第34話 『SPRO施設での日々と東京見物』

 翌日:2024年11月11日(14:00) 東京 SPRO地下施設

「さて、皆さんにはこれから1週間ほど、この施設で過ごしていただきます」

 藤堂は9人を前に説明を始めた。

「特に壱与さん、イサクさん、イツヒメさんには現代社会に適応するための基礎知識を学んでいただきます。他の皆さんは自由に過ごしていただいて結構です」

「……監禁ってわけじゃないんですよね?」

 尊が確認するように尋ねる。

「ええ。外出も可能です。ただし……」

 藤堂は主に弥生人の3人を見た。

「3人には、まず現代社会の基本的なルールを理解していただく必要があります。例えば、イサクさん。剣の携帯は現代では法律で禁止されています」

「なに! ?」

 イサクは驚愕きょうがくの表情を見せる。

「剣がなければ、壱与様をお守りできぬ!」

「現代は平和な時代です。街中で剣を持ち歩く必要はありませんよ」

 藤堂は穏やかな笑みを浮かべながら説明を続けた。

「土方君、例のものを見せてくれ」

「承知しました」

 特殊作戦部の土方主任は短い黒い棒を取り出し、一礼してから横に大きく振る。すると、シュパッという鋭い音とともに、棒は3段式に伸びた。

「これは特殊警棒といって、護身用の武器です。振るだけで瞬時に伸ばすことができ、収納時にはコンパクトなサイズに戻ります」

 イサクは興味深そうに警棒を見つめる。

「ほう……されどこれでは敵を倒せぬし、戦えぬ」

「現代では、まず戦うことはありません」

 藤堂が短く答えた。

「イサク」

 壱与が静かに声をかける。

「私も以前、この時代を経験しました。確かに剣は必要ありません。むしろ、持っていることで周囲に恐怖を与えてしまいます」

 イサクは壱与の言葉に深く考え込む様子を見せた。

「では、代わりにこの警棒を……」

「はい」

 藤堂は笑顔でうなずいた。

「この警棒なら、護身用の道具として認められています。刃がなく、人を傷つけることも少ない。それでいて、いざという時の抑止力にもなります」

 土方は警棒を収納して見せながら、補足する。

「普段は小さく収まるので、周囲に不安を与えることもありません。必要な時だけ使えます」

「ふむ……」

 イサクは腕を組んで考え込む。

「壱与様を守るには剣に及ばぬが、この時代ではこれが最善、と」

「そういうことです。現代には現代の道具があります」

 藤堂は続けた。

「イサクさんには、後ほど使い方と携帯時の注意点を説明いたします。これは護身用の道具です。決して攻撃的に使うものではありません」

 壱与も静かにうなずく。

「イサク、もこの時代のことを少しは知っています。確かに平和な時代。ですが、が吾を守りたい気持ちはわかります。これなら、周囲に恐れられることなく、その役目を果たせるでしょう」

「……承知いたしました」

 イサクは深々と頭を下げた。

「この時代のならわしに従いましょう」

 その言葉に、藤堂は満足げな表情を浮かべる。

「では、他にも現代社会で知っておくべきことを、順を追ってお話ししましょう」




 ■翌日

 昨日1日でおおよその講習を終えた壱与、イサク、イツヒメの3人は、修一たち7人に連れられて東京都内を見学することになった。修一は何度か来たことがあったが、現代人とはいえ6人とも東京は初めてである。

