1985年(昭和60年)8月2日(金) 玉の浜海水浴場 <風間悠真>
金を稼ぐにはいろんな方法があるが、最も一般的で誰もがやっているのが、自分の時間と労力、または技術を使ってその対価を得る方法だ。いわゆる会社員やアルバイト、もしくは自営業もコレに含まれる。
もう1つは不労所得と呼ばれるもので、文字だけをみれば働かずに手に入るイカガワシイお金というイメージだ。しかしこれは、いわゆる投資と呼ばれるものも含まれていて、不動産投資や~投資と言われる利ざやを稼ぐものもある。
あとは家賃収入とかだな。駐車場とかも。
ただ、いずれにしても中学1年生のオレができるのは隠れバイトしかなく、その金額も時給×動労時間でしかない。つまりはこの海の家でのバイトや、実家の手伝いをするしか方法がないのだ。
あせるなオレ。時間はまだたっぷりあるんだ。
かずくんあかねの衝撃が網膜と脳裏から離れないまま10日が過ぎた。51脳ならなんでもないが、12脳の中学生には刺激が強すぎた。その後何をしたかはまあ……中学生の男なら誰でも(?)経験あるだろう。
今日の玉の浜海水浴場は特に暑い。
「おーい悠真! ちょっと手伝ってくれ!」
「あ、はい」
バイト先の海の家では、雑用から接客、調理場まで関係なく手伝いをする。今日も焼きそばの注文が入ったので、鉄板に油を敷いて麺を炒めているところだ。
鉄板は大きめで2人で作業ができるようになっている。隣は叔父さんだ。教えて貰いながら、見よう見まねで焼く。言うまでもなく、叔父さんのOKが出ないと出せない。
前世で料理はあまり得意ではなかったが、これも経験なんだろうか? そこまで修行をしなくてもある程度の味が出せてOKをもらえた。自分でも驚いている。
……想像できると思うが、むちゃくちゃ熱い。+暑い。だから滝のように汗がでるので替えのTシャツと飲み物は必須だ。
焼きそばの麺が鉄板でジュージューと音を立て、香ばしい香りが漂う。オレは手早く麺をかき混ぜながら、熱さと戦っていた。頭の中ではいろいろな考えが巡るが、今は目の前の仕事に集中するしかない。
焼きそばがいい感じに焼けてきた。
鉄板の上で跳ねる麺が、しっかりと油を吸い込み、程よい焦げ目がついている。叔父さんが『そろそろいいな』と小さくうなずいたので、オレは手早く麺をお皿に盛り付け、青のりを振りかけた。
「はい、焼きそば一丁!」
今日も暑さがピークに達している。海水浴の客もだんだん増えてきて、注文がひっきりなしに入る。オレのTシャツはすでに汗でぐっしょりだ。
「次の注文、焼きそば2つ! あと、ジュースもお願い!」
接客担当の美咲が声を張り上げて注文を伝えてくる。彼女の明るい声が暑さに少しだけ清涼感を与えてくれる。
「了解! 凪咲、ジュースの方お願い!」
凪咲は手際よく冷蔵庫からジュースを取り出し、テーブルに運ぶ。
「焼きそば、もうすぐできるから!」
オレは再び麺を鉄板に投入し、ジュージューと音を立てる焼きそばと向き合った。
自分の手際もだいぶ良くなってきている気がする。
純美はせっせとテーブルの片付けをしていて、何も言わなくても、それぞれが自分の役割を淡々とこなしているこの雰囲気、なんか心地いい。
「悠真、ちゃんと水分摂れよ!」
叔父さんがふと声をかけてくる。
「はい!」
「ふうー。やっと一段落ついたな。よし、もうすぐ5時で店じまいだし、悠真、休憩したらゴミ捨てに行ってきてくれ」
「あ、はい」
オレはポカリスエットを飲みながらベンチに座って休憩する。美咲も凪咲も純美も休憩で、それぞれ飲み物を手に座る。ふと見ると美咲の首元に目が行く。汗で髪の毛がくっついて妙に色っぽい。
というかエロい。
反射的に凪咲、純美を見る。
全員、エロい。
いや、直接的じゃなくても、なんでこんなにドキッとするシチュエーション? 12脳にはたまらんだろ?
