正元三年二月十六日(256/3/16⇔2024年6月20日20:00) 弥馬壱国 方保田東原の宮処
<中村修一>
伊予と一緒にこの時代に飛ばされてきて8か月が経った。
「あの……申し訳ない。普通デートといったら二人きりなんだが……」
壱与から告られたのでは? と舞い上がったオレは、試しに壱与をデートに誘ってみたのだ。お忍びで隠れていくつもりが、どこでバレたのか親衛隊の伊弉久(イサク)と女官長の伊都比売(イツヒメ)がいる。
「ついてこずとも良いと申したであろう」
「吾は壱与様をお守りすることが役目ゆえ」
「女人の事は女人にしかわからぬ事情もありますゆえ」
「……」
「……」
壱与がたしなめると、イサクもイツヒメもマニュアルのような受け答えしかしない。
そして二人は何事もなかったかのように淡々と控えるが、その姿にオレはため息しか出ない。壱与と二人だけの時間を過ごすという期待が、早々に打ち砕かれてしまったからだ。
壱与は黒髪ロングの美少女。
もしオレと壱与が恋におちて恋人同士になったとしても、この時代でも令和でもなんの問題もない。50対20だし、20(に見える)対20だ。しいてあげるとすれば、壱与の政治的地位がある。
巫女ならば未婚で処女というイメージなんだが、どうなんだ?
「なあ壱与」
「なんじゃシュウ?」
壱与のこの女王言葉にもだいぶ違和感なく接する事ができるようになってきた。見た目は普通の女の子なのに、しゃべり出すと急に女王っぽくなるから不思議だ。
「あのさ、日弥呼さんって……ええっと先王様? でいいのかな。結婚はしてなかったんだよね?」
「してたよ」
「え?」
オレは驚きのあまり声が裏返ってしまった。壱与の言葉は予想外すぎた。
「何を驚いておる。日弥呼様は結婚しておったよ」
「そ、そうなの? でも、魏志倭人伝には……」
「魏志倭人伝? なんじゃそれは?」
「ほら、オレの時代にいた時に話をしただろう? 今から千八百年後の未来だけど、魏の国(西晋時代)の歴史書が残っていて、正確には『三国志』魏書三十、烏丸鮮卑東夷伝の中の倭人条に書かれているんだ」
壱与は少し考え、続きを聞いてきた。
「そこに日弥呼様は何と書かれているのだ?」
「うん。夫も子供もいなくて、一人の男、多分弟さん。その人だけが出入りして、他には千人くらい女の召使いがいたって書かれているよ」
壱与はその後も考えていたが、口を開いた。
「子供はいた。されど皆、狗奴国との戦で死んでしまった。それから弟は本当。イサクはひ孫だよ。彌勇馬(みゆま)は孫。もともと息子としては公にしていなかったからな。ああ、それから日弥呼様は名前ではないぞ。日の御子様、日御子様は尊称じゃ。真の名はヒマリ、ヒマリ様じゃ」
まじか。
まじか……こりゃあ古代史を覆す大事件だぞ!
……もしオレが令和の時代でこの発見をしたなら、飛び上がるほど喜ぶだろう。しかし、そこまでの感情がわき上がってくることはなかった。
なぜか? そりゃそうだ。ここは西暦256年の世界。その事実が当たり前の時代だ。たとえ一般の民衆が知らなくても、壱与や国の高官は全員知っている。
オレがそれを知ったところで、大発見どころか発表する機会もないのだ。ときどき、この時代に飛ばされてからそんな感情を覚える。六人の生徒達にはああ言ったが、本当はオレが一番混乱しているのかもしれない。
あ!
壱与がそっとオレの手を握り、体を寄せてきた。
「なんじゃ? 如何したのだ?」
「え、突然どうした?」
「ふふふ……。いや、シュウはさっきから何か悲しそうな顔をしていただろう? 隠しても分かるぞ。だから、これだ。恋人つなぎとか、カップルつなぎとか言うのだろう? だから、そう……そんな悲しい顔を吾に見せるな」
壱与は笑ってそう言った。
オレのこの心の中を察したのだろうか。さすが巫女だ。
「あ、ああ、ごめん。ありがとう」
オレは壱与のやさしさを感じずにはいられなかった。なんだこれ、愛おしいってこんな感覚なのか?
