第333話 『同航戦』

 元治元年四月十一日(1864/5/16)

 彦島の北西、竹ノ子島の南西沖で、同航戦が始まった。

「目標、右舷敵艦、撃ちぃ〜方、始め!」

 針路、速度を同じくしての正面からのぶつかり合いである。次郎の指令のもと全艦一斉に砲撃を開始した。14隻対8隻、数の上では大村艦隊が優勢である。

 火力においてはイギリス艦隊が175門に対して大村艦隊は164門と若干の劣勢ではあったが、全てが後装砲という点と、クルップ砲とアームストロング砲、口径は違っても統一された規格の艦載砲である。

 竹ノ子島沖で同航戦が始まった頃には速力の影響もあり、低速のラトラーとバウンサーは後方に位置していた。イギリス艦隊は高速のチェサピーク(旗艦)を筆頭にコンカラー、そして11㏏のバロッサ、ターター、ワスプ、コケットと続く。

 大村艦隊は距離を4,000mから徐々につめていた。

 クルップ砲の有効射程である2,340mまで時間をかけてつめていくようである。それまでは曲射による砲撃だが、最大射程はあくまで届く距離であるし、しかも洋上であるから、あたれば儲けもの、というレベルだ。

 それでも射程の射程の違いは大きなアドバンテージである。イギリス艦隊の砲撃は当たらないのに、大村艦隊の砲撃は当たるのだ。距離が近づくにつれてお互いに精度が上がっていくが、こもまま進んでも、イギリス艦隊はジリ貧である。




「くそう! なぜ当たらんのだ!」

 キングは苛立ちを隠せない。

 ちょうど距離が3,000mを切ったあたり、位置にして六連島と馬島の南西沖を過ぎたあたりから、命中弾の数に明らかに差が出始めた。大村艦隊の砲撃の精度が急激に上がってきたのだ。

 クルップ砲の威力が遺憾なく発揮され、イギリス艦に次々と命中弾を与えていく。

「バロッサ被弾! 火災発生!」

 見張りからの報告の直後であった。

 どがあん! 
 
「主甲板に被弾! 火災発生!」

 衝撃とともに旗艦チェサピーク砲弾が命中し、大砲を水兵を吹き飛ばして炎上している。

「くそっ! 消火急げ! 応戦せよ!」

 キングは懸命に指示を出すが、味方の砲撃は知行と大成に命中するも、損害は軽微である。
 
「ターター、被弾! 艦尾に大穴! 炎上!」
 
「コンカラー、主砲一門が破壊されました!」

 次々と入る報告に、キングの顔色はみるみる青ざめていく。大村艦隊の砲撃は、まるで狙い撃ちかのように正確だった。

「なぜだ! ? なぜここまで正確に撃てる! ?」

 キングの叫びには誰も答えることはできない。イギリス海軍が誇る熟練の砲手たちでさえ、この精度の砲撃には驚愕していた。

「ワスプ、メインマストに被弾! 倒壊の恐れあり!」
 
「コケット、機関室に浸水! 速度低下!」

 8㏏で単縦陣で進んでいた艦隊も、すでに被弾してさらに速度の落ちていたラトラーとバウンサー、そして機関を損傷したコケットがみるみるうちに脱落していく。

 海峡内でアームストロング砲の暴発で航行不能となったレオパードは、長州海軍の丙辰丸と庚申丸によって拿捕され、幕府海軍の3隻と長州海軍の2隻が、脱落したラトラー・バウンサー・コケットに襲いかかった。




「くそう、もはやこれまでか……そうだ!」

 両艦隊が藍島の南に到着した時の事である。

「副官! 艦長! いいか! ?」

 キングは最後の作戦とばかりに2人に撤退の戦術を語った。

「しかしそれでは、一時的に退避できても、いずれ捕捉される恐れがあるのでは?」

「いや、だとしても、このままではジリ貧です。敵の火力は強力で、驚くほど正確です。司令官のおっしゃる作戦が、唯一生き延びる道ではないかと考えます」

 艦長の意見に対して副官は反論した。

「確かに……」

「いいか? ではタイミングは艦長に任せる。見事日本艦を騙して見せよ」

「はっ」




「まだ、まだまだ……今だっ! おもーかーじ! 機関いっぱい!」

 イギリス艦隊旗艦チェサピークの艦長の号令のもと、艦は右に舵を切り、藍島の東岸を這うように航行し、みるみるうちに艦影は島の東側に消えていく。

 メインマストには『ワレニツヅケ』と掲げられ、後続艦はピタリとついていった。

 大村艦隊は不意をつかれて対処ができない。




「艦橋-見張り! 敵艦面舵転針! 島の東側に艦隊を向かわせている模様!」

 見張りに言われなくても右舷側を注視していた次郎であったが、驚きを隠せない。

「そうきたか……」

 しかし、イギリス艦隊の存在自体が消えた訳ではない。見えなくなっただけで、必ずこの海域にいるのだ。

「機関一杯! 敵に向かう!」

 次郎はそう言って艦隊を島の西側を北西に航行させ、島を過ぎて面舵転針、イギリス艦を追うように指示を出した。

 本来であればすぐに第2艦隊を分離して、イギリス艦隊と同じように面舵転針して追わせるのだが、すでに第2艦隊旗艦の『大成』が藍島の南端を北に通り過ぎていのだ。

 そのため次郎は第2艦隊を取り舵回頭させ、いったん全艦が南東を向いた後に北へ転針、藍島の東側からイギリス艦隊を追わせることとした。




「司令官、上手くいったようです! 敵艦隊見えません!」

「艦長、それは今だけだよ。そのうちあの島の北端から顔をだす。諦める理由がない」

 キングがそういった直後である。

 藍島の北端から大村艦隊の先頭艦が姿を現し始めた。

「やはりか……早いな」

 キングは歯がみしたが、選択肢などない。

「全艦取り舵! 針路330°前方の島影にかくれて砲撃をやりすごす!」

 キングが言った島とは、次郎率いる大村艦隊が錨泊していた蓋井島の事である。正直なところ、キングには逃げおおせる自信などなかった。しかし万策尽きるまで、やらねばならない。

 現在地から蓋井島まで約9km強である。

 追いつかれるのが先か、隠れるのが先か。いずれにしても手負いのイギリス艦隊にとって、寿命がほんの少し延びるだけであった。




 15分後。

 双眼鏡を使わなくても、肉眼で蓋井島の南岸が見えてきたころ、キングは信じられないものをみた。

「バカな! こんなところで何をやっているんだ! ?」




 次回予告 第334話 『最終決戦』

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