1985年(昭和60年)7月19日(金)終業式 <風間悠真>
「ねえ悠真! これなに?」
美咲と凪咲、そして純美の3人が1組から2組にやって来てオレに聞いてきた。月曜日に発案し、丸3日かけて作ったチラシが完成して、昨日の放課後に1~3年の教室に配っていたのだ。
もちろん、先生の了解は得ている。
2~3年はすでに部活でレギュラーになっている人もいるし、部活強制の呪縛にかかっているので入りはしないだろう。男の有望株が入れば儲けもので、メインは女子の見学者だ。
女子の見学者ならば、学年問わず。
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・風間悠真(1年2組)
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「ねえねえ! ねえねえ!」
3人が詰め寄ってくる。
「いや、なんで……あいつ……1組は祐介がいるだろう? なんでオレんとこくんの?」
「え? なに? 悠真は私が会いに来たら迷惑なの?」
「え? いや、その……私が……っていうと、その……誤解を生むような発言は……いや、嫌ではないよ。みんな応援してくれてるもんね」
オレは歯切れが悪い。高遠菜々子が近くにいたのが気になったのだ。
なんとか話題を変えないと。このまま美咲たちとの会話を続けていたら、菜々子に誤解されそうだ。でも、急に話題を変えたら、それはそれで不自然だよな。どうすりゃいいんだ……。
「いや、それは祐介がバンドリーダーだからだよ。2人でやってるから一応オレの名前を書いているけどさ。リーダーの考えとオレの考えも若干違うところがあるから、それで……誤解を与えるとまずいって言ったんだ」
「ふーん……」
美咲の目がちょっと怖い。
「まあいっか! でも仁木くんがリーダーなんて意外だね」
すぐに笑顔になって美咲は言う。うん、やっぱり可愛い。可愛いんだよ。
「ふーん……」
納得したのか、してないのか? オレの鼓動が高まる。
「でも悠真、意外と控えめなんだ。もっと前に出るのかと思ってたけど」
凪咲が笑いながら言ったのでオレも苦笑いを浮かべる。
「いやいや、そんなことないって。オレだってちゃんとやってるよ。ただオレについてこい! みたいなのは柄じゃないんだよね」
「ふふ、悠真らしいね……なんかこう……ついてこい! じゃないけど、我が道をいく、みたいな?」
今度は純美が優しく微笑む。3人の反応にオレの心臓がさらにドキドキする。でも、同時に菜々子の気配が気になって仕方ない。
「え~と、まあ、とにかく見学に来るならきなよ」
なんとか話を軌道修正しようとする。
「うん! 私たち3人で行くね。楽しみ~」
美咲が元気よく言う。凪咲と純美もうなづいている。
「そうだね。悠真の演奏、聴けるのかな?」
凪咲が期待に満ちた目で聞いてくる。
「ま、まあ、ちょっとはね」
「頑張ってね、悠真」
本当は緊張で胃が痛いけどオレは照れくさそうに答え、純美が励ましてくれた。優しい言葉に、オレの心が少し落ち着く。
「ありがとう。みんな来てくれて嬉しいよ」
笑顔で答えながら、またしてもチラッと菜々子の方を見てしまう。菜々子はこの会話をどう思ってるんだろう。
「じゃあまたね!」
3人が口をそろえて言った。
「ふーん。風間君ってモテるんだね」
え?
「おーい祐介!」
3人が1組に戻ってからしばらくして、オレは逃げるように1組に向かった。
逃げるというか、直感でそうした方がいいと感じたのだ。
高田礼子の机は教室の入り口近くにあった。
礼子の前には背の高い男子生徒が立ち、にやけた顔で何かを言っている。礼子の顔は青白く、目には涙が光っていた。
男子の声が悠真の耳に届く。
「ねえ、お母さんの店、繁盛してる?」
礼子は答えない。ただうつむくばかりだ。
「この前の昼間さ、工務店のおっちゃんが家に入ってくの見たんだけど」
礼子の表情を確認しながらその生徒は続ける。
「印刷工場の親父も一緒だったな」
なんだコイツ。修一の取り巻きのNo.2気取ってる田中勇輝じゃねえか。なにやってんだよ。オレの体が震え始める。かつての自分が味わった痛みと怒りがこみ上げてきたのだ。
「ねえ、お前もお母さんみたいになるの? 簡単に誰とでも……」
その言葉が終わる前に、オレの体は動いていた。
「おい、そこまでだ」
オレの声が教室に響くと勇輝が振り向く。『ゲ!』とでも言いそうな態度だ。
「もう二度と、そんなこと言うな」
「な、なんだよ。冗談じゃねえか。それにおっちゃん達の話は本当だぞ」
礼子の『友達』と呼ばれる女子たちが、少し離れたところでクスクス笑っている。その光景に悠真の怒りはさらに燃え上がる。
「問題はその後なんだよ! そ、れ、も、本当なのかよ! お前ら、なんで見てるだけなんだ?」
オレは叫ぶ。
「友だちなんだろ?」
女子たちの笑いが止まり、戸惑いの色が浮かぶ。
「おい勇輝、お前修一みたいになりたいのか?」
オレは無表情で淡々といった。恐らく氷のような表情というのは、今のオレの顔の事をいうのかもしれない。ポケットをさぐってメリケンサックを探す素振りをする。
「人の親のことをとやかく言うな。お前に何がわかる?」
「わ、悪かったよ。ごめん」
「謝るのはオレじゃねえだろうが!」
「あ、高田さん、ご……○△□※&……」
逃げるように勇輝は教室の外にでた。おおかた2組の親分(修一)のところだろう。
「大丈夫か?」
礼子はかすかにうなづく。その目にはまだ涙が光っていたが、小さな希望の光も宿っていた。
「うん……ありがとう」
実際の礼子の母親の状況は知らないし知りようもない。ただ、子供はそれをどうにもできないのだ。シングルマザーで子育てのために、夜の仕事をしている女性はたくさんいる。
今でこそ(令和)、そういった女性達の社会的ステータスも上がってきたが、今は昭和60年。
偏見があって当たり前の時代だ。もしかしたら本当にお金を借りたり、援助を受けるためにそういう行為を母親はしていたのかもしれない。
だけどそれがなんだ!
必死で生きる事の何が悪い。
そして礼子にはなんの関係もない。
毎度毎度の退屈な終業式が終わった。1学期が終わって待ってましたの夏休みだ!
「おーい悠真、2年生(男)が呼んでるぞ。2組の教室に来いって」
「え? なんで?」
「なんでって、知らないよ。でも2年生からの呼び出しなら行ったほうがいいぞ」
康介だ。なんだよコイツ使いっぱかよ。まあ、伝言を頼まれただけだろうけど。
「あほらし。行かねーよ。何が悲しくてわざわざボコられるのわかってて、2年の教室まで行かなきゃならないんだ? 用事があるなら来てくださいって伝えろよ」
「え、ちょっ、ちょっと待てよ悠真」
オレは康介の心配をよそに音楽室へ向かった。
その途中に職員室に寄った。
次回 第24話 (仮)『もしかすると本当に1番性教育が進んでいるのか?』
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