第375話 かかった火の粉がいつの間にか四百万石

西国の動乱、まだ止まぬ

 永禄十二年 十一月十六日 諫早城

 純正は各方面から届けられる書状や通信文書を読みながら、定例会議を開いて今後の対策を考えていた。

 空閑三河守、藤原千方(親)、鍋島直茂、尾和谷弥三郎、佐志方庄兵衛の五人が傍らにいる。そして閣僚の面々。

「千方よ、景親を責めるなよ。親に認められたいという気持ちは、子供は誰もが持っているものだ。かくいう俺も、家督をついだ時に一度だけ言われたが、それより後は言われたことがない」

 わはははは、と大きく笑う純正である。

「は、心得ております。あれは、ああ見えて気の小さいところはありますが、親ばかかもしれませぬが、腕は一品でございます」

「うん、千方がそう言うならそうなのだろう」

 この主従の信頼関係は揺るがない。

 思えば八年、最初にできた外様で、今では譜代である。なにが外様で何が譜代なのか厳密な基準はないが、今のところ大きい戦、大友戦の前後かもしれない。

 それを考えれば四国遠征の宗麟は、自分から言いだしたとはいえ、大抜擢である。

「みな、よいか。情報の共有ということで必要な事は全部話す。まずは南九州と南方の件だ」。

 そう言って話し始める。

「配った資料のように、伊東、相良、肝付、そして島津には禄を提示した。他の主だった国人には、知行地は減らして残りを銭で支給する。他は個々で違うが、ほとんどが納得して一から三のうちどれかを選んだ」

 しかし、と純正は続ける。

「薩州島津と北郷、加治木肝付に佐多、頴娃の五家はいまだ返事をよこして来ぬ。おそらくは直茂が行った調略にて疑心暗鬼に陥っているのだろうが、それは伊東も同じ」

 そう言って壁にかけてある暦を指差す。

「伊東家に対し幕府が出した御内書の件であるが、日隅薩の三カ国で、渋谷と島津以外は伊東が統べるべし、との内容である。これが本物であれば、伊東の処遇を考えねばならぬが、おそらくは偽書であろう」

 一同がざわつく。

「仮に偽書だったとしても、百年も昔の事、義祐が行ったのも十年前じゃ。ゆえに祐青を罪には問わぬし当主も同様。処遇は変わらぬ。ただ、問題は謀反を起こすかどうかだ」

 全員が純正を見る。

「五人の国人には噂をばら撒いた。おれが知行を減らしたあと銭も払わず、取り潰すつもりだ、とな。それから伊東と薩州にはお互いに偽の使者をだし、十二月一日に日隅薩肥で一斉に蜂起する、とも」

「殿はどうお考えなのですかな」

 陸軍大臣の深作治郎兵衛兼続である。

「もし、偽書だと知っておるなら、おそらくは反旗を翻すであろう。ただでさえ所領を減らされ、口約束の仕置きなど、あてにはできぬであろうからな」

「その時は?」

「無論、討伐する。仕置きは誰に対しても公平でなくてはならぬ。取り潰して従順なものに与えた方がよほど良い。しかし、祐青という男が、本当に家を思っているのであれば、待つ」

「待つ?」

 治郎兵衛の返事に純正はニヤリと笑う。

「周到に準備して挙兵の用意をしつつ、結果を待つのだ。偽書で結果が悪くなるのであれば挙兵するであろうし、良くなるのであれば何もしない。現状維持でも、何もしない」

「どちらでしょうか」

「わからん。俺としては無駄な戦はしたくないので動かない方がいいが、いずれにしても今月の末か来月のあたまには、幕府からの返書が届こう」

「そのほかはどうなりましょうや」

 海軍大臣の深堀純賢である。

「千方、何か動きはあるか」

「いえ、いまのところは、何もございませぬ」

「そうか、であればわからぬ。相良と肝付は動かぬだろう。仕置きの際の安心した顔は、自分の予想より良かったからだ。島津宗家も、無念であろうが、実力差をわかって観念している」

「では……」

「そうだ。問題は残りの五つの国人じゃ。あわせれば十五万石ほどにはなろう」。

 十五万石……。全員が静まる。

「もし逆らえば、島津にやってもらう。無論、相良や肝付にも助力してもらう。伊東が動けばたたきつぶす。これで誰が敵かはっきりする。早いか遅いかだけの違いじゃ」。

 南九州を平定したとはいえ、まだ緊張は残っている。

「陸海軍ともに臨戦態勢にてのぞめ」

 はは、と二人は返事をした。 

「台湾、フィリピンはどうじゃ」

「は、海軍は人員移送と兵糧矢弾の輸送とあわせて、航行訓練を行っております。種子島から琉球、台湾、フィリピンの間の最適な航路の選出と航海ができるよう努めております」

 うむ、と純正。

「陸軍においては、マニラの防衛の準備は整っております。周りは木々が生い茂り、日の本の山道ほどもありませぬ。ゆえに敵が攻めてくるとすれば、間違いなく海路にございます」

「では海沿いに砲台を集中して配置しておるのだな?」

「は、八割を集中させております。残りはその狭い道の箇所に設置しておりますが、鉄砲も配置しておりますれば問題ございませぬ」

「兵糧や矢弾の備えはどれほどか?」

「さらば、三ヶ月の備えはござりまする。要塞の内にも、稲や野菜の作付けを進めておりますれば、節制すれば半年は耐えうることができまする。鉄砲は一万発、大砲は三千発の備えがございます」 

「イスパニアの動きはどうか」

「さらば、ルソンの南の地、ミンドロ島のマンブラオ、並びに南西のルバング島とも、既に敵の手中となりておりまする。船の行き交いも多く、来月、もしくは年の初めにも、敵は我が地に攻め入るであろうと見受けられます」

「うむ、あいわかった。万事抜かりなく備えておくように。台湾はどうじゃ?」

「はい、今の所現地の民よりの襲撃の気配はござりませぬ。マニラの如くとは参りませぬが、こちらも城塞を構え備えておりまする」

「台湾、フィリピンともに重要な拠点ゆえ、頼んだぞ」

 ははあ、と再び二人が頭を下げた。

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