文久二年十二月九日(1863年1月9日) 江戸城
現代でいう組閣が行われ、政事総裁職に松平春嶽、将軍後見職に一橋慶喜が選出された。
・筆頭大老は安藤信正(まとめ役)
・大老衆は島津忠義、毛利敬親、山内容堂、伊達慶邦、前田斉泰(5名)
・老中院は首座の久世広周、内藤信親、本多忠民、板倉勝静、水野忠精(5名)
■第1回大老院(総裁職・後見職含む)
大老院は外様大名の5名で議論を行い、信正がまとめた上で春嶽と慶喜の3人で協議するものであり、その結果と老中院の結果を踏まえて、さらに3人で協議するものとされた。
「各々方、それではまず、先の生麦にて起きた事件についてお報せいたす」
信正はそう言って交渉の進捗状況を話した。正式な謝罪と賠償、通商関係の見直し等々である。
「イギリスの返事はいつごろになりそうでしょうか」
島津忠義が質問した。
「おおよそではございますが、来年の三月もしくは四月頃になるかと存じます」
「おお……それは上様の御上洛の日取りと重なるではございませぬか。然らば外患を取り除き、しかるのちに上洛でもよいのではござらぬか」
「然に候わず(そうではありません)。上様の御上洛は以前より定めし事。それにイギリスはこちらの言い分はまったく聞かず、我を通しておるそうではござらぬか。然らばいつ決まるともわからず、然様な事で上様の御上洛は延ばせませぬ。公武一和は吃緊の題目にござろう」
春嶽が割って入った。
「然に候」
信正は頷きながら続ける。
「上様の御上洛は、朝廷との関係を修復する絶好の機会。これを延期すれば、公武合体の機運が失われかねません」
「まさにその通りでござる。今こそ上様の御上洛を以て、朝廷との関係を確かなものとせねばなりませぬ」
容堂が賛意を示した。
「薩摩としても、公武合体の機運を逃すわけにはまいりませぬ」
忠義も同意した。
「然れば上洛に向けてのつぶさ(具体的)な段取りについて、ご相談申し上げたく存じます。まずは警備についてでございますが、京都守護職、松平容保殿からの上書によりますと……」
信正が話を進めた。
「それで、イギリスの答えは変わるとお思いか?」
伊達慶邦がイギリスの今後の出方について提議し、日本としての対応を決めようというのだ。先日の交渉では信正、純顕、次郎の3人が、イギリス側に謝罪と賠償、そして関係者の処罰を求めた。
イギリス政府の正式見解がどうであれ、今後もそれは変わらない。
それを踏まえて、イギリスをどうするかという突っ込んだ話なのだろう。
「おそらくは変わりますまい」
信正は慎重に言葉を選んだ。
「先の交渉でも、彼らは自分たちの論理を曲げようとはしませんでした」
「然らば我らも、強き態度で臨むべきではござりませぬか」
前田斉泰が厳しい表情で発言した。
「如何様にでございますか?」
「破約攘英、もとより条約など無かったことと致すのでござる。人を欺き、あまつさえ自国の民を危険に晒してまで、斯様な振る舞いにて己が利を貪る国と、和親も通商も成り立つ道理はござりませぬぞ」
信正が問いかけると、斉泰は微動だにせず言い切った。
「加賀殿」
春嶽が静かに口を開いた。
「然りながら今は公武一和という大事の時。外国との軋轢を深めることは……」
「いえ」
慶喜が割って入った。
「それがし、加賀殿の御意見に深く同意仕る。その儀、十把一絡げにただ『攘夷、攘夷』と声高に叫ぶのみではなく、交わりを持つべき相手を慎重に選ぶことこそ、道理に適うものでござりませぬか」
「ほう……。一橋殿、それは如何なる御存念にございましょうや」
容堂が身を乗り出した。
「つまりはこういうことでござる」
慶喜は言葉を継いだ。
「イギリスの答え如何なるものであろうと、破約とするでござる。彼の国の行い十分な理由と成りましょう。また、おそらくはイギリスが1番の強国かと存じますが、それならばフランスやアメリカ、オランダと結び、昨年結んだプロイセンとも交誼を結んでイギリスに抗すればよろしいかと存ずる。さしものイギリスもおいそれと我が国を清国のようにはできますまい」
「うべなるかな(なるほど)」
敬親が頷いた。
「イギリスの横暴を、他国との関係で牽制するという事にございますな」
「然様」
慶喜の言葉に、大老院の面々は深い関心を示した。安藤信正は黙って聞いている。
「然れど」
忠義が口を開いた。
「然様な策を取れば、イギリスの反発も強まり……ひいては戦になるやもしれませぬぞ」
戦、という言葉に場が張り詰めるも、慶喜が反論する。
「かもしれませぬ。……然りながらこれを許せば、列強は我も我もと同じような事を仕掛けてくるやもしれませぬ。ここは堪え所にて、十分時を稼ぎながら大砲軍艦を揃え、和戦両方で考えて行かねばなりませぬ。正義は我らにあるのですぞ」
……議論は紛糾したが、結局はギリギリまで交渉をしつつ各国と連携をとりあい、戦争の準備をする、といったものであった。会議終了後に信正を経由して純顕に連絡が入った。
■鹿児島城
「なんとか忠義の大老就任は成せたが、問題はイギリスよの……。自らの非を全く認めず、あまつさえ賠償金を払えなど。我が家中に6万両などあり得ぬわ」
久光の心中は穏やかではない。
「四郎よ、集成館はいかがだ? 台場と軍艦は?」
側近の市来四郎に尋ねると、四郎は即座に答えた。
「は、先の殿の御遺産である集成館は充実しております。鉄の増産も順調で、台場においては天保山に11門、祇園之洲に6門、新波止に11門、松崎に3門と、その他にも順次大砲を設けております」
「うむ」
「軍艦に関しましては天佑丸、永平丸、白鳳丸、安功丸が就役しております。こちらは荷船ではございますが、内車(スクリュー)大砲をのせること能いますので、軍艦としても使えまする」
3隻は史実と違い木造船であり、大村藩からの購入であった。1番小さな安行丸は薩摩産である。
「あいわかった。公儀の禁止令ゆえ外国から軍艦に大砲は買えなかったが、癪ではあるが大村家中より手に入れることができた。やれる事はすべてやるのだ。せぬに越した事はないが、攻めてくるなら迎え撃たねばなるまいよ」
「ははっ」
薩摩藩でも久光の指導のもと、軍備の増強が行われた。また、イギリスを除く列強からの軍艦・武器の輸入自由化を求めていく事となる。
次回予告 第307話 『朝廷と長州』
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