文禄三年九月四日(1594/10/17) 諫早城
「方々、本日論ずるはわが国の栄ゆを支える礎たる働き手をいかに保つか(労働力の確保)、これより先の道筋を論じたく存じます」
戦略会議衆の筆頭である鍋島直茂の落ち着いた声が、会議室に響く。
20年以上前に台湾とフィリピンへの入植を開始して以来、国内の労働力不足は懸念材料となっていた。しかし様々な対策を講じてきた結果、現在では危機的状況となることもなく、均衡状態を保っている。
「方々も承知のごとく、かの海外領土の開発に伴い人口の流出がないとは言えませぬが、これはあらまし事(予測)の内にござる。それどころか開発が進むにつれ、新たなる雇いが次々と生まれておることも、見過ごすべきではないと存ずる」
と領土開発大臣の日高喜が報告した。
喜が見せた図面には折れ線グラフのようなものが書かれてあり、一時期の初期の入植ブームによる流出は落ち着きをみせ、現在は安定した推移を見せている。
新しい領土を得るたびに入植者を募り、一定数が集まれば停止して、その後は現地の人材を用いて産業を発展させてきたのだ。
「確かに」
と太田和忠右衛門がうなずくが、科学技術省大臣である彼は常に新しい視点を持っていることで知られていた。
「海外領土での多き求めが、国内の産業にも好い名残(影響)を与えております。特に造船や鉄鋼などは活況を呈しておりますな。技術の発展が新たな雇いを生む事はうれしゅうござる」
しわくちゃな顔は技術者ならではの苦労が垣間見えるが、研究や開発の成果はもちろんだが、間接的にも役立っているのがうれしいのだろう。
純正は静かに聞いていたが、ここで口を開いた。
「確かに喜ばしいことである。然りながら人口の流出は如何にして成し遂げられておる? これまでの成果をしかと踏まえねば、先にすすまぬぞ?」
その問いに答えたのは日高喜である。
「はっ。人口の流出につきましては、主に以下の策によって釣り合いを保っておりまする」
担当大臣に目配せをして、席次が近いものから順番に説明していく。
「まずは農水省から。これはひとえに機械化と効率化の進展にござる。蒸気機関を生かした新たなる農機具の開発と広まりにより、少なき働き手にて、これまで以上の収穫を得ることが叶うようになり申した。この進展により、農に従事せし者を他の産業へと移し、働き手の不足を補う術が整い始めておる次第にござる、おかげ様で食糧の生産は定まりて、むしろ増加傾向にございます」
農水大臣の波多重は日焼けした顔を少し赤らめながら、落ち着いた声で報告する。長年農業に従事してきた経験から、この技術革新の重要性を誰よりも理解していた。
忠右衛門はうんうん、とうなずきながら聞いている。農業の機械化により、少ない労働力で同程度かそれ以上の生産が可能となったのだ。
「経産省からは海外領土よりの食料輸入にござる。台湾、フィリピン、さらには東南アジアの温暖なる地より穀物などを取り寄せることで、国内における食料生産の負担を大いに軽減しておる次第にござる。これをもって、農に励む民を工業や他の産業へと移らせることが可能となり、わが国全体の生産力を向上させる礎と相成っておるのでござる」
「厚生省として特に申し上げたいのは、女子や老人を働き手として活用する取り組みにござる。これまでは家庭を守る務めを果たしておった女子や、隠居の身として余生を過ごしておった老人にも、新たなる働きの場を設け申した。これにより、働き手の不足を補うことが叶い、さらに働きに出ることで彼らの暮らしも豊かとなり、ひいては社会全体の活気をも高める結果となっておるのでござる」
岡甚右衛門が手元のソロバンを器用に操りながら説明を終えると、時間をおいて発言の許可を確認した厚生労働大臣の東玄甫が報告を始めた。
穏やかな笑みを浮かべながら報告する玄甫は、この政策が人々の生活向上につながっていることを心から喜んでいたのだ。
「科技省からは……言うまでもなく技術の革新が促されたゆえにございます。蒸気機関の改良をはじめ、様々な新技術の開発によって生産性を向上させ、働き手の不足を補っておりまする」
忠右衛門が自信に満ちた表情で語る。
「科学技術の発展こそが、わが国の未来を切り開く鍵となると信じておりまする」
「文部省からは……」
上泉喜兵衛が発言して続ける。
「国内はむろんのこと、海外の領土においても新たな産業に対応した人材育成に力を入れております。職業訓練校の設立や技術教育の強化などを通して、未来を担う働き手を育てておりまする」
純正は、各大臣の報告を聞いて深くうなずいた。
「うむ。皆の働きのおかげで、わが国は安定した発展を続けておる。然れど只今の様に満足することなく、常にさきを見据え、新たな課題に挑んでいくことが肝要だ。皆の者、共に力を合わせ、より豊かな国を築いていこうではないか!」
「ははっ」
閣僚たちは純正の言葉に心を新たにし、現状での問題点や将来への展望をそれぞれ提議し、その後も議論は白熱した。
肥前国は、さらなる発展に向けて力強く歩みを進めていくのだった。
次回予告 第806話 『海軍の拡大とシーレーン』
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