1986年(昭和61年)2月23日(日)朝、8時半。快晴 <風間悠真>
緊張と少しの期待感が入り混じる中、12脳のオレは鏡の前で服装を整えていた。
「……よし、こんなもんか」
今日は礼子の家での勉強会。今出発すればどんなに遅くても10時前には着く。
自宅でやるのは今回で2回目だが、礼子とも他の女と同じで徐々に親密度が高まっている。おっとりした控えめな子かと思ったら大胆なキスをしてきたり、予想外な積極的な行動を見せたりもする。
とはいえ今日は勉強の日だ。目標の範囲をしっかり終わらせないと、礼子にも失礼だし、自分の成績にも響く。
「お母さん、ちょっと行ってくる」
「はいはい。ちゃんとお礼を言うのよ」
もちろん、お袋には女の家なんて言わない。男の家という事にしてある。
玄関のチャイムを押すと、礼子がすぐに出てきた。
「悠真、早かったね!」
礼子の笑顔は相変わらず眩しい。本当にオレとの勉強会を楽しみにしていたようで、いつもよりニコニコ度が上のような気がする。
落ち着いたピンク色のカーディガンを着ていて、なんだか柔らかい雰囲気だ。
「お邪魔します」
玄関で靴を脱ぎ、2階の自室へ通されると、すでにコタツの上には勉強道具とお菓子が並んでいた。手作りクッキーの香りが漂う。
「これ、昨日焼いたんだ。勉強しながらつまめると思って」
「すごいな。ありがとう、助かるよ」
礼子と並んで座布団の上に腰を下ろす。
最初の1時間は順調だった。オレは英語が得意だったが、礼子も得意なのだ。だからお互いに文法や単語の覚え方を教え合い、テストをしあう。
「ねぇ、ここちょっと分からないんだけど……」
礼子が教科書を指さすと、つい彼女の指に目がいく。その細くて綺麗な手が、なんだか印象的だった。
「ええっとね、オレは不規則動詞から覚えるようにしてるよ。どう考えてもそっちの方が少ないから。動詞の単語を覚えて、不規則動詞を覚えたら、それ以外は全部規則動詞にならない?」
「あ! そっかぁ」
説明していると、どうしても礼子の顔と近づいてしまう。
「あ、ごめん。近かった?」
「う、ううん! 大丈夫……」
礼子は少し赤くなりながら目を逸らした。オレはどうしても我慢ができなくなって、コタツの中に手を入れて礼子の太ももに触れた。
「あっ悠真!」
礼子は驚いてすぐに俺の手を握ってどかそうとしたが、オレはグッとその手を握った。礼子の顔が赤い。
「手を、握りたいけど……これじゃあ勉強にならないね」
「……うん♡」
礼子は少し恥ずかしそうに微笑むと、そっと手を引き戻した。
「じゃあ、勉強が終わったら……その、手を繋ごう♡」
オレは二つ返事でOKした。
「よし、じゃあ気合い入れて残りを片付けよう。終わらせたら……続きね」
礼子は頬を赤らめながら、小さくうなずいた。なんだか勉強に集中する理由がもう一つ増えた気がする。
「ふぅ、なんとか終わったな!」
午後1時半、オレはコタツの上に広げられたノートを閉じながら伸びをした。思った以上に集中して勉強が進んだから、予定していた範囲は全部終わったんだ。
「悠真、ありがとね。すごく分かりやすかったし、一人でやるより全然楽しかった!」
礼子はクッキーの皿を片付けながら嬉しそうに言った。
「オレもだよ。礼子と一緒だと勉強も楽しいし、分からないところもすぐ聞けるから助かる」
そんな風にお互いを褒め合いながら片づけを終えると、礼子が突然、手を差し出してきた。
「……終わったから、繋いでもいい?」
その一言に12脳はドキリとしながらも、オレは礼子の手をしっかり握った。
「もちろん。けど、これだけじゃ足りないな」
「えっ?」
礼子が驚いた顔をするのを見て、オレは彼女の手を引き、そっと自分の方に引き寄せた。礼子の顔が近づく。
「礼子、目、閉じて」
礼子は少し戸惑ったものの、静かに目を閉じた。その瞬間、オレはそっと礼子の唇に触れるようにキスをする。柔らかくて、少し甘い香りがする唇。
昨日焼いたというクッキーの味が残っている気がした。
そのままディープキスをして抱き合う。礼子の頬は真っ赤で、多分オレも顔が熱くなっているんだろう。うーん、12脳は正直だ。51脳ならこの程度で赤面はしない。
最後の一線はもちろんまだ越えてない。でも一通りイチャイチャした後だから、それなりの満足度はあった。
「あ、そうだ。トイレ貸してくれない?」
「え? いいよ。ついてきて」
礼子に案内されて1階に降りたんだが、玄関から男と女の話し声が聞こえた。
どうやら女は礼子の母親のようだ。片方は中年の男で、二日酔いなのか少しフラフラしていた。
「ありがとう。またよろしく頼むよ」
男はそう言いながら出て行った。
やばい、噂の真相、目撃しちまったか?
礼子の母親は派手な化粧をしているが、どこか疲れた表情の女性だった。
「あれ、礼子どうしたの? それから……そちらは?」
「悠真君だよ。勉強教えてもらってたの」
「ああ、あの? 礼子から聞いてるわ。あの? 礼子がいつもお世話になってるんだってね。ありがとう」
母親が笑顔で話しかけてきた。
いったい礼子はオレの事を母親になんと話しているんだろう? 他の女もそうだが、非常に気になるところだ。
「いえ、こちらこそ」
オレはきちんと挨拶を返す。
「みっともないところ、見られちゃったわね」
そう言って、母親は少しだけ肩をすくめたが、オレは即座に真っ直ぐな目で母親を見つめ、口を開いた。
「みっともないなんて、とんでもありません! 一生懸命に礼子さんを育てている姿、尊敬します! だからこそ礼子さんは素敵な女性に育ったんだと思います! 礼子さんのお母さんを人間として素晴らしいと思います!」
その言葉に礼子の母は驚いたような表情を浮かべたが、すぐに柔らかい笑みを見せた。
「ふふふ、なんだか変な子だね。でも、ありがとうね。礼子にやさしくしてくれて。これからも、よろしくね」
母親がそう言うと、礼子を見つめて軽くうなずいた。
「いいかい、礼子。こんないい男、そうそういやしないよ。絶対に離すんじゃないよ」
「もう! お母さん、変なこと言わないで!」
礼子は慌てた様子で抗議するが、その顔は少し赤く染まっている。
「ごめんね、悠真……」
「いや、気にしなくていいよ」
オレは微笑みながら礼子に答えた。
うん、礼子との親密度アップ&親の好感度爆上がりだな。
次回予告 第58話 『菜々子と恵美とのテスト勉強』
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