第762話 『肥前国の海軍再編と大日本国、そして極東情勢』

 天正十九年六月十二日(1590/7/13) 諫早

「殿下、お帰りなさいませ」

 3年前の天正16年(1587)1月に諫早を出発した海外領土の視察であったが、3年半の歳月を経て終了した。長崎のみなとには純正一行の到着を待ちわびた閣僚と民衆が詰めかけ、大賑わいである。

 広大な領土を統治するにあたって、問題点も浮き出てきたわけだが、成果もあった。

 ・格差がでるのは仕方がないが、貧困をなくし、最低限の生活を保障できるような仕組み作りが必要。
 ・組織が肥大化しているので、贈収賄が発生。基準を明確にし、法整備を行う。
 ・日本人以外の民族を軽視する気配が技術の浸透を阻んでいるので、徹底して意識改革を行う。
 ・ポルトガル王国との安保条約締結。
 ・国内兵力を国外向け配備へ変更を検討。

 また、純正が復路でクチンの東南アジア総督府へ寄った際、スペイン海軍艦艇の発見報告が激減したというものがあった。

 大幅な戦略の変更があったか、そうでなければ本国からの要請で水上戦力の大規模な移動が行われたのだろうと純正は結論づけたのだが、引き続き警戒を怠るなと命じている。

「官兵衛、七郎兵衛(宇喜多春家)、庄兵衛(佐志方庄兵衛)に弥三郎(尾和谷弥三郎)、三郎(土井清良)。息災であったか。国内は変わりはなかったか?」

「は、特段殿下に差配していただくような事はございませぬ。然れどかくも広大なる国土を治めるにあたりまして、軍官ともに役所の仕組み、編制を新たにせねばならぬかと存じます」

「うむ」

 純正は官兵衛から省庁再編、陸海軍の両大臣からは兵力の再編・再配置の必要性を上書され、実行することとなった。まずは防衛の根幹となる海軍からである。

 戦艦名については朝廷の許しを得て、律令制の国の名を冠する事が許された。大日本国海軍の艦艇であるが、実質は肥前国海軍である。大日本国の予算で軍事面までは到底賄えない。

 イメージ的にはアメリカに例えると、ニューヨーク州(他でもいいが)の領土が広大であり、軍事力もアメリカの軍隊より強大という現実である。

 ■大日本国(肥前国)海軍艦隊編制(全ての汽帆船を新造するにあたり、艦名も新制定。旧型艦は随時沿岸警備や商船へ変更)

 第1艦隊(佐世保鎮守府:長崎甚左衛門純景):赤崎伊予守中将 
  第11戦隊(11bd):出雲(旗艦)・石見・安芸・周防
  第12巡洋戦隊(12bd):重巡 榛名・比叡・愛宕
  第13軽巡戦隊(13bd):軽巡 阿賀野・能代・矢作
  第14水雷戦隊(14bd):軽巡 酒匂、駆逐艦 吹雪・白雪・初雪・深雪
  第15水雷戦隊(15bd):軽巡 大淀、駆逐艦 叢雲むらくも・東雲・薄雲・白雲
 
  ・東シナ海北部・朝鮮海峡・五島列島・対馬周辺海域

 第2艦隊(呉鎮守府):比志島左馬助義基中将
  第21戦隊:大和(旗艦)・近江・伊勢・志摩
  第22巡洋戦隊:重巡 富士・浅間・筑波
  第23軽巡戦隊:軽巡 球磨・多摩・北上
  第24水雷戦隊:軽巡 長良、駆逐艦 睦月・如月・弥生・卯月
  第25水雷戦隊:軽巡 名取、駆逐艦 皐月さつき・水無月・文月・長月

  ・瀬戸内海全域・日本海南西部・紀伊水道・四国沖太平洋

 第3艦隊(越中・岩瀬鎮守府):来島佐助通総中将
  第31戦隊:駿河(旗艦)・相模・甲斐かい・伊豆
  第32巡洋戦隊:重巡 立山・白山・妙高
  第33軽巡戦隊:軽巡 神通・木曽・矢矧
  第34水雷戦隊:軽巡 那珂、駆逐艦 菊月・三日月・望月・夕月
  第35水雷戦隊:軽巡 五十鈴、駆逐艦 磯波・浦波・綾波・敷波

