第812話 『純正の後継者問題』

 文禄四年三月二十五日(1595/6/11) 諫早城

 御年四十五となる関白太政大臣小佐々平九郎純正は、重度の健康オタクである。

 目の前に並べられた食事は……。

 ・青魚(サンマ、アジ、イワシ、サバなど)
 ・緑黄色野菜(ほうれん草、にんじん、かぼちゃなど)
 ・大豆製品(豆腐、納豆、豆乳など)
 ・トマトジュース
 ・緑茶
 ・ナッツ類
 ・ヨーグルト
 ・ブルーベリー
 ・アボカド
 ・赤ワイン
 ・牡蠣
 ・マカ
 ・山芋(長芋)
 ・黒にんにく
 ・スイカ
 ・コーヒー
 ・ビターチョコレート
 ・味噌
 ・玄米

 これらをふんだんに使ったメニューが毎日用意されている。純正は歴史の知識は豊富だが、栄養学となるとまったく知識がない。しかし転生前も健康的な食事には気を遣っていたのだ。

 戦国時代には入手困難、ほぼ不可能と思える食材もあったが、そこは貿易海洋国家の肥前国である。輸入をし、可能な物は最寄りの領地で栽培・量産している。

 緑茶は常に飲むようにしているし、食事中は赤ワインだ。

 コーヒーは寝起きや食後に飲んでいたし、いわゆるジャンクフードは厳密には存在しないが、ハンバーガーなどは見よう見まねで作らせている。

 暴飲暴食は慎んで、それでも好きな物を我慢するとよくないので、ほどほどで食べていた。

 今日の昼食は純正の健康志向を反映した贅沢な『和洋折衷の栄養満点プレート』だった。料理はまったくできない純正であるが、餅は餅屋である。

 家中の料理人に材料を示して、おいしく食べられるように工夫させたのだ。

 まず、中央に置かれた大きな陶器の皿には、香ばしく炊かれた玄米が盛られている。その上には、新鮮な鯖の塩焼きが載せられ、隣には彩り豊かな緑黄色野菜のグリル(ほうれん草、にんじん、かぼちゃ)が添えられていた。

 皿の右側には、クリーミーなアボカドと甘酸っぱいトマトのサラダが盛られ、特製の味噌ドレッシングがかけられている。左側には蒸した山芋をすりおろし、納豆と混ぜ合わせたものが小鉢に入れられ、刻んだ黒にんにくがトッピングされていた。

 サイドディッシュとして小さな器に入った牡蠣の酒蒸しと、ヨーグルトにブルーベリーを載せたデザートが添えられている。

 ナッツ類を混ぜ込んだ小さな玄米おにぎりも用意されていたが、飲み物は純正の好みに合わせて緑茶と赤ワインの両方が用意されていた。食後には、ビターチョコレートの小片とコーヒーも準備済である。

 もちろん、ステーキや焼き鳥といったジューシーなメニューも大好物だ。今日の昼食には蒸し鶏が添えられていた。

 純正は満足げに箸を取り上げ、『いただきます』とつぶやく。

 鯖の塩焼きに箸を伸ばし、一口頬張ると新鮮な魚の旨味が口の中に広がる。次にグリルした野菜を口に運べば、カボチャの甘みとほうれん草の苦みが絶妙なバランスを保っている。
 
「ふむ、今日も素晴らしい出来栄えだ」

 と純正は呟いた。

「これらの食材が、我が国の繁栄と私の健康を支えているのだな……」

「父上、独り言でございますか」

 嫡男の平十郎純勝(26)であるが、次男の源十郎利純(24)と藤姫との息子である隼人正晴(22)も笑いながら聞いている。

「馬鹿者、独り言などではない。オレの次は平十郎、お主なのだ。源十郎も隼人も、平十郎を支えねばならん。わかっておるのか」

「無論、心得ております」

「 「はっ」 」

 純勝が返事をし、利純と正晴が笑いを堪えて居住まいを正す。

「こら、純勝! 好き嫌いをするでない! 子供ではないのだから」

 純正は厳しい眼差しで純勝を見つめ、さらに言葉を続けた。

「純勝よ、お主はまだアボカドを避けておるな。緑色が気に入らぬと言っていたが、そんな理由で食べぬとは情けない。アボカドには良質な脂肪が含まれておる。肌にも良いし、心臓病のリスクも下げるのだぞ」

「し、心臓病……? り、すく? ……申し訳ございません、父上。努力いたします」

 と純勝は答えた。

 次に純正は利純にも同じように説教をする。

「利純、お主はコーヒーを飲もうとせんな。苦いからと言って避けておるようだが、コーヒーには素晴らしい効能がある。覚醒作用だけでなく、抗酸化物質も豊富なのだ。飲み過ぎは良くないが、少しずつ慣れていくのだ。良いか?」

「こ、こうさんか? ……はい、父上。少しずつ挑戦してみます」

 純勝も利純も、心の中の? を言葉に出すが、純正は気にしない。

 学校で教える外国語のメインはポルトガル語である。聖職者ならラテン語も必須だが、フランス語やドイツ語、オランダ語が話せる人間は希有である。

 3人は英語を大学で学んではいたが、当然ながら話さないとあっという間に忘れてしまう。

 リスクは英語であるし、抗酸化作用にしても、酸とはなんぞや? それに抗うとは? 医者や科学者でないとわからない。そういうものも全部ひっくるめて純正|ナ《・》|イ《・》|ズ《・》してきたつもりだが、まだまだのようだ。 

 最後は正晴だ。

「正晴、お主は納豆を嫌がっておるな。匂いが気に入らぬと聞いたが、それは言い訳にすぎん。納豆は栄養価が高く、特に良質なタンパク質の宝庫だ。それに、腸内環境を整える効果もある。武将たるもの、健康な体があってこそだ」

 正晴は真剣な表情で答えた。

「はい、父上。それがしも努力いたします」

 内心は……ちょうない、環境? えいようか? たんぱくしつ? である。

「よろしい。お主らは我が国の未来を担う者たちだ。健康な体と心があってこそ、国を治められるのだ。好き嫌いなど言っておられぬ」

 純正は満足げに頷き、3人の息子たちは、父の言葉に深く頷いた。

「さあ、皆で食べるとしよう。この素晴らしい食事を味わいながら、国の未来について語り合おうではないか」

「ときに……」

 食事中に純正がふと口に出した。

「オレは隠居しようと思うのだが……」

「ぶふっ」

「ごほっ」

「ぐほっげほっ」

 3人ともむせて吐き出しそうなのを必死で堪えるが、いちばんきつそうなのは嫡男の平十郎純勝である。

「ち、父上一体何を……。父上はまだ四十五ではありませぬか」

「それゆえよ」

「 「 「は?」 」 」

 純正は息子3人の顔をまじまじと見ながら言う。

「古来より、いや、これはもう古今東西であるな。いかに大国であろうが、家の乱れが国家の乱れにつながった事は多々ある。むしろそれが原因でお家騒動が起こり、政の権を、ひいては国を危うくしてきたではないか」

「然れど父上、それにしても父上はまだまだご壮健。しかも齢四十五。それがしなどまだまだ若輩者にて、諸大名が承知仕ったと素直に従うとも思えませぬ」

 純正の真面目な顔ともっともらしい物言いに、3人はすっかり神妙な顔になってしまった。

「ふ、ふはははは! 案ずるな。なにも全部投げ捨てて楽隠居するつもりなどないぞ」

「と、おっしゃいますと?」

 次回予告 第813話 『小佐々平十郎純勝』

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