天正六年五月二十一日(1577/6/7) 諫早城 <純正>
「雷か……発火剤と蒸気機関、なんとか七年いや、五年でできないか?」
俺は一貫斎と忠右衛門、そして政秀と宇田川松庵を呼んで聞いた。一貫斎は兵器関連で、大砲の規格化を成功させていて、現在は主に雷管とライフリングの研究を行っている。
忠右衛門と政秀の研究は重複するところがあるのだが、忠右衛門が電気関連で政秀が蒸気機関を研究している。宇田川松庵は化学者で医者でもあるが、薬品や様々な物質の研究を行っているのだ。
・高炉と反射炉関連……忠右衛門・政秀・松庵
・雷管とライフリング……松庵・一貫斎
・蒸気機関……忠右衛門・政秀
・電気関連……忠右衛門
「五年では、難しいかと」
一貫斎が発言したが、他の3人も同じようだ。
「左様か。そう即答されては身も蓋もないのだが、なんとか五年、ないし七年でやってほしいのだ。忠右衛門、政秀、蒸気機関の具合はどうなのだ。過日見せた船、それから炭鉱の排水のくみ上げ機械、その後はいかがじゃ?」
定期的に進捗は聞いていたが、最近は目立った報告がなかったからだ。
「は。以前お見せいたしました蒸気機関につきましては、障りもなく稼働しております。されどあれ以上の馬力を出そうと考えましたが、いたずらに大型になり、実用に乏しくございます」
「ふむ。二倍の馬力をだそうと思えば二倍の機関がいると申すか」
「さようにございます」
うーん。まあ理屈はそうだよね。そうなると船に載せるとなると厳しいな。燃料の石炭もメチャクチャ食うだろうし。
「なんとか方法はないのか?」
「は……。ない事はございませんが、いまだ……」
政秀が口ごもり、忠右衛門を見る。忠右衛門も答えづらそうだ。
「良い。思うところを申せ。それで処罰などせぬ。皆もわかっておろう」
俺はどんなに奇想天外な事を言われても、怒らない。転生人という事もあるだろうが、自由な考えや意見が発展には必要だと考えているからだ。
「は。されば申し上げまする。今の蒸気機関にございますが、確かにその原理としては、手前味噌ではありますが、素晴らしいかと存じます」
「うむ」
「されど、円筒内に噴射される冷水によって円筒が毎回冷却され、次に蒸気が入った際に、その熱の八割が円筒の加熱に費やされてしまうのです」
ああ、これは前に説明を受けたな。熱して冷ましての繰り返し。結局無駄になっているって事? 詳しい事はわからんけど、熱効率みたいな?
「それで、改善能うのか」
「は。そのためには活塞(ピストン)とは別に設けた膨張室(チャンバー・分離凝縮器・復水器)で蒸気の凝縮過程を行い、円筒を常に注入蒸気と同じ温度にしなければなりませぬ」
「ふむ」
「また、熱出力における活塞(ピストン)と円筒(シリンダー)の均衡の悪さにも着目し、適切な寸法比を導き出さねばなりませぬ」
なんか良くわからんが、熱効率が悪いから、熱を維持したまま無駄な熱を使わなければ、もっと出力が出せるという事なんだろう。
「それは……口ごもっておったが、能わぬのか」
「理屈としては、能うのです。能うはずなのです」
政秀を補足するかのように、忠右衛門が言う。
「何が問題なのじゃ?」
「活塞(ピストン)や円筒(シリンダー)の加工が上手くいかぬのです。どうしても今の鍛冶屋の技では均一に作る事が能わぬのです」
「惣兵衛尉では能わぬのか」
惣兵衛尉は平井惣兵衛尉といい、筑後国の瀬高上庄において有能な鋳物師である。
「いえ、そのようなことは……。彼の者の匠の技は驚くべきものにございますが、先のことを考えますと、より精密に多くの物をつくるとなると限界にございます」
「なにか……策はないのか? 工作機械なら忠右衛門、そなたの工場にあったではないか。あれを使って、その精密につくれぬのか」
旋盤を含めた工作機器は、すでに開発され様々なところで活用されているはずだ。
「工作機械は機械でございますが、問題はその素材にございます」
「また、ボイラーやその他の機器の素材も加わります」
二人が連続して言ってきた。
確か……最初の蒸気機関は銅でつくられた。その後圧力に耐えうるように鉄が用いられたが、より加工しやすく強度のある鉄が求められたのだ。
ん? ん? なんか聞いた事のある話しだぞ。
「蒸気機関というのは、物を動かすのに使えるな?」
「「は」」
「ではもちろん、その蒸気機関を、高炉でフイゴのかわりに送風機関として使っているな?」
「……」
「……」
「まさか! 使ってないのか! ? おいおい蒸気機関と製鉄はマストだろうが!」
あまりの驚きに少しキレてしまったが、4人の? ? という顔に即刻話題を変えた。
「じゃあすぐに導入して」
後々聞いたのだが、この4人、他の化学者や技術者と月に1回研究会とか意見交換会を行っているんだが、そこで他人の研究について考えを述べるのだ。
意見を述べることはお互いの研究にとって有益に違いない。
しかし、自分の開発した物、研究成果を情報として共有し、提供するという発想がなかったようだ。
忠右衛門と政秀、親子でさえそうなのだ。他人なら、推して知るべし。
あまり研究内容には踏み込まないのだが、ちょっとだけ踏み込んでみようと思う。
次回 第630話 『蒸気機関の課題はわかった。次は雷管だ』
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