面で高価すぎるという難点があった。

 そのためアーク灯は屋外の大規模な照明に向けて研究が進められ、ガス灯は屋外ではあるが、街灯や商店や研究施設の周辺での利用が研究されていたのだ。

 室内の照明は昔ながらの油を使った行灯や灯籠が優勢だったが、ここに来て原油を精製した灯油が、従来の油を駆逐しつつある。

 価格が魚油と変わらず、明るさが十数倍なら、売れないはずがなかった。

「お里どの、嬉しい悲鳴にござるが、灯油の量が足りませんぞ」

「そうね。信濃や越後で交渉をしているみたいだけど、蝦夷地の開発も進めてもらわなくちゃ」

 お里は国内の化石燃料が枯渇するのを知っているので、海外渡航が可能になれば、朝鮮、中国、台湾での採掘を視野に入れるように次郎に進言している。
 
 それからいずれ枯渇するならば、一カ所にまとめて精製した方が効率が良いかもしれない。精製設備を複数作るとコストもかかるし、幕府から変な横やりが入ったときに人材と設備を守りやすいという事もある。

 輸送費のコストがあったが、リスクを考えれば許容範囲だ。また、将来的に海外での採掘が始まれば、九州西部にある川棚は絶好の立地である。




「という事で頼みます」

「え? 何が?」

 次郎はお里との間にもうけた第二子の里子を抱っこしながらデレデレしている。頼むと言ったお里は長男の武里丸の世話を焼いている。
 
 忙しい二人だが、必ず時間をつくっては子供の世話をしているのだ。

 静との間にも二男一女をもうけているが、こちらは何と言うか嫡流の流れで、乳母がついたり守り役がついたりと、どうしても待遇の差は出てしまった。

 その長男は既に16歳(満)で海軍伝習所に入っている。海兵四号生徒という訳だ。長女の怜は14歳で、飛ぶ鳥を落とす勢いの太田和家との縁談を望む家は多く、婚礼の引く手数多なのだが本人が全くその気がない。

 現代転生人の次郎としては、ゆっくりじっくり考えてという感覚なのだが、妻の静はそうはいかない。早く決めないと行き遅れてしまうのなんのと、騒いでいる。




「石油の事。石炭はまだまだ先、確か……平成まで? だろうけど、そのうち石炭は蒸気機関車と火力発電所になるでしょ。メインが。私たちが死んだ後の事かもしれないけど、どうせやるならそこまでやらなくちゃ。軍艦は重油になるし、この先はガソリンが必要になる。その時の事を考えて、戦争にならないように今から準備しとかなくちゃ」

 お里は子供を抱っこしながらとは思えない話題を次郎に話す。子供第一なんだが、どうしても仕事の話抜きにはならないのだろう。

 次郎はそこまで考えていなかったが、将来的に列強との対立を考えれば、戦争しないためには資源確保と技術面で欧米をはるかにリードしなくてはいけないのだ。

 もちろん、対立しないに越したことはない。

「うん、わかってるよ。だから国内の資源開発はもちろんだけど、開国後の事も考えて、石油コンビナートを川棚につくろうかと考えてるんだ。海外から輸入するのに立地がいいだろ。……本当はガソリンエンジン(ディーゼル)の開発を急いで欲しいけど、信之介もきついようだから」

「うん、私とジロちゃんはどっちかっていうと文系でしょ? あの二人はガチガチの理系だから。無理だけはしないようにしてもらわないとね」

「そうだね」

 大村藩の技術レベルは日本では最先端でも、欧米にはまだ追いついていない。
 
 時間はかかるが可及的速やかに追いつき、追い越さなければならないが、どうしてもそこには信之介への期待と負担がのしかかる。




 常に何をするにでも金がない金がない、といいつつも、俺がこうやって自由にできるのも、信之介や一之進、お里のお陰なんだなあ、と思う次郎であった。




 次回 第156話 (仮)『蒸気機関の改善と消火器』

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