壱与に体を寄せ、オレは言った。
「だったら、こっちの方がいいな……」
壱与とつないだ手を放し、壱与の手をオレの左腕に巻き付かせるようにさせて、さらに体を寄せたのだ。
うん、これは……正式名称はあるのか? 恋人組み?
まあいいや。
そっと壱与の顔を見ると、彼女の頬が赤く染まっているのがわかった。
「な、なんじゃ? そんなに見つめるな」
壱与は恥ずかしそうに顔を背けた。その仕草がたまらなく可愛い。
「ごめん、ごめん。でも、壱与のこんな表情、初めて見たからさ」
「む、むう……」
壱与は言葉に詰まったまま、オレの腕にしがみついている。その温もりが心地よい。
「壱与、ありがとう。オレ、本当に嬉しいよ」
「うむ……吾も、じゃ」
二人でゆっくりと歩きながら、オレは周りの景色を見回した。イサクとイツヒメは相変わらず後ろについてきているが、少し距離を置いているようだ。
「ねえ、壱与。この後どうする? せっかくのデートだし、どこか行きたいところある?」
「そうじゃな……市場を見て回るのはどうじゃ? 民の暮らしぶりを見るのも悪くないと思うのだが」
「そうだね。行こう」
オレたちは市場へと向かった。途中、様々な店が並ぶ通りを歩く。人々は忙しそうに行き交い、活気に満ちている。
「おや、あれは何じゃ?」
壱与が指さす先には、新しく設置された水くみ場があった。
「ああ、あれは井戸だよ。水をくむのが楽になるはずだ」
「なるほど。民の暮らしが少しずつ変わっておるのじゃな」
オレは壱与の興味深そうな様子を見て、少し誇らしい気分になった。こうして二人で街を歩きながら、変化を感じられるのは素晴らしいことだと思う。
「壱与、少し小高いところへ行ってみない? 都全体が見渡せるはずだ」
「うむ、そうじゃな」
オレ達は小高い丘へと向かった。そこから見る街の景色は、オレの目にも新鮮に映る。
「美しいものじゃ」
壱与がつぶやいた。オレは壱与の横顔を見つめ、この瞬間を心に刻んだ。
■丘の上
「そう言えば壱与、ずっと気になってたんだけど、已百支国って言うんだっけ? オレ達がいたお墓のある国。なんであそこにいたの?」
「ああ、彼の国は西の果てにあるでな。年に一度、日が海に沈む際に祈りを捧げに行くんじゃよ。去年のその祈りの最中に、吾は消えてしまったようだ」
「……じゃあ今年もいくの?」
「うむ」
「オレも一緒に行っていい?」
「なぜじゃ?」
「うん。やっぱりあそこに秘密があると思うんだよね。特に壱与は……一度行って戻ってきている。壱与とあの石室の関係も考えてみたいんだ」
壱与が悲しい顔をした。どうやらオレがいなくなると思ったようだ。
「大丈夫、もし何かあっても、急にいなくなったりしないよ。君の側にいる」
オレの言葉を聞いて、壱与の表情が和らいだ。
「そうか。ならば、共に行こう」
壱与はそう言って、オレの腕にさらに体を寄せた。
「ありがとう、壱与」
オレは壱与の髪に軽く触れた。柔らかな髪の感触が心地よい。
「シュウ、吾は汝と出会えて本当に良かった」
壱与の声は静かだが、確かな想いが込められていた。
「オレもだよ。壱与と出会えて、この世界に来た意味があったのかもしれない」
二人は黙ってしばらく景色を眺めていた。夕日が街を赤く染め始めている。
「そろそろ帰ろうか」
オレが言うと、壱与はうなずいた。
「うむ。だが、もう少しここにいても良いか?」
「ああ、もちろん」
オレと壱与は肩を寄せ合って座り、夕暮れの街を見下ろした。イサクとイツヒメは相変わらず離れた場所で見守っている。
この時間が永遠に続けばいいのに、そう思いながらオレは壱与の温もりを感じていた。
「せんせい……あいたっ!」
「馬鹿! 邪魔するんじゃないよ」
次回 第26話 (仮)『石室の秘密』
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