第29話 『5ヶ月後の世界:現代~弥生~現代の漂流者』

 2024年11月9日(12:00) 福岡市 自宅 <中村修一>

 「やべえな。マジかあ……ていうか、当たり前っちゃ当たり前だけど」

 オレはマンションの前にきて、あ然と言うか当たり前の光景を目にする。

 ポストは郵便物であふれ、入りきらないチラシや封筒がはみ出ていた。留守中の5ヶ月分の郵便物は、オレの生活がここで止まっていたことを痛感させる。

 長崎でレンタカーを借りて2台で福岡まで帰ってきたんだが、途中温泉にもよって疲れを癒やした。それからイサクとイツヒメ、そして壱与の服を買わなくてはならなかったから、途中でホームセンターにも寄ってきたのだ。

「シュウ、大丈夫か?」

 壱与は隣に立ってオレの様子をみて心配して声をかけてくれる。

「……ああ、大丈夫だよ。ちょっと現実に戻ってきた感じでね」

 オレは壱与に微笑みかけた。彼女の心配そうな表情を見て、少し気を取り直す。

「じゃあ、まずはコレをゴミに捨てて、と……」
 
 オレはポストから郵便物を取り出し始める。

 請求書、広告、知人からの手紙。5か月分の生活の痕跡が、束になって手の中にある。それを見ながら必要のないものはポストに備え付けのゴミ箱に捨てた。

 請求書、といっても家賃に光熱費は口座引き落としにいるから問題ない、というかギリだった。もしもう1か月向こうにいたら、完全にアウトだった。電気とガスは止められ、家賃も滞納で住めないだろう。

 アブねえアブねえ。

 こういうのも、向こうにいたまんまなら、考えもしなかっただろうな。

 イサクとイツヒメは興味深そうに周りを見回している。現代の建物は彼らにとって不思議なものばかりだろう。

「ここが修一の住処なのですね」

 イツヒメが言った。

「とても奇妙な造りの建物です」

「ああ、これもマンション。あのコンビニの近くにあったろう? あれのもっと大きいヤツ。中に入ればもっと驚くと思うよ」

 オレのマンションは3LDKだ。

 鍵を取り出しながらオレはそう答え、ドアを開けて5か月ぶりの自宅に足を踏み入れるが、埃っぽい匂いが鼻をつく。カーテンを開けると、久しぶりの陽光が部屋を照らした。

「さて、まずは掃除だな。それと、みんなの寝る場所も考えないと」
 
 オレは呟きながら、頭の中で今後やるべきことをリストアップし始めた。するとスマホが鳴る。

「せんせー。100パーに停めたよ。24時間で2,000円だってさ」

 オレは電話に出ながらうなずいた。

「ああ、了解。そこに停めといてくれ。今から部屋の準備するから、30分くらいしたら上がってきて」

 電話を切ると、オレは壱与たちに向き直る。

「他のみんなも到着したみたいだ。近くの駐車場に車を停めてる」

 壱与が首を傾げる。

「シュウ、この建物には馬をつなぐ場所がないのか? 前に来た時はたくさんあって、今も白い線で囲まれて空いている所がたくさんあったぞ」

「ああ、このマンションには車を停める場所が1台分しかないんだ。オレの車はそこに停めたから、みんなは近くの有料駐車場を使うことになった」

 オレは少し笑いながら答えると、イサクが眉をひそめる。

「有料とは……金を払うのか?」

「そうだ。でも心配するな。今は仕方ないけど、もっと良い方法を考えるから」

 オレは部屋を見回し、急いで掃除を始める。

「イサク、イツヒメ、手伝ってくれないか?  まずは床を掃除して、布団は……ねえか。前は壱与はソファーで寝てしまったからな。うーん、3人分の布団も買わないといけない。あいつらが戻ってきたら、買いに行って……あ、それよりもまずいな……」

 オレは致命的な事に気付いてしまった。もしかすると尊あたりは気付いて対処しているかもしれないが、だとしても、どうしようもない。とにかくまずは、連絡だ。

 ピンポーン。

 インターホンが鳴った。

「おう! 入ってくれ」

 オレは6人を中に入れて、さっそく話した。

「みんな、もしかするともう連絡したかもしれないが、今が11月だとすると……」

「いや、せんせ。それもう間違いないよ。スマホの時計だってそうだし、くる途中のコンビニで新聞見たら、間違いなく今は令和6年、2024年の11月9日だよ」

 尊が言った。

「そうか……予想通りだな。じゃあ、警察にも捜索願が出てるし、大学も大騒ぎになってるだろう。家族も心配してるはずだ。みんな、まだ誰にも連絡入れてないんだよな?」

 オレが深刻な表情でうなずくと、比古那が前に出て、緊張した様子で言う。

「はい……実は、おれたちも同じことを考えていて、来る途中で話し合ったんです。でも、どうしていいかわからなくて……結局、誰にも連絡できませんでした」

「私たちも突然姿を消して5ヶ月経ってるわけで……家族も大学も警察も、きっと大騒ぎになってると思うんです。でも、どう説明すればいいのか……」

 美保が続けた。いつもは大人っぽい美保も、さすがに参ったのか不安げだ。

「そうだよな……7人が同時に姿を消したんだから、大事件になってるはずだ。タイムスリップなんて、誰も信じてくれないだろうし……」

 オレの言葉に続いて槍太が不安そうに言う。

「先生、どうすればいいんでしょうか。嘘をつくのも難しいですし……」

「でも、まずは無事だという連絡だけでも入れるべきでは……」

 咲耶が付け加えた。

「そうだな……まずは行動しないと。家族に連絡を入れて、無事を伝えるところから始めよう。その後、警察と大学にも連絡しないといけない。大学はオレは間違いなく解雇になっているだろうけど、お前らは別だ。成績も良かったし、単位も問題なかったろう?」

 千尋が小さな声で言う。

「でも、どう説明すれば……」

「よし、じゃあこうしよう。まず全員、家族に電話して無事を伝えてくれ。詳しい説明は避けて、とにかく無事だということだけ伝える。その後、警察に連絡を入れる。大学には……うーん、これはオレから連絡を入れるよ。もし退学処分になっていたら、復学できるように頼んでみる」

 非常勤講師のオレにそんな権限はない。それに間違いなく解雇されているだろう。

「シュウ、大丈夫なのか?」

 壱与が心配そうに言った。

「ああ、何とかなるさ。それより、君たち3人のことも考えないといけないな……」

 オレは壱与に微笑みかけながら答える。それを見たイサクは真剣な表情だ。

「吾らのことは心配せずとも。壱与様とシュウ……の助けになれれば」

「ありがとう。じゃあ、みんな準備はいいか?  これから大変なことになりそうだ」

 全員が緊張した面持ちで頷く中、オレは携帯電話を手に取った。

 次回 第30話 (仮)『それぞれの2024年と256年』

コメント

タイトルとURLをコピーしました