2024年11月12日(22:00) SPRO 地下施設
「みなさんは、知恵の実遺伝子という言葉を聞いたことはありますか?」
結月が全員を見渡して言った。修一は顔色が悪い。
「正式名称はARHGAP11B(アーギャップ・イレブン・ピー)、ヒト特異的遺伝子といいますが、最近のテレビでも紹介されたので、ご存じの方もいるかもしれません」
「あ!」
槍太が突然声を上げた。
「聞いた事があるよ。確か……『行きすぎ都会伝説』って番組でやってた。内容はあんまり憶えてないけど、なんだか人類の進化の定説がかわるとか……」
「その通りです」
結月はふふふ、と笑いながら続ける。
「このARHGAP11Bは、約100~200万年前に突然変異によって生まれた遺伝子です。この遺伝子の出現により、ヒトの大脳新皮質が急激に発達したと考えられています」
結月は、3Dホログラムに映し出された頭蓋骨を指さした。
「脳の大きさを頭蓋骨の内側の容積で測ると、約1,000万年前の大型類人猿の脳はおよそ400ccでした。その後、約400万年前から200万年前にアフリカで生息していた初期人類、アウストラロピテクス・アフリカヌスの脳は、500cc弱にまで拡大しました。この時期までの進化において、脳の容積はゆっくりと緩やかに増加していったのです」
説明を加えながら結月は頭蓋骨のホログラムを次々と変える。
「ところが、です。約200万年前のホモ・ハビリスから100万年前のホモ・エレクトスで急激に増え、さらに加速してネアンデルタール人までの間で増加するのです」
結月は次に進化の系統図を指した。
「この急激な脳の発達は、まさにこのARHGAP11B遺伝子の出現と時期が一致するのです」
結月は言葉を切り、深く息を吸った。
「そして私たちの研究で、このARHGAP11B遺伝子自体が、実は地球外起源である可能性が高いことが分かってきました」
「地球外……?」
槍太が目を丸くする。もう宇宙人なんて、とは言わない。
「そうです。この日航機に付着していたDNAの中には、ARHGAP11Bと同一、あるいは極めて類似したものが含まれていました。これが示唆するのは、約200万年前に人類の祖先が異星からの来訪者と交配していた可能性です。この仮説が正しければ、私たち現代人はごくわずかではありますが、異星人の血を引いていることになります」
「セック……いやエッ……、いや交配して、さらになんらかの遺伝子操作もしていた、と?」
「はい」
結月の短すぎる返事に、全員黙りこくった。
特に修一の表情は驚きと不安で、およそいつもの修一を知る人間からは想像できない様子だ。
(そういえば、イツヒメちゃん、めちゃくちゃ記憶力良くなかった?)
(そうだイサクも、武道場で土方さんや杉さんが言ってた。尋常じゃない身体能力だって)
(壱与ちゃんも、すっげえ勘がするどくない? せんせー浮気したら間違いなく即バレるぜ)
冗談とも本気ともいえる会話が、ヒソヒソ声で現代人大学生6人の間で交わされている。
「そう言えば先生も、弥生時代に飛ばされた時、すぐに会話が聞き取れて話せたって言ってなかった? これも言語能力が優れているってこと?」
「あ、ああ。うん、そうだな。そういう事になるのかな」
修一は尊の質問に上の空で答えた。尊はいち早く弥生人と意思の疎通ができたが、それは漢文と中国語の知識があっただけで、修一のように即座に対応できたわけではない。
「シュウ、大丈夫か。心配せずとも汝のそばにはいつも吾がおる。これから先、何があっても吾は汝の側を離れぬゆえ、安心するがいい」
壱与は修一の側によって、手をギュッと握って上目遣いで言った。そこにはある種の決意のようなものが見えた。
「ありがとう壱与。オレも、離れない」
修一は壱与に向かい合い、抱きしめた。
これまでの照れくささや曖昧な感情が一気に消え去り、強く抱きしめた。壱与もそれを受け入れ、二人はしっかりと抱きしめ合う。
「ひゅ、ヒューヒュー! せんせーやるねえっ!」
槍太が茶化すと、全員が不安を振り払うように笑い出した。イサクも空気を察したのか、笑顔こそ見せないものの、静かに見守っている。その手には、しっかりとイツヒメの手が握られていた。
結月は現時点で考えられる事を仮説としてホワイトボードに書いた。
『仮説』
・100~200万年前に人類は異星人により遺伝子操作をされた。
・弥生人と異星人の交配により現代の人類が形成された。
・壱与達の特別な力はそのため。修一は先祖返り。
・タイムリープの謎は依然としてあるが、異星人が研究結果を確かめる為に設置したとも考えられる。
次回予告 第40話『アメリカのNIAP(二アップ)とロシアのIIA、そして中国の特殊現象調査局』
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