 そのため事前に行きたい場所をリサーチしていた。

 「渋谷、浅草、上野……」

 比古那がスマホを操作しながら場所を読み上げる。

「どこがいいかな」

「まずは自然が残ってる場所からの方がいいんじゃない?」

 美保が3人の弥生人を見ながら言う。

「いきなり人混みとか高層ビルっていうのも、ちょっとね」

「じゃあ、新宿御苑ぎょえんとか」

 咲耶が提案する。

「紅葉も見ごろだし、木々に囲まれているなら安心できるんじゃないかな」

「自然のあるところ、ですか」

 イツヒメが興味を示す。

「木々は、今も昔も変わらないのでしょうか」

「ええ」

 修一はうなずく。

「木々の色づく様子は、2千年前も今も、きっと同じはずです」

「それはいいかもしれませんね」

 壱与も賛同する。

「まずは、懐かしい風景から始めましょう」

「その後で、徐々にこの時代特有の場所も見て回れば」

 尊が付け加える。

「さすがに最初から渋谷のスクランブル交差点は、ちょっとハードル高すぎるよね」

「すく、らんぶる? はーどる?」

 イサクは首をかしげた。

「あ、ごめんごめん」

 尊が笑いながら説明する。

「スクランブルっていうのは、人がバーッと交差するように歩く場所のことだよ。道路を、こんな感じで」

 尊は指で×印を描いて見せる。

「ハードルが高いっていうのは、まあ難しいってことね」

「なるほど……」

 イサクはゆっくりと腕を組む。

「それほど多くの人が、歩くのか?」

「うん。1回の信号で3000人くらい通るんだよ」

 槍太が言った。

「3000人! ?」

 今度はイツヒメが驚く。

「それって、私たちの村の何倍もの人数じゃ……」

「だからさ」

 比古那が口を挟む。

「最初は御苑で紅葉見て、お昼食べて、それから人がちょっと多いとこに行くってどう? いきなり渋谷は確かにキツそうだし」

「そうだな」

 修一もうなずく。

「慣れないものは、少しずつの方がいい」

「ねぇ、壱与も、どう思う?」

 美保が声をかける。

「そうですね」

 壱与は少し考えてから答えた。

「一度に多くのものを見るより、ゆっくりと理解していきたいです」

「じゃ、決まりってことで、新宿御苑までの電車、調べとくね」

 咲耶がスマホを操作しながら言った。

「でんしゃ?」

 今度はイサクとイツヒメが同時に首をかしげた。

「あ、そっか」

 槍太が手をたたく。

「昨日の講習で電車の話まで行っていなかったんだ」

「大きな鉄の箱みたいなのが線路の上を走って、すごい速く移動できるんだよ」

 美保が身ぶり手ぶりを交えて説明した。

「鉄の……箱が走る?」

 イサクが眉をひそめる。

「あーほら? あの、宮田村からせんせーの家まで乗ってきたろ? あの車がもっと細長くなって、たくさんの人を乗せて走るんだよ」

(おい! 習うより慣れろっていうだろ? 連れてって見せた方が早いって!)

「そうだよな」

 槍太の言葉に比古那は立ち上がった。

「実際に見た方が早い。駅まで行ってみよう。宮田村から福岡まで乗った車より全然大きいよ。車が何台も連なってるみたいな感じなんだ」

 と比古那が説明を加えた。

「へぇ……それほど大きいのですか」

 イツヒメは興味深そうに聞いている。車での長距離移動は既に経験済みだ。

「じゃあ、見に行きましょう」

 咲耶の提案に全員がうなずいた。

「せっかくの機会だしな。もっとすごい乗り物、見せてやろうぜ」




 東京見学に期待を膨らませる9人であったが、修一は1人不安を抱えていた。

 なぜこの時代に戻ってきたのか? そもそもなぜ弥生時代に行ったのか? 壱与はなぜ飛ばされて来たのか? 全く解明されていないのだ。それに、残してきた弥生時代のことも気にかかる。

 ずっとこのまま東京にいたり、福岡にいれば戻ることはないかもしれない。

 でも、それで本当にいいのか?

 宮田遺跡に戻ったとしても、弥生時代に飛ばされるかはわからない。しかし、もし飛ばされるなら、今度は準備万端の状態で飛ばされたいのだ。

 弥生時代に行っても現代人である自分たちが困らない文明の利器である。

 修一はできる範囲で準備を進めなければならないと心に決めた。




 次回 第35話 (仮)『東京見物と修一の決意』

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