第29話 『新城悟と彼女。凪咲との外泊』

 1985年(昭和60年)8月24日(土) <風間悠真>

 海水浴場はお盆を過ぎると急激に客足が遠のく。まだまだ暑く、夏真っ盛りなのにだ。クラゲのせいで夏のバイトは減らされて、でもさすがに4人全員クビにはならない。

 叔父さんは優しいのか、ちょうどいい感じに割り振りをして、女の子3人よりも多めにシフトを組んでくれたのだ。毎日4人(オレと美咲と凪咲と純美)じゃなくなって、2~3人になった。

 ここでオレのスケジュールも少しゆっくりになるんだが、凪咲と予定していた18日(日)に、凪咲が体調不良で夏祭りに(別の場所)行けなくなった事で事態が急展開する。

 美咲は2回目になるのでダメだし、純美は他に家族との予定を入れていた。

 結局その日は夏祭りには行かなかった。何が悲しくて1人で夏祭りなんぞに行かなくてはならないのだ。51脳のオレはそう思い、大人しく自宅でギターの練習をしたんだ。

 その後、凪咲も体調が復活して、別日に別の内容でデートしようって事になったんだ。行き先は佐世保。まあオレは何度か行っているし、凪咲も行ってるから、夕方の便で帰ってくるならOKを貰えたようだ。

 ■PM5:00 佐世保 万津ターミナル

「え? 嘘やろ? まじで?」

「どうしよう?」

 佐世保発 17:05 有川着 → 宇久平着 → 小値賀着 19:40 宇久平着 20:25

「なんだよ! →ってなんだよ!」

 最悪だ。最終便は最終便でも、オレ達が乗った有川には行かない。

「凪咲、お前親に何て言って出てきたんだ?」

 深呼吸したオレは凪咲に聞いた。

「え、私、佐世保に買い物に行くってしか……言ってない」

 ある意味正解だ。オレと一緒なんて言ってたら許可されてなかっただろうし、されてたとしても、今のこの状況なら間違いなく発狂するぞ。

 オレは凪咲の顔を見た。いつもは明るく振る舞っていても、不安がっているのは誰が見てもわかる。こんな顔をさせてしまったのはオレの責任だ。何とかしなきゃ。

「よし、凪咲、落ち着いて。まずオレは親に連絡するよ」

 10円玉を公衆電話に入れて家に電話をかける。コールが鳴って親が出るまでが妙に長く感じた。

「もしもし、風間です」

 お袋の声だ。

「かあちゃん、ごめん。今佐世保なんだけど、いや、あの……最終便に遅れちゃって。今日は佐世保に泊まりなる」

「はあ! ?」

「何言ってんのあんた? 泊るって、どこに泊るの?」

 お袋の声は驚いたような呆れたような、そんな感情が入り交じっていた。

「いや、ほら……前に話した事あるよね? 川下楽器で働いている新城さん。その先輩の家に泊めてもらえるようになった」

「なったってあんた……そんな人様の家に簡単に泊るっていっても、ちゃんとお礼しなくちゃいけないし」

「いやいや、別にそんな事しなくていいよ。ね、いいね? じゃあね」

 オレはガチャンと電話を切った。お袋は話が長いし10円玉がもったいない。それよりも、泊めて貰うっていったけど、まだ約束していない。もしかしたらダメかもしれないのだ。

 オレの家なんてどうでもいいんだよ、問題は凪咲。

 ああ、しまった。順番逆だった。先輩の……ああ、まだバイト中か。じゃあ店に電話しよう……。

「はい、お電話有難うございます、川下楽器です」

「すみません、風間と申しますが、新城さんいらっしゃいますか?」

「はい、新城ですね。少々お待ち下さい」

 店員が保留音を押して悟兄を呼び出してくれた。

「はいお電話代わりました……え、なんだよ。悠真か。どした? うん、え、いや落ち着け。うん……わかった電話じゃなんだから、店の真向かいにサ店あったろ? 6時には終わるからそこで待ってろ」

 ■PM6:00 喫茶 白樺

「おう、ごめん。待たせたな」

「悟くん……」

 心配で落ち着かないオレ達のもとに、バイトが終わった悟くんが現れた。

 先輩はさすが大人だ。ゆったりしていると言うか、余裕がある。いや、いやいや待て待て。51脳のオレ、よく考えろ……。ここで1番の年長者じゃないか。

「悠真、いいか」

 そう言って悟君は、注文したアイスコーヒーをストローで一口飲んでいった。オレ達2人の分も頼んでくれたのだが、喉を通らない。 

「まず、泊るところは何とかなった。オレん家が民宿やっているから、電話したら即OKだった。ただ、問題はその、えーっと名前は?」

「凪咲です。白石凪咲です」

「そうか、凪咲ちゃんね。その凪咲ちゃんの親だ。悠真、お前の親はなんともなかったろ?」

「はい」

「だろ? 男の親なんてそんなもんだ。問題は……悠真、覚悟しろ」

「え?」

「え? じゃねえよ。お前がちゃんとしてねえからこうなったんだろうが? ちゃんとお前の口から電話で説明しろ。納得してもしなくても、凪咲ちゃんの泊るところはある。心配ならうちの親からも電話してもらう。なんなら警察に事情を説明して、連絡してもらって安心してもらう。でも問題は、お前自身だぞ、悠真」

