第24話 『高田礼子と、2回目』

 1985年(昭和60年)7月19日(金)終業式 放課後 <風間悠真>

「という訳で、先輩に呼び出されましたが、ボコられるのがわかっているので、行きません」

 オレは職員室で、正当防衛で殴った修一や小学校の時にトラブルがあった正人が2年とつながっていること、そしてその仲間の勇輝が、これも2年の先輩とつながっている事を伝えた。

 2年の教室に行けば、間違いなく暴力を振るわれるので行かないと告げたのだ。

「……? 風間君、君はそんな事をわざわざ言いに来たのかね?」

 教務主任の竹田だ。

 そんな事、だと? これが生徒にとって一大事だということがわからないのか? ああダメだ。もうすでにこの時代から教師は死んでいる。(全国のそうでない教師の方すみません!)

 イジメの事前相談でSOSなのに無策! うーん、小学校も中学校も変わらんな。

「……まあそれはいいです。今後なんですが、もしオレが何もしていないのに暴力を振るわれたり、振るわれそうになったら、正当防衛で殴ってもいいですよね?」

 竹田は、一瞬困惑した顔を見せた。

「何を言っているんだ、風間君。暴力はどんな理由があっても許されない。学校では問題があれば先生に相談するように言っただろう?」

「え? だからそれをさっき言ったら、先生はそんな事呼ばわりしたじゃないですか」

 オレは少し苛立ちを抑えながら、竹田に言い返した。竹田は軽く眉をひそめ、口を一文字に結ぶ。

「君の気持ちはわかるが、だからといって、暴力で解決しようとするのは間違っている。学校はそういう場所ではない」

「じゃあ、黙って殴られっぱなしでいろと?」

 オレは声を荒らげた。竹田は眉をひそめ、困惑した表情を浮かべたが、すぐに落ち着きを取り戻し、冷静に言葉を返してきた。

「そういう意味ではない。学校にはちゃんとした手順がある。問題があれば、教師に報告し、適切に対応するんだ。それが生徒としての責任だ」

「えーっと……つまり? つまりは、ボコボコに殴られても抵抗せず、殴られるだけ殴られて、顔を腫らした状態で、殴られました、でもボクは抵抗しませんでした! と、報告しにこいと?」

 オレは皮肉を込めて問い返した。竹田は険しい表情を浮かべたが、冷静を保とうと努めるように深く息をついた。

「そんな言い方をしても、君の言い分は通らない。報復や自己防衛で暴力を行使すれば、それは相手と同じだ。暴力に対して暴力で返すのではなく、大人しく先生に任せることが正しい選択だ」

「でも先生、オレは殴られたくないですよ。痛い思いもしたくない」

「……」

「まあいいや、とりあえず報告はしましたから」

 ダメだ。脳みそ沸いてやがる。

 ■音楽室

 オレはムカつきを抑えるために練習に没頭しようと思った。ストレス発散だ。危険を冒して3階から2年がいる2階を過ぎて1階の職員室までいったのに、収穫が全くなかったからだ。

 まあ、ある意味予想通りだったけどな。日和見主義者ばっかりだから。

 見つからないように3階まで上がって音楽室の前にいくと、礼子がいた。

「あ、礼子。どうしたの?」

 礼子はオレの姿を見て、少し安心したような表情を浮かべた。

「悠真、朝はありがとう」

 オレは軽く首を横に振った。
 
「気にするな。あいつらはクソだ」

「ふふ……強いね悠真。あ、あの、またお弁当作ってきたんだ……」

 礼子は少し恥ずかしそうに言いながら、小さな包みを差し出した。オレはそれを見て、思わず笑みがこぼれた。

「マジか? また作ってくれたのか、ありがとうな。前のもすごく美味しかったよ」

 礼子は顔を少し赤くして、照れくさそうに笑った。

「喜んでもらえてよかった。もしよかったら、今日も一緒に食べない?」

「もちろんだよ。ちょうど腹が減ってたところだしな」

 オレは礼子の誘いに嬉しそうに応じ、二人で音楽室の窓際に腰を下ろした。窓から差し込む午後の陽射しが、静かな音楽室の中を包んでいる。

「あれ? 礼子、今日のテニス部の部活は?」

「え? ……うん、ちょっと体調悪いって顧問の先生にいって休んだ」

「そっか」

 体調というより、メンタル面だろう。オレと会話することで、ちょっとでも回復してくれたら嬉しい。

「じゃあ、これ食べたら帰るんだね……」

 オレはちょっと残念な気がした。もしかしたら前みたいに一緒に帰れるかもしれないと思ったからだ。そう言えば、前はなんで一緒に帰ったんだっけな?

「えっとね……、うんと……軽音楽部、見学しても、いい?」

「え? 嘘! まじで? いいよいいよ! 大歓迎だよ!」

 オレは思わず声を上げてしまった。礼子が軽音楽部に興味を持ってくれたなんて、正直驚きだった。

「本当に? でも、迷惑じゃない?」

 礼子は少し不安そうに聞いてきた。オレは首を振る。

「全然! むしろ嬉しいよ。人に聴いてもらえるのって、すごく励みになるんだ」

 礼子の表情が明るくなる。

「おーい祐介!」

「おっせえぞ! 何やってたんだよ!」

「ごめんごめん! 腹痛くてさ。それよりも、ジャッジャーン! 見学第1号!」

「お、お? ……おう」

 オレの思惑は女子の見学者を増やす事だったが、祐介は女を意識していない。コミュ障でしかも女子なら、祐介がフリーズするのは無理もなかった。

 それでも演奏となるとさすがで、祐介は聴き入るような演奏を行い、オレもなんとか、なんとか聴かせられるレベル? で弾けたと思う。

 そうやって、時は流れていった。

「じゃあ、終わりにすっか」

 部活終わりのチャイムがなり、軽音楽同好会の練習は終わった。祐介はさっさと片付けて帰って行ったが、オレは美咲たちがいるから、片付けが終わったら1階の渡り廊下まで行って待たなくちゃならない。

