第412話 専守防衛?第二次尼子再興運動と対毛利、そして信長を考える③

新たなる戦乱の幕開け
専守防衛?第二次尼子再興運動と対毛利、そして信長を考える

 元亀元年 九月一日 諫早城

「なんじゃ」

 尾和谷弥三郎が言う。

「殿はそれを見越して、毛利に対して味方を増やすために三村に近づくのでしょう? 毛利と宇喜多が織田に敵対し、それに三村とわれらが対する、これは何も問題ありません」

「うむ」

「しかし、われらは浦上を攻める事はできませぬぞ。三国の支配を弾正忠様が浦上へ約束しているのですから、つまるところその三国が、弾正忠様の支配下たる浦上のものだと認めねばなりませぬ」

「続けよ」

「それであれば今、何のために山陽の大名国人と誼を通じているのかわかりませぬ。取り込む事も出来ぬし、さらには因幡但馬の山名も同じ事になりましょう」

 これはメンバー4人全員が考えたようだ。みな、うなづいている。

「四国へ介入する際問題となった、われらと織田家が、『消極的に』国境を接する事になりまする」

「なんだ、その事か」

 純正はあっけらかん、としている。

「なんだ、とはどういう事でしょう? これは明らかに弾正忠様との間に溝を作りますぞ」

 弥三郎の言っている事はもっともだ。他の4人も心配そうに聞いている。毛利と敵対し、織田とも敵対するのは得策ではない。

「おぬしら、本気で弾正忠殿が宗景に朱印状を贈ると思うか?」

「と、申しますと?」

「牽制じゃよ牽制。毛利に対して、それ以上東へ進むなと言う牽制じゃ」

 純正いわく、朱印状で宗景を釣っておいて毛利を牽制する。もし毛利が敵対姿勢をみせるなら、征伐の口実ができるというものだ。

 その朱印状は、あとで何とでもできる。難癖をつけて取り上げても良いし、備前一国に減らしても良い。

「しかし、例えそれがただの紙切れだったとしても、われらが山陽を手にすれば、弾正忠様は気分を害しますぞ。さらにもう一つ」。

「なんじゃ。申せ」。

 問題点がもう1つあるようだ。

「朱印状は誰の名でしょうか。弾正忠様は畿内最大とは言っても一大名であり、朱印状に効力などありませぬ。逆に、公方様の名で出された朱印状ならば、なおさら逆らえませぬ」

 さすが戦略会議室だ、と純正は思った。純正が漠然と考えていた方向性や、起こるべき問題点が徐々に浮き彫りになっていく。

「殿、ここは、お心をお決めになる時期に来ていると存じます」

 しばらくの沈黙のあと、佐志方庄兵衛が満を持したように発言する。

「どういう事だ?」

 庄兵衛は一呼吸してから直茂をみる。直茂は黙ってうなずく。

「わが小佐々の方針は、かかる火の粉を振り払い、降りかかるかもしれない火の粉を消す、というものです」

 庄兵衛の発言に、純正も含めた4人がうなずく。

「もちろん、そのおかげでわが小佐々家は、大敗を喫することなく、気づけば九州、四国を束ねる大大名とあいなりました」

「うむ、それがどうした」

「は、好むと好まざるとにかかわらず、われらの意図せぬところで敵をつくり、そしてまた頼られる存在になったという事です」

「それで?」

「浦上を攻められませ」

 ! 純正は一瞬驚いたが、他の3人の顔を見る。奇妙な事に、誰も驚いたそぶりがない。まるで、諸々の情報を精査し、最適解が出たかのような顔をしている。

「もはやわれらは、火の粉を払う側から、降りかける側になり申した」

 純正は黙って腕を組み、目を閉じて考えている。

 わかってはいたのだ。純正が何と言おうが、それだけでここまで国を大きくする事などできぬと、誰もが思っている。

「名目は何でもよいのです、こたびであれば……」

 庄兵衛は少し考えて続ける。

「『宇喜多の非道ゆるすまじ、浦上にもはや守護としての力なし』とか『浦上によってわれらの商船が襲われた』など」

「殿」

 考え込んでいる純正に対して、直茂が声をかける。

「殿のお考えは、播磨、因幡、但馬の諸勢力を味方につけ、織田と毛利の間に入る。その上で時機をみて毛利と相対する、というものでした」

「うむ」

「それが少し早まっただけにございます。毛利との戦は避けられませぬ。それゆえ先手をうって調略を行っております。この上は、もう一手先をいき、浦上に圧力をかけるのです」

「圧力?」

「はい、戦とならずとも、圧力をかけるだけでよいかもしれませぬ。宗景がそれに耐えかねて宇喜多を見捨てるなら、宇喜多はどう動くでしょう」

 織田に泣きつくか? 毛利につくか? それとも純正につくのか。

「おそらく今の段階では、弾正忠様ではないでしょう。われらに降ったとて、三村が許しませぬ。これもない。残るは毛利しかありませぬ」。

「では、そうなるように仕向けよと?」

「はい、さようにございます」

 純正は考えた。確かに4人が言うように、きれい事だけで済む時期ではなくなってきているのかもしれない。

 理不尽に攻められたり、戦に負けて屈辱を味わう事がないように、純正は必死でやってきた。

 その甲斐あってか、小佐々家は500万石を超える大大名である。誰かが、少しくらい茶々を入れてこようがびくともしない。それくらいの規模に成長している。

「あいわかった。尼子への返書は先の通りとせよ。浦上にはいきなり圧力を加えるのではなく、書状を送り徐々に文言を強くして、変わらぬなら、攻める事といたそう」

 ああ、そうだった。純正は重要な事を思い出した。それは現時点で浦上宗景は将軍と織田信長を認めていないという事。

 昨年宗景は旧播磨守護家の赤松義祐と赤松則房、播磨国の有力国人である小寺政職らと結んで、播磨に侵攻した。

 西播磨において侮り難い勢力となっていた赤松政秀を討つためだ。

 宗景の攻撃に苦しんだ赤松政秀は、将軍義昭と信長に救援要請を送った。その後宗景は義昭と信長の派遣した池田勝正・別所安治と戦っている。

 ……と言う事は、やましい思いにかられる事はない。

 将軍と信長の軍に刃向かったのだ。大義はこちらにある、そう純正は考えた。

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