安政六年三月二十日(1859/4/22)
『露は落ち 月の光に 影はなし 清き輝き そのままにして』
長野主膳は辞世の句を詠んで自決する前に、井伊直弼に一切罪が及ばないように周到な根回しをした。
まずは証拠隠滅である。
こう書くと狡猾であるが、実際のところ殺害や刃傷沙汰には関与していないのだ。そのため、井伊直弼が大老に就任してからの公文書以外の私文書を徹底的に処分した。
個人的な手紙やその他を完全に燃やしたのだ。
関係者の口封じに関してだが、これは行われなかった。というよりも出来なかった。藩士であった以上その交友関係は広く、全てを闇に葬るなら、何人殺せば済むかわからない。
この時期に不審死が相次げば、いらぬ嫌疑をかけられる可能性がある。
そのため実行犯の交友関係を入念に調査をし、私文書と同じく大老就任以降の該当者の私的な手紙や痕跡を消した。
また、長野主膳は井伊直弼に仕える前には九条尚忠に仕えていた経緯があり、九条家は井伊家と特別な関係があった。その伝手を使い、朝廷内で直弼の潔白を主張したのだ。
そして極め付きは手紙である。次郎と直弼の約束で情報の公開はされないのだが、主膳はその事を知るよしもない。
未だ申し入れず候と雖も、此の文を以て今生で最初で最後の文といたしたく候。
この文を記すにあたり、心中複雑なる思いに候得共(ですが)、まず一連の事において、我が主君掃部頭様には一切の関わりの無き事と申し置き候。
江戸の事(事件)の子細は全て我の指図によるものに候得共、決して刃傷沙汰を当て所(目的)としたものに非ず候。然りながら果として刃傷沙汰を招いたことは、誠に不徳の致すところと存じ候。
加えて先頃の事に関しては、我は全く与り知らぬ事と存じ候得共、下手人どもが逐電した井伊家中の者であることに変わりなく、深くお詫び申し上げ候。
これら全ては我の至らなさ、不徳の致すところに他ならぬと存じ候。然らば我が腹を切る事にて、何卒主君に対する弾劾が行われぬよう、切に願い奉り候。
終わりに、下手人が罪に問われる事は致し方ないと存じ候得共、何卒その家族に累が及ぶことだけは避けていただきたく、御願い奉り候。
これを以て我の最期の嘆願といたしたく存じ候。
二月十六日 長野義言(主膳)
恐々謹言
太田和次郎左衛門殿
※超訳
……ここから……
初めて手紙書きますが、これがこの世で最初で最後になると思います。複雑な思いでこの手紙を書いていますが、一連の事件には主君は全く関係がない事を断言します。
江戸での事は大変申し訳なく思いますが、私は決して傷つけようとは思っておらず、脅すだけにしようかと考えていました。しかし、このような結果となり、不徳のいたすところです。
また、京都での事はまったく知らぬ事ですが、身内同然の者の仕業ですから、これも深くお詫びします。
総じて私の不徳の致すところではありますが、主君が弾劾される事のないよう、お願いいたします。また実行犯は罰せられても仕方ありませんが、その家族はどうか助けてください。
……ここまで……
■大村藩庁
「と、言うわけでございまして、彦根家中家老の長野主膳殿から斯様な文が届きましたが、如何致しましょうか」
次郎は朝廷工作と井伊直弼対策、そしてハリスとの交渉を終え、大村に戻っていた。眼前には藩主の純顕とその弟の利純がいる。
「……如何もなにも、この文がお主に届いているという事は、すでに主膳とやらは……」
「恐らく、すでに自刃して果てているでしょう」
純顕の問いに利純が答えた。
「某も修理様(利純)と同じ考えにございます。これで掃部頭様とは、一応の解決と申しましょうか、これ以上如何様にもできませぬ」
……ふむ、と純顕と利純がうなずく。
「主膳殿の自刃の儀は、おそらく掃部頭様にも伝わっておりましょう。ここで我らが動くと変に勘ぐられるかと存じます。何もせず、動かぬ事が肝要かと。ああ、それから水戸家中にも出向いてきましたゆえ、その子細をお伝えいたします」
そう言って次郎は、直弼との会談の後、岩倉具視に少しだけ待ってもらって斉昭と面談したことを伝えた。
・金5千両の賠償金を支払うこと。
