永禄十二年 十一月十六日 浦戸城
「これは一体どういう事か?」
謁見の間、というほど大層なつくりではないが、応接の間で声を張り上げているのは吉良親貞と香宗我部親泰である。
浦戸城から安芸城、つまり一揆軍の拠点に兵糧が運び込まれている報せを受けての抗議である。
「ぶしつけになんでござるか。どういう事かとは、それがしが問いたくござる」
対するのは浦戸租界公使兼領事の、佐伯惟忠である。
「兵糧の件にござる。浦戸城から一揆の衆の集まる安芸城へ、兵糧を運び込んでいるというのは誠にござるか」
まず口火を切ったのは吉良親貞である。それを聞いた惟忠はどこ吹く風だ。
「ああ、あの兵糧の件にござるか。安芸城には少しおりましたからな。見知った者も多うございます。その者らから兵糧を乞われ、助けたのでございますよ」
まったく悪びれる様子はない。
「な、安芸はわが領国にござる。これはわが家中の領内の治めに介入する事にござるぞ」
今度は香宗我部親泰だ。
「これは異なことを。われらは困窮する民へ兵糧を供したのみ。それがなぜ、長宗我部家の領内の治めに介入することと見なされるのか」
「介入も介入、その他何と言うぞ! われらは今、その一揆を鎮めんとしておる。無用の手出しはご遠慮願いたい」。
二人は一歩も引かないが、惟忠はまっすぐ正面を向いて持論を述べる。
「何をおっしゃるのか理解できませぬが、このままでは飢えんと知りているのならば、何度でも兵糧を供せん。それとも民を飢えさせるのが、長宗我部の領内の治めとなるのか」
「兵糧を供するとは、一揆に加わるということ。和議を結んだにもかかわらず、われらに敵対する行いをなさるのか」
これは、一般的には、正論とも言える。しかし、惟忠は続ける。
「まことに話が通じぬ。敵対とは何をもって言うぞ。われらは困窮する民を救わんがため。そもそも何ゆえに一揆など起きたのか。領内の治めに介入など、さらさらのこと心にもなく、だが、あえて言わせてもらう」
惟忠は動じない。まるで反論を想定していたかのように、立て板に水である。
「聞けばその一揆、すでに一月もの間続くと聞く。その間、何をされていたのか。ただの言い分も取り合わず、改めもせず、ただ民を鎮圧するのみとは。再び三たびと一揆が起こること、考えぬのでござるか」
「さようなことをおっしゃっても、我々にも我々の事情がござる。ともあれ、止められんことを願う。さもなくば、和議を破棄したものと見なしますぞ」
二人も一歩も引かない。しかし惟忠も曲げない。
「われわれとしては、和議を破るなどとは思わぬし、敵対する心など微塵もござらん。ただ、飢える民がおるのなら、救うのみ。それのみがお二方の用件でござるか?」
平行線のまま変わらず、時間のみが過ぎていった。
■京都 在京小佐々大使館
「治部少丞どの、こたびは確認したき儀がござって参りました」
光秀である。
「ああ、これは日向守どの。こたびはいかがなさいましたか」。
純久は予想はついていたのだが、あえてとぼけた。
「先日の、親泰殿の文にあった、土佐の一揆の件にござる」
「ああ、あれでござるか。して、それが何か」
淡々としている。
「怒らずお聞き願いたい。あくまでも可能性の話でござるが、まさか、弾正大弼様が関与されておられることは、ございませんでしょうな」
純久は、少し考えてから答えた。
「その件でござるか。……そうですな、あると言えばある。ないと言えばない、というところでしょうか」
「な、それは一体、どういう事にござるか」
光秀は身を乗り出す。
「言葉の通りにござる。安芸城は以前、われら小佐々家の支配下にござった。その際に領民を鎮撫するために、触れを出しております。さらに、もし城が敵の手に落ちたなら、一揆を扇動し領民と合力せよ、と伝えておりました」
「ぐ……」
光秀は悪い予想が的中したようで、言葉がでない。
「日向守殿、その件においてわれらを非難されるならば、見当違いである事を申し上げたい。この戦のさなか、いかに敵に打ち勝つかを思案するは当然の理。何ら信義に違反することなど、一切存じ上げませぬ」
「……では、お伺いいたします。もし、その一揆衆から兵糧を乞われたら、いかがされますか」
「乞う、という事は窮しているという事にございましょう。無論、窮する民を見捨てる事はできませぬゆえ、供しまする」
「何をおっしゃるか! これは領内の治めに介入する事にありなりますぞ! 和議を結んだばかりにござろう」
光秀は狙っていた言質をとったとはいえ、あまりにも簡単に聞いたので、驚いて声を上げてしまった。
「なぜ窮する民を救って干渉とあいなり、和議を破った事になるのですか。そもそも一揆はなぜ起きたのですか。領主が民の事を考え、善政を敷いていれば一揆など起きませぬ」
現代でいうところの逆ギレともとれる物言いを、ゆっくり穏やかに話す純久。しかし逆ギレかどうかはわからない。双方が正しいと信じて話しているのだ。
「長宗我部領内の治めに干渉というので、言いたくはありませぬが、そもそも安芸郡は安芸国虎殿が治めておりました。心優しく善政を敷き、民の信望も厚かったと聞き及んでおります」
さらに純久は続ける。
「その領主を滅ぼし、民を苦しめているのは、長宗我部ではありませぬか。なぜわれらが、そのような言いがかりをつけられねばならぬのですか」
光秀は開いた口が塞がらない。
「土佐は、あるべき姿にもどるべきにございます。いずれそうなりましょう」。
「何を、何を考えておられるのだ」
光秀は嫌な予感しかしない。
「それにしても日向守どの、ちと肩入れがすぎませぬか。それこそ介入ではござらぬか。それに、これ以上は話す必要もござりませぬゆえ、これまでといたしとう存じます」
あとは、のれんに腕押しである。
光秀が純久に聞いてもやんわりと流される。光秀は肩を落とし、帰るしかなかった。
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