 今日は土曜日なので|凪咲《なぎさ》と一緒に帰る日である。

「あの、……悠真。今日……一緒に帰らない?」

「え、あ、今日は……」

「だめ?」

「いや、……うん、だめ、じゃ……ない。なんとかする」

 今日は凪咲と一緒に帰る日だが……。

 もしかすると、もしかすると……礼子とこの前一緒に帰ったときの、あの続きができるかもしれない! オレは瞬時のその計算が働き、凪咲には祐介と練習すると言い訳することにした。

 妄想で頭がいっぱいになって鼻の下が伸びる。

 もちろん、嘘にならないように、ちゃんと祐介の家にはいく事にする。

「え? ダメなの?」

「ごめん、急に決まっちゃってさ。感覚を忘れないように早めに合せたいって言われたから……」

「じゃあ私も一緒にいく!」

「え、あ、いやあ……それはどうかな。ほら、祐介ってあんな感じだろ? 女子が行けば、しかも自分ん家なんだから余計だよ」

「えー……。そっかあ……。う、ん。じゃあしょうがないね。でも悠真! ちゃんと埋め合わせしてよね」

「ああ! それはもちろんだよ!」

 凪咲はすごく悲しそうだ。ごめん! 本当にごめん! でも、この、下半身には逆らえないのだよ。

 オレと礼子は前回と同じように裏門の階段で待ち合わせて、バスの時間とズレるように帰った。途中の神社までがもの凄く遠く感じたが、冷静に礼子と会話をするので精一杯だったのだ。

「ここで、少し休んでく?」

「うん」

 礼子は少しだけ|頬《ほお》を赤らめている。道路から山側の神社へと向かうまで、オレは礼子の手を握った。礼子は顔を赤くしながらも抵抗はせず、そのまま境内へと入っていく。

 石のベンチに腰をかけ、オレは深呼吸をした。

「ねえ悠真」

「ん?」

「好き」

 上目遣いの礼子はゆっくりとオレを見つめている。
 
 オレの返事を待っているのか? それともキスを待っているのか? オレは一応順序は大事だと思い(なんじゃそりゃ?)、オレも好きだよ、とささやいた。

 なんだこれ、ドキドキが過ぎるだろう? 至近距離の礼子からはお約束のシャンプーの香りがする。ああ、もうたまらない。礼子はオレの言葉を確認したのか、目を閉じている。

 オレはゆっくりと礼子の唇に自分の唇を重ねた。

 やわらかい感触と共に、心臓の音がバクバクと鳴り響いているのがわかった。それからゆっくりと口を唇にあて、礼子の口がゆっくりと開くと舌を入れた。礼子も舌を絡めてきて、ピチャピチャと濡れた音がする。
 
 キスってこんなに気持ち良かったっけ?
 
「あ……ん……」

 礼子の声が漏れる。ああヤバい。下半身が暴走する! オレは思わず礼子を抱きしめた。そしてキスをしながら、左手をゆっくりと礼子の左胸へ持って行く。

「あ、だめ……悠真っ」

 ダメじゃないだろ? そんな可愛い声で言われたら、もう止まらないぞ! これはいわゆるジラシなのかとも思いつつ、オレは左手で胸をもみながら、右手をスカートの中に入れた。

「だ、だめ! ……本当にだめだよ」

「なんで? 嫌?」

 オレは手を止めて聞いたが、礼子は首を左右に振った。

「違うの。でも、ここじゃ……」

 ああそうか、さすがに外はまずいか。じゃあどこならいいんだよ? と聞くと、礼子は顔を真っ赤にしながらオレの耳元でささやいた。

「私の部屋……とか?」

「え? あ、ああ! そ、そうだな。そうしようか!」

「うん。じゃあ、その……行こ」

『止めておけ! まだ早い! この子とはまだ早い!』

「痛ええええええ!」

 オレは思わず頭を抱えて叫んでしまった。今までの甘く身も心もとろけそうな体験が、殴られたような痛みと共に終わりを告げたのだ。……まただ! いったい、これは、何なんだ?

 しかし、こんなことで諦めてはならない。オレは深呼吸をして、○ッチな事をするために妄想で頭をパンパンにした状態で、礼子と一緒に家に向かおうとした。

「痛ええええええ!」

 また頭を抱え込むオレ。

「悠真、どうしたの? 大丈夫?」

「う、うん。大丈夫」

 ……数回続いた激痛に、ついにオレは諦めた。

 いったいこれが何なのかわからないが、何かの危険を知らせるシグナルなのか? ここにオレが転生している時点で説明できない事象なのだが、オレはこれを事象パート2と名付けた。

 結局オレはそこで礼子と別れ、祐介の家にいった。その頃には正常に戻っていたが、もし何かの天の啓示のようなものなら、従うしかないのか?

 なんだこれ、転生してラブコメ要素&サクセスストーリーかと思ったら、ファンタジー要素も含まれているのか?

 しかし前回は胸を触ろうとしたところで、声が聞こえた。今回は、少し進んだのだ。まあ、よしとしよう。(よしじゃねえよ!)

 次回 第25話 (仮)『玉の浜海水浴場での刺激の強い目撃談』

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