・直筆の謝罪の手紙を書いた事。
・江戸に来ることがあれば会って話したいとの事。
「これは……我ら三名の命の危機が五千両とは、何とも言いようがないが……。本来であれば下手人は無論の事、その一族郎党も極刑に処すべき事である。が、斯様な事で水戸様と文を通わす事となろうとは、思うてもみなかったぞ」
ちなみに5千両は川棚型の建造費用と同じくらいだ。幕末のレートと現代の価格を比べるのは難しいが、米が1升で168文の時代だ。今の米が5kgで1,300円として1斗(15kg)で3,900円。
1升=390円。1両=10,500文で……1億2千187万5千円。会社が3人を殺人未遂(殺意なし)した場合の賠償金の相場がわからない。
……。
純顕の言葉の後に、沈黙が訪れる。悲痛、沈痛、憤慨、落胆、呆れ……なんとも言えぬ複雑な空気のなか、次郎が発言した。
「ともあれ、殿のご用命通り、掃部頭様に処罰の減刑を約束させましたし、これ以上はあちら側がなにか起こさぬ限りは、何もせぬがよいかと存じます。策は違えど日本の行く末を考えておられる事でしょう」
「うむ、利純、そちは如何だ」
「某は兄上の差配に従いまする」
「然様か」
かくして一連の襲撃事件ならびに、アメリカを含めた対外関係の条約締結は一応の終わりをみた。
■次郎邸
「でさあ、オレは言ってやった訳! そんなに我を張ってたら、命がいくつあっても足りませんよって。オレの太ももの傷跡をみせてやったんだ」
恐らくハリスとの事を言っているんだろう。次郎はようやくとれた休みに、お里を呼んでくつろいでいる。膝枕をしてもらって耳かきをしてもらう。
これは男なら誰しも夢見る事ではないか? そう思いながらくつろぎの一時を送っていたのだ。
「ジロちゃん、お疲れだねえ。静さんの所にはいったの? ここにいて怒られない?」
お里がニコニコ嬉しそうに次郎に語りかける。
「大丈夫。昨日の夜は向こうで過ごしたから。それにお里の事でお静は何も言わないよ」
「ふふふ。うーん、だとは思うんだけどねえ」
耳かきが終わって次郎がうとうとしていると……。
「邪魔するぞっ!」
「ひゃいんっ!」
「何がひゃいんだ、こんなところでくつろいでいる暇はないぞ。精煉方では炉の改良やピンのない薬莢の改良が続いている。お前は大村にいるよりも江戸や京都にいる時間が長いんだから、象山先生のところもまだだろう?」
信之介だ。
「いや、わかるけどさ。1日くらい休ませてよ……」
「信ちゃん、あんまりジロちゃんいじめないで」
「まあ、オレ達は命を狙われる事はないけどな」
信之介と一緒に入ってきた一之進が、イネを連れてきていた。そのイネは4人のやり取りを楽しそうに聞きながら、クスクスと笑っている。
そんな時間がしばらく流れた後、冗談交じりでおしゃべりを続けている5人の元に、1人の男性が女性を伴って入ってきた。
「あ! お母様! どうなされたのですか? その方は?」
「ヘエ、ココガ大村のズノウ、ゴカロウ様のお屋敷ですね。……で、ムスメノ旦那のカズノシンという男はダレデスカ?」
「ひゃいん!」
■江戸 彦根藩邸
「な、なんと……馬鹿な、さ、然様な事が、然様な事があってたまるか……」
使者からの口上で長野主膳の死を知った直弼は、しばらく動く事ができなかった。自らが指示した事ではないとはいえ、自分のためにと思ってやったことが裏目にでてしまい、事を大きくしないために腹を切ったのだ。
客観的に見れば自業自得ともとれない行為であるが、直弼にとっては痛すぎる心の損失であった。
■安政六年五月三日
「殿、内々にお目通りを願いたいと申す者がおります」
「なんじゃ、この国難の折りに、誰が会いに来たというのだ?」
内政、外交共に問題が山積みで、罪の減刑の時期、伝え方、公表のしかたなどを考えなければならなかったし、今後の反体制派の弾圧の加減についても考えていたのだ。
「英国のラザフォード・オールコックの使いと申しております」
「なに? 英国の?」
次回 第232話 (仮)『密会』
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