第3話 『遭難者たちの正体』

 2025/1/20(令和7年1月20日) 太平洋 ミッドウェー海域

「れ、令和……? 2025年だと……?」

 鹿江の声が震えた。

 その目は護衛艦『いずも』の士官室の中空をさまよい、気がつけば壁に掛けられたカレンダーを凝視していた。周囲の自衛官たちは困惑した表情を浮かべながらも、鹿江の様子を注視している。




 令和七年一月二十日
 2025/1/20




 紛うことなく、日本語で書かれてある。

 士官室に収容されてから、鹿江をはじめとした士官全員が情報の収集と状況の分析に努めてきた。当然カレンダーにも気付いていたが、1つの情報として押さえていただけで、信じてはいなかったのだ。

 いや、信じられなかったと言ったほうが適切だろう。

 よく見れば帝国海軍では見られない、かといってアメリカの物とも思えない備品が数多くあった。それらを総合的に判断すると、敵のなんらかの欺瞞ぎまん工作か、もしくは新型の艦艇に救助されたのか……。

 その可能性も捨てきれなかったが、負傷兵に欺瞞工作をしても仕方がない。もし助けたのが米軍ならば、捕虜なのだ。帝国海軍の新型艦艇だったとしても、極秘行動ならばなぜ大多数の目につく救助活動をするのだ?

 鹿江の頭は混乱した。

 第一、最大の疑問である昼夜逆転の謎が解けない。




「落ち着いてください、大佐」

 と隊司令の小松が静かに声をかけた。

「ここは護衛艦『いずも』、そして現在は令和7年、つまり2025年です」

 ゆっくりと、そしてはっきりと小松は現実を鹿江に告げたのだ。

 いずも……。

 令和七年……。

 2025年……。

 鹿江はその言葉を繰り返しつぶやき、深く息を吸い込んだ。

「信じられん……。我々は確かに昭和十七年、ミッドウェー海域で……」

 その瞬間、鹿江は角野・橋本・重松ら士官全員の視線を感じた。

 そうだ、そうなのだ。

 ここにいる士官の先任は自分であり、たとえどんなことがあろうとも冷静に状況を分析し、最適解と思える答えを出して行動しなければならない。

 深く、深く深呼吸をして居住まいを正し、鹿江は小松に向かって話し出す。

「我ら……我ら飛龍乗組員は、確かに激しい爆撃を受け、総員退艦した。司令官と艦長は艦と運命を共にしたのだ。しかし、突如として現れた巨大な竜巻が我らを飲み込み、気づけばこの場にいた」

 つい数時間前の事である。

 鹿江の脳裏には鮮明にその光景と、山口や加来の最期の言葉がよみがえった。




『駄目だ。君は生き延びて、この戦いの真実を伝えなければならない』




 鹿江は口を閉ざして視線を床に落とした。

 昭和十七年の記憶が頭をよぎるが、いくら考えたところで答えなど出るはずもない。目の前にある状況が全てを物語っているのだ。意識を切り替えて顔を上げ、小松の方へ向き直った。

「……いや、今はそんなことを考えても仕方がない」

 鹿江は静かに言葉を紡いだ。

「まずは……理解不能だが、この状況を受け入れるほかはない。……だろう」

 神隠しにあった、としか考えようがないがな、と鹿江は思った。考えても考えても、結論などでないからだ。2025年の現代でも解明できない現象であり、1942年ならなおさらである。

「そのとおりです、大佐。まずはあなた方の安全と健康状態の確認が最優先です。その後で、状況についてさらに詳しく話し合いましょう」

 鹿江の言葉に、小松はわずかに表情を和らげた。

 ほんの少しうなずきつつも、鹿江は周囲の士官たちへ目を向けた。角野、橋本、重松らが不安げな表情で彼を見つめている。

 彼らもこの異常な事態に戸惑い、指示を待っているのだ。

「角野、橋本、重松」

 鹿江は力強い声で呼びかけた。

「我々はこの艦の指揮官たちと協力し、この状況に対応していく。それが今できる最善の行動だ。異論はないな?」

「ありません、副長」

 角野が即答し、他の2人もそれに続いてうなずいた。その返答に鹿江は満足げに言う。

「よろしい」

 鹿江は再び小松へ向き直った。

「我々『飛龍』乗組員として、この艦とその乗員に協力することをお約束します。ただし、一つお願いがあります」

「何でしょう?」

 小松が問い返す。

「山口司令官と加来艦長の捜索です」

 鹿江の声には強い決意が込められていた。

「司令官と艦長も同じ渦に巻き込まれた可能性があります。我々だけがここにいるとは思えません」

 最後の訓示の後、山口と加来とは別れた。しかしあの時点では山口も加来も死んでいない。自分たちが艦を離れた後にすぐ自決していなければ、同じ渦に巻き込まれて……まだ生きている可能性が高い!

 その証拠に避難した兵の多くが救助されているではないか。

 鹿江はそう考えたのだ。

 3人の大尉を見ると同じ表情をしている。

「……分かりました。もとより遭難者の救助には全力を傾けています。確かに他の生存者と同じで渦に巻き込まれている可能性はありますからね」

 小松はその言葉を受け止め、はっきりとうなずいて答えた。

「ありがとうございます」

 鹿江は深く頭を下げた。その姿勢には指揮官としての責任感と感謝の念がにじんでいる。

「まずは負傷者や体調不良者への対応から始めましょう。その後、必要な情報交換と捜索計画の具体化に移ります。我々も全力で協力します」

 艦長の石川が会話に加わった。

「了解しました」

 鹿江は短く答えた後で自らも背筋を伸ばし、『飛龍』の士官たちへ視線を向けた。

「皆、準備しておけ。これから我々も新しい戦場に立つつもりで臨むぞ」

「はっ」

 鹿江の言葉に士官たちは一斉に姿勢を正した。その光景を見た小松と石川は、旧日本海軍士官たちの規律と覚悟に感心しつつ、新たな局面への準備を進めるべく動きだす。




「ここは……どこだ?」

「お目覚めになりましたか! 司令官! 良かった! 本当に良かった!」

「加来、加来くんか? ……艦長、これはいったい……?」

「私にもわかりません。しかし、2人とも生きています! まずはそれを喜びましょう!」




 白い壁の部屋の中にはベッドがいくつもあり、山口の目の前には、ベッドに座っていた加来が立ち上がっている。両者とも点滴を受けており、見たこともない機械のガラス(プラスティック)のモニターが彼らのバイタルサインを静かに表示していた。

 最新の医療機器が並び、そのどれもが山口にとって見慣れないものだ。

 ベッドの脇には白衣を着た医官が立って仕事をしているが、これも帝国海軍の者ではない。

 何よりもありえない事に、医官は女性であった……。




 次回予告 第4話 『護衛艦いずもと山口多聞』

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