「ねえ、悠真」
美咲の声にハッとして顔を上げる。
「な、なんだ?」
「顔赤いよ? どしたの? 大丈夫?」
美咲が心配そうに近づいてくる。その仕草が妙に色っぽいし、至近距離で胸に目がいってしまうオレ。
いかんいかんいかん!
オレは思わず後ずさりした。
「あーほんとだ? 悠真なんかエッチな事考えてたでしょ?」
凪咲が美咲の反対側に回り込んで、そう言った。
「は? 馬鹿な事言ってんじゃねえよ!」
オレは全否定するが、純美が言う。
「悠真ってホントわからないよね。妙に大人っぽいかと思えば、子供みたいにも見えるし、ホント不思議」
何言ってんだ……オレたちゃ全員子供だろう?
確かに51脳と12脳が混在して主導権を奪い合ってる今のオレなら、端から見ればそうなのかもしれない。
「よし、じゃあ悠真、そろそろゴミ捨てに行ってくれ」
「あ、はーい」
オレは素早く立ち上がり、リヤカーにゴミを積み込む。
「気をつけてね」
3人が同時に声をかけてくる。オレは手を振って海の家を出た。坂道を上りながら、オレは深呼吸を繰り返した。落ち着け、落ち着け。51脳が12脳を必死に抑え込む。
「ふう……」
こんな状況、良くも悪くも前世では絶対に経験できなかっただろう。ゴミ捨て場に着く前、オレは立ち止まった。あの岩陰だ。思わず目をやる。
「……!」
まじかよ。
オレは息をのんだ。そこにはまたしても、あの2人がいた。カズくんとあかねは、今日も岩陰で密会していた。2人は熱い抱擁を交わし、キスを繰り返している。
オレは目が離せなくなった。12脳が完全に支配権を握っている。
「あっ……トモくん……」
え? トモくん?
誰だ? 誰なんだ? って、知るわけない。でも目をこらしてよくみると……。
マジかよ! 嘘だろ?
男は知らない。でも女は……。
オレをよしよし可愛がってくれている、バレー部のあの山本由美子先輩(推定Dカップ)じゃないか!
オレは思わず目を見開いた。山本由美子先輩……あの胸の大きな、いつもオレを可愛がってくれる先輩が……。
「トモくん……もっと……」
先輩の甘い声が聞こえてくる。トモくんと呼ばれた男の手が、先輩の水着の中に入っていく。オレの心臓が激しく鼓動する。喉が渇く。12脳が完全に支配権を握り、51脳の理性が消え去っていく。
ショックだという感情もあり、残念という感情もあった。でも、それよりもなによりも……もっと見たいという欲望が勝ったのだ。
「……真」
「……悠真」
なんだよ! と言葉には出さないが後ろを振り向くと、なんと美咲、凪咲、純美の3人がいたのだ。
な、なんでいるんだ? ? 一瞬にして12脳はパニクった。
オレは一瞬で血の気が引いた。美咲、凪咲、純美の3人がなぜかここにいる。しかも、オレが2人の行為を覗いているところを見られてしまった。
「お、おまえらなんでここに……」
オレの声は震えていた。12脳はパニックで、51脳も状況を把握できていない。
「心配だったから……」
美咲が小さな声で言った。
「帰りが遅いから叔父さんが見てきてくれって、ねえ……」
凪咲が美咲にふると、『それで、様子を見に来たの』と純美が付け加えた。
「あん……ん……」
やばい! こっちに気づいてない! まだ続けてる!
「いや、後で話そう! ちょっと、これはダメだ。帰ろう!」
オレは無理やり3人と一緒に帰ろうとした。慌てて3人を引っ張って岩陰から離れようとしたんだが、3人は動こうとしない。
「ちょっと待って、あれって……山本先輩?」
美咲が小声で言うと、凪咲も目を凝らす。
「え? うそ……」
「まさか……」
純美も驚いた様子だ。
オレは焦った。このままじゃマズイ。でも、3人の好奇心は抑えられない様子だ。
「馬鹿! もし山本先輩だったとして! 見つかったら明日から練習になんねえぞ! 気のせいだ! 帰ろう!」
オレは3人を、やっとの事で押し返して、ゴミ捨て場に行き、そして海の家に戻った。
おー、お疲れさん! ん? どうした、みんな顔が赤いぞ?」
どう考えても、そうそうできない経験(行為を目撃+その行為の相手が知ってる女の先輩)をしたオレと3人であった。
次回 第28話 (仮)『有川港花火大会』
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