天保八年八月十五日(1837/9/14) 玖島城 <次郎左衛門>
「次郎左衛門よ、もう傷の具合は良いのか」
「はは、おかげ様をもちまして、完治いたしましてございます」
俺は右肩をグルグル回してみせる。殿はニコニコ笑っているが、鷲之助様は苦笑いだ。
「それにしても許せぬ。鷲之助よ、下手人はまだ見つからぬのか?」
「は、申し訳ありませぬ。方々手をつくしてはいるのですが、一向に見つかりませぬ」
鷲之助様は恐縮している。事件発生が自分の領地だったのもあるのだろう。負い目を感じているのだ。
「殿、下手人はおそらく藩外にすでに逃れているでしょう。また、黒幕がいたとて、尻尾を掴ませるような事はいたしますまい。殿の臣であるそれがしを傷つけしは、殿に傷をつけたる事と同じにございますが、次に目を向けるべきかと存じます」
俺は殿をたてて、事件を忘れてやんわりと次の藩政の話題に切り替えようとした。
「ふむ、お主がそう言うのであれば、そういたそう。されど、四人の警護はしばらくはそのままにいたすぞ」
「は、ありがたき幸せに存じます。……さて……」
俺は鷲之助様を見て、うなずくのを確認して話し始めた。
「過日進言いたしました、異国船打払令に関する建白書の儀にございますが、いかがあいなりましたか?」
「ふむ」
急に殿の表情が曇った。
「次郎左衛門、お主の言う通り、十把一絡げに異国船を打ち払うのは道理に反する、敵意ある相手のみそれ相応の対処をというものであったが、幕閣には受け入れられなかった」
残念そうな顔だ。
まあ、想定内の幕府の反応だけどね。
そして史実通り幕府は浦賀でモリソン号を砲撃し、鹿児島では上陸して島津家の家老と会談したものの、長崎に行くよう促されて空砲威嚇射撃を行ったようだ。
しかし浦賀で撃った大砲はすべてモリソン号には届かず、日本の大砲技術の稚拙さを浮き彫りにしたのだ。
「もしや、いずれかの港に、異国船が現れたので?」
俺は深刻そうな殿の顔と、鷲之助様の表情をみて、知らないふりをして言ってみた。
「その通りじゃ。去る六月二十八日に浦賀に異国船が来航し、小田原藩と川越藩が打ち払いを行った。その後、薩摩にも来たようだが、今度は上陸して薩摩の家老と話をしたのだ」
殿は続けた。
「話したとはいえ、鎖国は幕府の国法である。漂流民はオランダ人に依嘱して送還すべきと拒んだ後、薪と水に食糧だけを与えて退去させたのだ」
「さもありなん」
俺は思わず口に出してしまった。
「殿、幕府の大砲、小田原藩と川越藩の大砲は、異国船まで届いたのでしょうか?」
「いや、悉く届かなかったそうじゃ」
「異国船は、あらかじめ距離を保っていたのではないでしょうか? つぶさにはわかりませぬが、敵が鉄砲を持っているのを知りながら、一騎駆けはなさいませんでしょう?」
「ふむ」
「いかほどの距離を保っていたのかは存じませぬが、異国船はわが国の大砲が届かぬところより大砲を撃ち、われらを害する術を持っていると考えた方がよろしいかと存じます」
殿は残念そうな顔をしている。
来年、オランダを通じてモリソン号の意図を知るが、それでもなお打払令を止めない幕府だ。対岸の火事だと高をくくっているのだろう。
しかしこの幕府の対応をめぐって、高野長英や渡辺崋山が蛮社の獄でつかまる。
鳥居耀蔵をなんとかしなくちゃ。
でも2年後だぞ? 俺に何ができる?
「では次郎左衛門よ、我が藩はなんとする?」
俺はしばらく考えてから言った。
「は、たちまちは幕府に対して働きかけを行わずとも良いかと存じます。富国強兵に努め、しかるべき時をみて表舞台に立つのがよろしいかと。さすれば我が藩は幕府に、そして日本に欠かすことのできぬ雄藩となりましょう」
歴史の知識を披露してもしかたない。
蛮社の獄が発生して、今から3年後にはアヘン戦争が始まるんだ。出島のオランダ経由でその結末を知れば、否応なしに軍備増強に迫られる。
「ふむ。藩の財政については任せようかと思うておったが、なかなかに上手くはいかぬものよ。されど、軍備の方はいかがじゃ? 例の、翻訳は進んでおるのか?」
「は、つつがなく進んでおります。来年の今ごろか、遅くとも暮れには終わりましょう。あわせて高炉の建設も踏まえ研究しております。加えて先だってお知らせの通り、藩士を高島秋帆先生のもとに学ばせておりますれば、こちらも一年ないし二年で修得できるのではないかと存じます」
「そうか、万事つつがなく、か。差し障りがあるようであれば、遠慮なく申し出るのだぞ」
「はは。あわせて、言上したき儀がございます」
「なんじゃ」
俺は現状報告をして、殿の機嫌が良くなっているのを見計らって言う。何でもタイミングは大事だからね。
「は、長崎の聞役に関する事にございます」
「うむ」
「いま聞役は夏詰めとして、オランダ船の来航の時期、すなわち五月の中旬から九月の下旬までの五ヶ月間詰めております。これを定詰となすのはいかがでしょうか。然すれば異国船が来航の際も不測の事態に速やかに処する事能いまする」
「で、あるか。ふぇいとん号の際は後手後手に回ったからのう」
「は、さらには長崎から玖島までの街道ならびに海路を整備し、速やかに殿のもとに知らせが行くようにいたしまする」
「うむ。他には何かあるか?」
「は、白帆注進の際における心得にございます」
俺はオランダ船の来航時期、そして他の外国船来航の際の手順を提案した。
次回 第24回 『白帆注進心得』
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