  ・日本海中北部(沿海州)・能登半島周辺海域・佐渡島周辺海域・

 第4艦隊(吉原鎮守府:五島孫次郎玄雅中将)安宅甚五郎信康中将 
  第41戦隊:陸奥(旗艦)・出羽・若狭・越後
  第42巡洋戦隊:重巡 赤城・足柄・御嶽
  第43軽巡戦隊:軽巡 阿武隈・川内・利根
  第44水雷戦隊:軽巡 最上、駆逐艦 おぼろあけぼのさざなみ・潮
  第45水雷戦隊:軽巡 夕張、駆逐艦 暁・響・いかずちいなずま

  ・北緯40度から北緯20度までの太平洋・小笠原諸島・マリアナ諸島・北マーシャル諸島・ウェーク島周辺・ミッドウェー周辺

 第5艦隊(小樽鎮守府)菅平右衛門達長みちなが中将
  第51戦隊:越前(旗艦)・能登・加賀・佐渡
  第52巡洋戦隊:重巡 乗鞍・剣山・石鎚
  第53軽巡戦隊:軽巡 十勝・釧路・日高
  第54水雷戦隊:軽巡 石狩、駆逐艦 初春・子日・若葉・初霜
  第55水雷戦隊:軽巡 後志、駆逐艦 有明・夕暮・天霧・狭霧

  ・北緯40度以北の太平洋全域・ベーリング海・アリューシャン列島・千島列島・カムチャツカ半島周辺・オホーツク海

 第6艦隊・南遣第1(マニラ鎮守府:)鶴田上総介さかし中将
  第61戦隊:信濃(旗艦)・上野・下野・美濃
  第62巡洋戦隊:重巡 大山・比良・六甲
  第63軽巡戦隊:軽巡 龍田・庄内・九頭竜
  第64水雷戦隊:軽巡 天龍、駆逐艦 白露・時雨・村雨・夕立
  第65水雷戦隊:軽巡 淀、駆逐艦 春雨・五月雨さみだれ・海風・山風

  ・フィリピン群島周辺海域・南シナ海全域・スールー海・パラオ諸島・カロリン諸島・西部ミクロネシア海域・北緯20度から北緯10度までの太平洋西部

 第7艦隊・南遣第2(ポートモレスビー鎮守府:)姉川延安中将
  第71戦隊:肥前(旗艦)・筑前・豊前・肥後
  第72巡洋戦隊:重巡 摩耶・鈴鹿・霊山
  第73軽巡戦隊:軽巡 大井・加古・吉野
  第74水雷戦隊:軽巡 筑後、駆逐艦 江風・涼風・朝潮・大潮
  第75水雷戦隊:軽巡 高梁、駆逐艦 満潮・荒潮・朝雲・山雲

  ・北緯10度以南の太平洋・南マーシャル諸島・ソロモン諸島・ニューギニア・フィジー・サモア・コーラル海

 第8艦隊・南遣第3(基隆鎮守府:)姉川信秀中将
  第81戦隊:土佐(旗艦)・伊予・讃岐・阿波
  第82巡洋戦隊:重巡 吾妻・那須・蔵王
  第83軽巡戦隊:軽巡 由良・鬼怒・吉井
  第84水雷戦隊:軽巡 本明ほんみょう、駆逐艦 夏雲・峯雲みねぐも・霞・あられ
  第85水雷戦隊:軽巡 変更、駆逐艦 陽炎・不知火・黒潮・親潮

  ・台湾周辺海域・バシー海峡・東シナ海南部・ルソン海峡

 第9艦隊・南遣第四(ポートモレスビー鎮守府:)佐々清左衛門加雲中将 
  第91戦隊:武蔵(旗艦)・常陸・上総・下総
  第92巡洋戦隊:重巡 鳥海・月山・武尊
  第93軽巡戦隊:軽巡 桂・小矢部・米代
  第94水雷戦隊:軽巡 留萌、駆逐艦 早潮・夏潮・初風・雪風
  第95水雷戦隊:軽巡 武庫、駆逐艦 天津風・時津風・浦風・磯風