 オレは腹をくくった。

 喫茶店の中にも公衆電話はあったが、先輩のはからいで自宅まで連れて行ってもらい、そこで電話をすることになった。

 ■PM7:00

「もしもし、お母さん? うん、今佐世保なんだけど、帰りの船がね……」

 凪咲は電話口で母親と話している。しばらくすると父親に代わったようだ。

「悠真……お父さん」

 オレはごくりと唾を飲み込み、深く、深く深呼吸をする。

「もしもし! 夜分お休みの所を大変申し訳ございません! 私、凪咲さんの同級生になります、風間悠真と申します。このたびは、大変申し訳ございません! 実は凪咲さんは私と一緒に佐世保に来ておりまして、その、全て私の不手際です。凪咲さんには何の落ち度もありません! どうか叱らずにお願いいたします。誠に申し訳ございません!」

「……」

「……あの、お父さん? いや! 違います! 凪咲さんのお父さん!」

 と俺は必死に訂正した。電話の向こうからは静かな間が続いたが、その沈黙が逆に恐ろしく、俺はさらに焦った。ようやく凪咲の父親の低く落ち着いた声が響いた。

「……風間くん、だっけ?」

「はい、そうです!」

 俺は緊張しながら返事をした。

「まずは、謝罪の電話をありがとう。ただ、そちらで何があったかは娘からも聞いた。船に遅れたのは仕方ないとして、しっかり安全な場所に泊まる準備はできているんだな?」

「はい! 新城さんという私の先輩の家が民宿……ホテルを経営してまして、ご厚意でそこに泊めてもらうことになっています。信頼できる方ですので、ご安心ください」

 電話越しに少しの沈黙があったが、その後凪咲の父親が確認するように聞いてきた。

「新城……ホテル新城かね?」

「え?」

 オレは悟くんにホテル新城? と聞いて確認をとった後に、その通りです、と答えた。

「そうか……ふふ、世の中は狭いな。まあ|そ《・》|こ《・》|な《・》|ら《・》安心だろう。凪咲と代わってくれるかい?」

「は、はい!」

 オレは凪咲に受話器を渡し、尋常じゃないくらい高まった心臓の鼓動を聞いている。凪咲はと言えば、電話口でなんだか笑顔で話している。

「うん、え? ……うん、うん……」

 電話が終わった凪咲の様子がおかしい。

「どうした凪咲? どうだった?」

「えっへへ~。うーんとね……」

 なんだどうした甘ったるい男心をくすぐるような声だして。

 凪咲は嬉しそうに微笑んで、オレの腕にそっと手を置いた。その仕草に、オレの心臓が少し早くなる。

「お父さんね、悠真のこと褒めてたの」

「え?」

 オレは思わず声を上げてしまった。凪咲の父親が、オレのことを?

「うん。ちゃんと電話してくれて偉いって。それに……」

 凪咲は少し照れくさそうに言葉を続けた。

「今度うちに遊びに来いって」

 オレは言葉を失った。まさか凪咲の父親に褒められるどころか、招待されるなんて。

「ほ、本当に?」

 凪咲は頷いて、オレにもっと寄り添うように体を寄せてきた。腕にしがみついて体を密着させてくる。ち、ちかいどころか胸が、胸が当たってるよ。

「うん。お父さん、悠真君のこと気に入ったみたい」

「う、うん。お、おう……」

 オレはつぶやくように言った。凪咲はさらにオレに寄り添って……いやもう、これわざとやってるだろ?

「あ、あの……凪咲」

 オレが何か言おうとしたとき、ノックの音がして悟くんの声が聞こえた。

「おーい、二人とも。風呂の準備ができたぞー。なんだったら2人一緒に入るか~」

 凪咲はさっと離れ、顔を赤らめた。オレも慌てて咳払いをした。

「ひいえ、いえ、けっこうです!」

 裏返ったオレの声を聞いた悟くんは言った。

「ばーか! 冗談だよ悠真! おめえにはまだ早えよ!」

 次回 第30話 (仮)『太田純美のズルい! 私も!』

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