嘉永六年七月三日(1853年8月7日) 大村政庁
「また、でございますか」
「……まただ。次郎、お主がJantje(オランダ語のヤンチェ……やんちゃの語源とする説あり)をやらかすから、こうなったのだぞ」
純顕はいたずらっぽい顔をして次郎を困らせる。
「然様な事を仰せでも、すべて家中のため、国のためにございます」
「わかっておる」
二人して笑うが、その原因は幕府から送られてきた質問状であった。
「如何に質されても、嘘偽り無くお答えする所存にございますが、如何なる旨の書にございますか?」
「うむ、それはな……」
純顕は次郎に対して、幕府から送られてきた詰問とも言える書状の内容を明らかにした。
以下はその内容である。
・藩レベルでの外交行動は前例がなく、なぜこのような行動に及んだのか。
・ペリーとの交渉において、大村藩はどのような意図を持っていたのか。
・太田和次郎左衛門が幕府の許可なく交渉に参加したことは問題ではないか。
・次郎左衛門の幕府に対する忠誠は疑わしいのではないか。
・次郎の発言や行動が、国家的な利益に反するものではなかったか。
・大村藩の軍事力と海軍の実態について詳細を述べよ。
・またその理由を述べよ。
・今後も大村藩独自で外交をするのか。
・大村藩の海軍力増強が、他の藩に悪影響を及ぼすおそれはないか。
「よくもまあ、斯様に次々に……」
次郎は溜息をついてげんなりしたそぶりをみせた。
「まあそう言うでない。わしも同じ立場なら、斯様な文言で質したであろうよ。幸いな事に次郎はわしの郎党であり、大村家中の宝であるから、わしも退屈せずにすんでおるがな」
わはははは! と純顕は笑うが、その後すぐに次郎に聞く。
「が、笑い事では済まされまい。如何に返答するつもりじゃ? 江戸に参府し登城して弁明せよ、とあるぞ。いや、そこまでは厳しい物言いでは無いな。登城願いたい、とある。ふふふ」
藩主として家臣の考えや行動は把握していなければならない。ある程度自由にさせていた純顕ではあるが、こと幕府の事に関してはそうもいかない。
今回は次郎を名指しで呼んでいるが、いつ自分が呼ばれるかわからないのだ。次郎の考えや今後の事、予測も含めて知っておく必要がある。
「さて、異国との渉外はこれまで長崎のみ、そしてその役割は長崎奉行が行っていたが、|此度《こたび》は浦賀奉行である。そこで何ゆえ我らが加わったのか、という事であろうな」
「然様にございます。然れどこれは、たまたま通りかかった際に米艦隊を見つけ、あまつさえ浦賀内海を測量しようとしていたので、いても立ってもいられずに、という他ないでしょうかな」
純顕は少し顔をゆがめて答える。
「それは……ちと難し言い訳にならぬか?」
確かにその通りだ。たまたまなんてあるわけがない。
「然うでしょうか。ならば正直に答えましょうか。我が大村家中はペルリの来航の日程をおおよそ知っており、琉球を経て浦賀に来ることを知った上で、艦隊を率いて北上仕った、と?」
「そこまで馬鹿正直に答える事はあるまい。次郎、お主楽しんでおらぬか? お主もこのまま弁明しようとは思うておらぬであろう」
そういう純顕も楽しそうである。
「は、殿におかれては全てお見通しにございますな。然様、事前に知っていた事は伝え、万が一の事を考えて密かに北上した、としておきましょう。おそらくは何ゆえ知らせなかった、と来るでしょうから、不確かな事はお伝え致す事能わざりけり、と」
「うむ。それでよかろう。次にわが家中の本意について、であるが」
「それはそのまま、公儀あっての日ノ本、公儀あってのわが家中と申し上げ、ひとえに戦を避け、かつ俄に(いきなり)開国とはならぬよう、利のあるようにまとめる事であった、で良いかと存じます」
頷きながら純顕は続ける。
「次郎、お主の忠実やかなる心(忠誠心)は誠か否か、とあるぞ」
「それは家中の本意と同じにて、誠で御座る」
「うむ。次は許し無く渉外にあたったことは?」
「本来ならば許しを得るべきところ、誠に申し訳ない仕儀ではあるが、一刻を争う儀であった事でございましょう」
とんとん拍子に話は進む。
「わが家中の備えを詳らかにせよ、とある。これはいささか参るのう」
「然様にございますな。然れど全てを詳らかにする要なしと存じます。然様……軍船の数と以後の掟(予定)ほどで宜しいかと存じます。あまり詳らかにしますと、痛くもない腹を探られまする」
そうであるな、と純顕は同意した。
「さて、最後の他の家中に及ぼす名残(影響)は如何なるものか、と」
……。
二人とも黙ってしまった。
他の藩の今後など、知ったこっちゃないからである。
薩摩や佐賀、長州と福岡その他諸々全てであるが、遊学している藩は大村藩の影響を受けて富国強兵に向かうだろう。しかしそれが、幕府にどう影響するかなど、現時点ではわからないからだ。
「恐らくは……」
しばらくの沈黙の後で純顕は話し始めた。
「わが家中が他の家中をそそのかし、謀反を起こして公儀を倒すのではないか、と恐れているのやもしれぬ。むろん然様な事は考えてもおらぬし、他の家中とて同じであろう」
次郎は思った。
今はね、と。
もちろん、次郎は倒幕などの気運は起こさせないだろう。倒幕運動から始まった戊辰戦争なんて内戦を起こさせないためにこれまでやってきたのだ。
幕府が変な気を起こしたりしなければ、ない。
しかし……歴史に絶対は無い。
これまでは上手くいったが、明治維新までの後数年の間に、歴史の矯正力とでも言おうか、強制力とでも言おうか。とにかくそういった力が働かない限りは大丈夫だ。
次郎はそう思った。
「仰せの通りにございます。以上の仕儀、江戸参府の後、登城してしかと弁明してまいります」
「うむ。頼んだぞ」
次回 第166話 (仮)『江戸城での弁明とプチャーチンの来航』
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