 ・北緯10度以南の太平洋・南マーシャル諸島・ソロモン諸島・ニューギニア・フィジー・サモア・コーラル海

 第10艦隊(印阿第一・カリカット鎮守府:)奈佐日本之介(二代目)中将
  第101戦隊:播磨(旗艦)・丹波・但馬・淡路
  第102巡洋戦隊:重巡 荒船・両神・妙義
  第103軽巡戦隊:軽巡 千歳・千代田・松浦
  第104水雷戦隊:軽巡 遠賀、駆逐艦 浜風・谷風・野分・嵐
  第105水雷戦隊:軽巡 香取、駆逐艦 萩風・舞風・秋雲・夕雲

  ・インド洋中部ならびに北部・アラビア海全域・ベンガル湾全域・アンダマン海・ラッカディブ海

 第11艦隊(印阿第二・ケープタウン鎮守府:)柴田左京進統勝むねかつ中将
  第111戦隊:備前(旗艦)・備中・備後・因幡
  第112巡洋戦隊:重巡 金峰・阿蘇・雲仙
  第113軽巡戦隊:軽巡 松倉・入間・宇治
  第114水雷戦隊:軽巡 菊池、駆逐艦 巻雲・風雲・長波・巻波
  第115水雷戦隊:軽巡 門司、駆逐艦 高波・大波・清波・玉波

  ・インド洋南西部・アフリカ大陸沿岸・モザンビーク海峡・マダガスカル周辺海域・喜望峰周辺・アフリカ南端沖




 佐伯警備府(佐伯)・諸寄警備府(但馬国二方郡・兵庫県美方郡)・直江津警備府(越後)については国内兵力配備の重要性低下のため廃止。造船所・補給港・商港として整備。

 アンカレジ警備府・ペトロパブロフスクカムチャツキー警備府(小樽鎮守府管轄)、ホニアラ警備府・スバ警備府(ポートモレスビー鎮守府管轄)を新設し、小樽鎮守府管轄には基隆の旧式帆船部隊50隻と廃止警備府からの艦艇、ポートモレスビー鎮守府管轄には配置済の旧式帆船部隊110隻を適宜配置した。

 マニラより臨時で配置されていた第7艦隊(南遣第2)は正式にポートモレスビー鎮守府隷下となってスペインの脅威に対する事となる。




「明国はいかがか?」

「は。ただいまの事の様を鑑みますに、打って出る事はありますまい」

 官兵衛は考えるまでもなく即答した。純正の傍らでは直茂がうなずいている。

「その根元は?」

「は。明はまさに内憂外患にて、台湾はむろんの事、わが所領に攻め入るなど、然様な余裕はございませぬ」

「ふむ。基隆で総督より聞いておったが、間違いないようだな」

 純正はあごに手を当てて確認するかのようにうなずいた。

「北では哱拝ぼはいの乱がおきモンゴルと手を組んでおります。女真の勢い益々強く、また播州で起きた楊応龍の乱にも手を焼いておる様子にございますれば、海を渡って我が国にせめいるとは考えられませぬ」

「うむ。願わくはこの事の様が続き、大陸を分けて統べる国がいくつも出てくれば、我らとしても願い叶いたる事ではあるがな」

「然様にございますな」

 わはははは、と万座に笑いが起きた。

「ヌルハチには……」

 純正はしばらく考え、続ける。

「女真を一統するまではおおいに援助するがよかろう。然りとて一統したならば、あとはヌルハチには南への野心があろうが、それ以上大きくしてはならんの。ちょうど三国志のように、魏が哱拝、公孫氏が女真、呉が南京に遷都した南明、そして蜀が楊応龍。斯様かよう(このよう)にして相争って貰えればありがたい」

「仰せの通りにございます」

 宇喜多春家がそう言って、帰国後の第1回目の会議が終わった。




 次回 第763話 (仮)『陸軍と省庁再編。勢力圏構想その一』

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