文禄三年七月二十日(1594/9/4) 諫早城
会議室には純正を筆頭に戦略会議衆である鍋島直茂、黒田官兵衛をはじめとした6名、陸軍大臣の波多隆、海軍大臣の長崎純景、領土開発省の日高喜がいた。
吃緊の課題として陸海軍ならびに海外領土の総督府の再編を話し合うためである。
「さて方々、天下泰平はいまだ道半ばである。領土が広くなればそれを守る陸海軍が要る。また無駄なく統べるためには領土省の総督府、ならびに行政地域の再編が要りまする」
戦略会議衆筆頭である鍋島直茂の発言とともに会議が始まった。
「こたび、明との戦いで広州、寧波、天津が我が肥前国の領土となった。すでに海西地方となり広州に総督府が置かれているが、陸軍としては如何お考えか」
「は、では結論から申し上げます」
波多隆は短く返事をしてテーブルの上にアジアの地図を広げ、続ける。
「鍋島殿の仰せの通り、広州、寧波、天津の獲得は大きな成果です。然れどこれにより備えるべき土地は南北に延び、新たな課題も生じております」
波多は3都市を順に指示棒で指しながら、既存の南方軍の拠点である基隆(台湾)やマニラを指して円を描くように担当地域の広がりを説明した。
「大陸は広く、広州(マカオ・香港一帯)から寧波(上海市などの沿岸部を含む)、そして天津まで数えると七百六十里あまり。2,830キロメートルもあり、あまりにも長大」
全員が集中して話に聞き入っているのを確認しながら、波多はさらに続けようとするが、直茂が途中で話に入った。
「……つまり陸軍大臣、どこに如何ほどの兵力が要ると考えているのですか」
「天津には二個旅団。これは北京に近く、寧夏国・満州国とも国境を接する恐れがあるからにございます。寧波と広州に各一個旅団。あわせて一個師団として防衛にあたり、海軍の協力も得て、ようやく防衛の任に当たれるかと存じます」
純正は黙って波多の発言を聞いている。
「広州の総督府を中心とした行政機構は整いつつありますが、明の残存勢力による抵抗活動や周辺諸国の動向を考えると、これは最低の兵力にございましょう」
「あい分かった。四個旅団にて一個師団とするのだな。然れど斯程の兵力を新たに配するとなると、兵站や補給の問題も生じるのではないか? 金は如何ほどかかる?」
「仰せのとおりでございます。そのため、各地に兵站基地を設置し、海軍との連携を強化する必要があります。特に広州と寧波には大規模な補給基地の建設を提案いたします。金については……」
「まったく問題ございませぬ」
領土開発相の日高喜が答えた。
「金の儀につきましては、まったく憂慮するに及びませぬ。これはひとえに殿下の慧眼のたまものにて、新たに切り開きました北加伊道の彼方、アラスカの地より、黄金が湧き出でるが如く産出しております。この黄金の量たるや、佐渡の金山など比べるべくもなく、加えて北加伊道やオーストラリアの地においても黄金の産出多く、我が肥前国の蔵入りは日増しに潤うばかりにございます」
財務省の太田屋弥市と経産省の岡甚右衛門もうなずいて同意しているが、さらに日高は続ける。
「各地の産業もこの黄金の恩恵を受け、ますます栄え、交易による利益も増える一方にございます。よって海西地方への軍備増強に必要な費用は、十二分に賄えると見ております」
「左様か」
純正は満足そうにうなずいた。
「財政が健全であることは喜ばしい。されど浪費はならぬぞ。無駄を省き、必要な箇所に必要なだけ配分するように」
「畏まりました」
日高は恭しく頭を下げた。
「では陸軍大臣、次は何かあるか?」
純正は再び波多に視線を向ける。
「アラスカが斯様では、新たに兵がいるのではないか? イスパニアが北上してくるかもしれぬし、ロシアにしてもカムチャッカからアラスカまで遠征するかもしれぬしな。金の所在が露見すれば、力ずくでも奪おうとしてこよう」
「ごもっともな懸念でございます」
波多は真剣な面持ちで答えた。
「アラスカの金山発見は、わが国にとって大きな福音であると同時に、新たな脅威をもたらす恐れがあることは心得ております。イスパニア北上とロシアのカムチャッカ半島からの遠征、いずれもあり得ることにございます。ロシア兵はアムール川上流域にて何度も撃退しておりますが、既にオホーツク海沿岸に到達しているという情報もございます。アラスカへの進出は時間の問題かもしれません」
波多は地図上でカムチャッカ半島とアラスカの位置関係を示しながら説明を続けた。
「アラスカまでは海峡がありますゆえ、容易に渡ることは難しと存じますが、いったん足溜り(拠点)を造られますと厄介にございます。加えてイスパニアも侮れませぬ」
「では、如何に備えるおつもりか」
黒田官兵衛が尋ねた。
「はい。アラスカにおいては只今は南下政策をとっており、アンカレジを部隊の足溜りとしておりますが、ここに一個師団。南下する部隊と防衛の部隊、一個旅団を備えとし、二個旅団をもって南下させるが良策と存じます」
「うべな(なるほど)。一個旅団を備えとし、二個旅団にて南下しつつ入植を進めるという形であるな。兵站はいかがか?」
波多の提案に純正は深くうなずいた。
「その点につきましては、海軍が全面的に支えまする。アラスカへの補給路を確保するため、アリューシャン列島に海軍基地を設置し、定期的な補給船団を組織いたします。加えてアラスカ沿岸部にも複数の港湾施設を整備し、物資の受け入れ態勢を強化いたします」
長崎純景が口を開いた。
「では、アラスカの備えはこれでよいか」
「はっ。十分かと存じます」
純正が念を押すように尋ねると、波多は自信に満ちた声で答えた。
「うべなるかな(なるほど)。然れど一個旅団(6,000名)でアラスカ全土を守れるか?」
直茂が疑問を投げかける。
「その点につきましては、既に北方軍の第九師団がカムチャッカ半島方面への備えに当たっております。ロシアの動きを監視し、異変があれば直ちに対応いたします」
波多は地図を指しながら説明した。
「さらに小樽には第五師団もあり、加えて金沢旅団と盛岡旅団を予備兵力としておりますゆえ、必要に応じてアラスカへ派遣すること能いまする」
「北方軍だけで、足りるのか?」
北方軍は小樽に司令部をおく北の要である。東北以北と沿海州、カムチャッカ半島以西を守備範囲として、今回の増設以外で6万6千名が配置されていたのだ。
「仮にロシアがアラスカへ大規模な侵攻を行うとして、膨大な兵站が必要となります。カムチャッカ半島からアラスカまでは遠く、補給路の確保は容易ではないと存じます。また、海軍の支援も得て、ロシアの補給線を断つことも能います」
波多隆の発言は現実的であり、現時点でのロシアの兵力では突破できない防衛網であった。
「では他に陸軍大臣、ありませぬか?」
会議は続く。
次回予告 第805話 『海軍の拡大とシーレーン』
コメント