1986年(昭和61年)3月10日(月)
体育館はリハーサルで盛り上がっている。
柔らかな日差しが体育館の窓から差し込んでいる中、悠真と礼子がペアを組んで3年生を送る会の出し物の練習をしている様子に、周りの視線が自然と集まっていた。
「じゃ、ここから練習してみようか」
悠真の声に礼子は小さくうなずいた。
礼子はうっすら顔を赤らめながら台本通りに動きを合わせていく。必然的に自然と手が触れ合ったり、肩が触れ合ったりするんだが、そのたびに礼子の心臓は大きく跳ねる。
制服のブラウスの下で、鼓動が激しくなるのを感じていたのだ。
練習は合唱と寸劇を組み合わせた出し物で、悠真と礼子は主役のカップル役。物語の最後で、二人が互いの気持ちを確かめ合うシーンがクライマックスとなる。
その場面の練習で、悠真の手が礼子の腰に触れた時、礼子は思わずビクッと体を震わせた。
「ごめん、痛かった?」
「ち、違うの……大丈夫……」
おっぱいやお尻をさわる事なんて、今が初めてじゃないだろう? それにちょっと触れただけだ。痛いわけがない。
そうオレの51脳が不思議に思う。人間何度も経験すると飽きががくる。正しい表現かどうかわからないが、ブラウスどころかブラジャーの下から胸をもみ、スカートの中だってまさぐった仲だ。
他の3人にも同じ事をしている。
それでもドキドキするんだ?
いや、それはオレも同じ事。正確には13脳。
どんな時にドキドキするのかはオレと彼女達では違うんだろうが、どうなってんだ、13脳?
体育館の隅では配役に選ばれなかった遠野美咲、白石凪咲、太田純美の3人がその様子を見つめていた。3人とも少しだけジェラシーを感じている。
「いいなー」
と凪咲が小さなため息をついた。細い指が制服のスカートを無意識に握りしめている。
「練習なんだから仕方ないでしょ」
純美はそう言うものの、その声にはどこか羨ましさが感じられた。
「そうだよね……」
と美咲も同意するが、視線は二人から離れない。
悠真を好きな女子は6人いた。
美咲、凪咲、純美、礼子、菜々子、恵美。でも誰一人としてその気持ちを表に出すことはなかった。お互いの気持ちを察し合い、大切な友情を壊したくなかったからだ。
放課後の練習が終わり、夕暮れが迫っていた。月曜日は美咲が悠真と帰る日だ。6人は悠真と二人きりの時間を誰かが独占することがないように、曜日毎に登下校の割り振りを決めていた。
「今日は美咲の番ね」
と純美が言う。その声には羨望と諦めが混じっている。
「うん。またね」
二人と別れ、一人校門で待っていると、悠真がやってきた。
いつもの神社に寄った二人。夕方の境内は静かで、誰もいない。ひんやりとした空気が頬を撫でる。
「さっきの練習、礼子とすっごく仲良さそうだったね」
美咲が切り出した言葉には、ほんの少しの棘があった。
「うん、礼子、演技上手だよね」
悠真はあえてそう答えた。美咲の微妙な表情の変化を見逃さない。
「そうじゃなくて……なんか、こう……ドキドキするような……」
美咲は言葉を濁しながら、スカートの裾を指で弄ぶ。悠真は美咲の肩に優しく手を置いた。
「もしかして……嫉妬? 可愛いよ」
少し意地悪な言い方をしたが、すぐに美咲の顔を覗き込み、真剣な眼差しで言った。
「でも、美咲を大好きだって気持ちは変わらないよ。だってオレが最初に好きになったのは美咲なんだから」
その言葉に、美咲の表情はパッと明るくなった。嬉しさで胸がいっぱいになり、目にはうっすらと涙が浮かんでいるようにも見える。
「本当?」
小さく震える声で尋ねる美咲に、悠真は優しく微笑んでうなずいた。
「本当だよ。美咲は特別だから」
悠真が美咲を抱き寄せて額にそっとキスをすると、美咲は安心したように悠真の胸に顔を埋めた。温もりと、悠真の匂いに包まれて、深い安堵感に満たされる。
「悠真……」
美咲は小さくささやき、顔を上げて悠真の唇を見つめた。悠真はゆっくりとキスをする。柔らかくて甘い感触が広がり、二人の呼吸が溶け合う。その瞬間、境内の静寂を微かな吐息がそっと破った。
悠真の手が美咲の体を優しく撫でる。最初は制服の上から、そっと触れるだけ。ゆっくりと、ゆっくりっと。美咲の吐息が熱を帯びてくるにつれて、その手つきは大胆になっていった。
制服の上から、ブラウスの上から、ブラジャーの上から、外して……。
「だ、だめ……誰か来ちゃうよ」
美咲はささやくように言ったが、悠真から離れようとはしない。
「大丈夫、この時間誰も来ないよ。いつもやってる事じゃん……」
悠真が美咲の耳元でささやき返すと美咲は顔を真っ赤にして小さく震える。
悠真の手が美咲のスカートの中に忍び込んでいく。美咲は悠真の胸に顔を埋めたまま、彼の手が自分の秘所に触れるのを感じていた。
「あ……」
思わず漏れた声を美咲は必死で押し殺す。悠真の指が動くたびに体は小刻みに震えた。
夕暮れの神社で周りの気配を気にしながらも、手を止めることはできない。汗ばんだ額を拭いながら、美咲は悠真の胸に寄り添った。春の夕暮れは、二人の密やかな時間を優しく包み込んでいる。
「……そろそろ帰らないと」
美咲が名残惜しそうに悠真から離れる。
「うん、送っていく」
手を繋いで神社を出る二人を、春の夕暮れは優しく包み込んでいた。
次回予告 第61話 『衝撃の卒業式』
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