四月九日 午の正刻 四半刻すぎ(正午十二時半)ごろ
部屋で具足をつけていると、どたどたどた! と廊下を早歩きしてくる音がして、聞き耳をたてる。
「殿!」
どなるでもなく、叫ぶでもなく、ある種強い確認めいた意思を感じる声を、俺は聞いたことがあった。
母だ。
「平九郎を戦に連れて行くのは本当ですか?」
「本当だ。あやつめ、自分から言ってきおった。大したものだ、震えておったがな」
親父は嬉しそうに、ふふふと笑う。
「震えていたのならなおさらです! 取りやめてください! そもそも初陣は儀式。入念に準備して身の危険を限りなく少なくして行うものでしょう?」
親父はすう――っと深く息を吸い、ゆっくり吐き出した。
「その通りだ。しかし俺たちゃ海賊、水軍、呼び方はいろいろあるが、船乗りの一族、家系だ。何代も前に枝分かれして久しいが、瀬戸内の海を住み家としてきた一族だ。名前も変わって、いつのまにかあっちが海賊の本家みたいになってるがな」
「それが何の関係があるのですか?」
「だから、だ。武家の常識を当てはめちゃいけねえって事だよ。平九郎も船が好きだろう? なあに、可愛い子には旅をさせよって言うだろ? (あれ? 意味違うか?)心配しなくても絶対に死なせはしない」
「でも……」
と母は食い下がる。
「いい加減にしろ! もう決めた事だ!」
思わずビクッとしてのけぞってしまったが、意を決して「父上、支度が整いました」と外から声をかける。
「そうか、入れ」
母は泣きそうな顔をしている。無理もない。ただでさえ子の初陣というのは心配なんだろう。それに去年兄貴が死んだことも相当こたえているはずだ。
「母上、心配いりません。無理はしませんし、護衛のものもついています」
なぜだろう、さっきまでアドレナリンがでまくっていたのに、不思議と少し落ち着いてくる。前世の俺と比べたら二回り近く年下なのに、違和感なく母親に思えてきたのだ。
俺がしっかりしなくちゃいけない、この人を悲しませてはいけない、そう思う。
しばらくすると「兄者ー!」「兄上ー!」と、がしゃがしゃと|甲冑《かっちゅう》の音をさせながら、壮年の男性武者二人がやってきた。
叔父上たちだ。
「準備が整いました」
「よし、参ろう」
父の言葉のあとに、俺はニコッと母に一礼した。
いよいよ初陣だ。
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