第5話 『いまの肥前国とポルトガル、そしてネーデルランド』

 1589年11月7日 オランダ アムステルダム <フレデリック>

 デン・ハーグで得た情報をまとめると、ポルトガルと肥前国の情報は以下のとおりになる。

 ・現在、肥前国は大日本国の中核として連邦国家を成している。
 ・スペインを撃退。現在も戦争中。
 ・アラスカから~中略~アフリカと広範囲を勢力下に置いている。
 ・2月には国王である小佐々純正が首都リスボンへ蒸気船の艦隊にて寄港。セバスティアン1世と会談。
 ・安保条約を結んで、軍事・経済両面で強固な結びつきがある。

 なんじゃ! こりゃ……。

 これがオレの正直な感想だ。なんじゃもクソもないし、史実のかけらもない。天下を統一したのは信長でも秀吉でも、家康でもないのだ。九州の国人領主(おそらく)の小佐々純正が、勢力を拡大して天下を統一した。

 厳密に言えば違うようだが、そんなことはどうでもいい。




 なぜこんなことが起きたのか?

 じゃあこれからどうするか?

 この2点が、いまオレが考えるべきことだ。世の中の状況がどうであれ、オレは1589年のオランダに、総督の弟であるフレドリック・ヘンドリックとして転生した。

 現実を現実として受け入れ、やるべきことをしなきゃならない。




 ……転生者か?

 オレはひとつの仮説を考えた。

 しかしその仮説が、いま一番可能性があるんだ。自分自身が転生者でこの世に生まれ変わった以上、戦国の日本に転生者がいたとしてもおかしくはない。

 そう考えればつじつまが合う。

 例えばオレがジャガイモを普及させ、ストーブをつくったのと同じだ。それなら30年の歳月をかけて日本(肥前国)を世界に冠たる大帝国として築き上げたとしても、納得ができる。

 オレは窓辺に立ってアムステルダムの街並みを見下ろす。

 頭の中でいろんな思考が渦巻くが、肥前国の急激な台頭やその背後にある転生者の存在。これらの情報を整理しようとしても、まだ多くの疑問が残る。




 オレのこの世界での役割はなんだ?

 いや、もっとシンプルに考えれば、兄貴の次はオレなんだ。史実どおりになるなら、兄貴に子供はいない。だから年の離れた弟のオレが次期総督になる。

 これから準備しておかないと、まかり間違えばポルトガルや肥前国にのみ込まれるぞ。

 百歩譲っても、より快適な生活を求めて現代(前世の21世紀)の生活水準を成立させたい。そのためには、オレも転生者のアドバンテージを活かすべきじゃないのか?

 ジャガイモしかり、ストーブしかりだ。

 オレは部屋の中を歩き回りながら考えを整理した。

 肥前国・ポルトガル・オランダの彼我の産業・軍事力・外交関係を分類しながら比較をする。




 1.技術力
 ・肥前国
 蒸気機関や精密機器など、19世紀レベルの技術を保有。
 造船技術が発達し、蒸気船を建造可能。
 ・ポルトガル
 肥前国から技術を導入し、工業化が進行中。
 航海・造船技術は伝統的に高水準。
 ・オランダ
 16世紀相当の技術水準。
 風車など伝統的な産業技術が中心。

 2.軍事力
 ・肥前国
 蒸気船を含む強力な海軍を保有。
  先進的な火器や広大な領土を統治する陸軍を持つ。
 ・ポルトガル
 肥前国の技術を取り入れた近代化された海軍。
 優れた航海術を活かした遠征能力。
 ・オランダ
 優れた航海技術を持つが、軍事力は発展途上。
 陸軍は限定的で、主に防衛目的。

 3.外交関係
 ・肥前国
 ポルトガルと同盟関係。
 スペインと敵対関係。
 アラスカからアフリカまで広範囲に影響力を持つ。
 ・ポルトガル
 肥前国と強固な同盟関係。
 スペインとの関係が悪化。
 ブラジル、アフリカ~東南アジアで海上帝国成立。
 ・オランダ
 スペインからの独立闘争中(事実上独立は達成、スペインは未承認)。
 ポルトガル、イングランドとの関係構築を模索中。
 ハプスブルク家と対立。




 考えているうちに、オレはある程度の方針が決まった。

 まず外交。これはイギリスよりもポルトガルと肥前国を優先に。もし利害が対立するならイギリスを捨てる覚悟でポルトガルと肥前国との友好関係を構築する。

 そしてなにより、富国強兵。

 200年も早く産業革命を成し遂げて、蒸気船で世界を行き交う国と正面からやり合っても勝てるはずがない。

 もちろん一朝一夕で同盟関係など作れないことはわかっている。ここは外交官としての経験と知識、そして嗅覚を働かせないといけない。

 今、オレができることは他に何がある?




 情報収集は当然だ。

 これはヤンをはじめとして兄貴に聞くのはもちろんだが、定期的にポルトガル経由で肥前国の情報を収集しよう。そうなるとアムステルダムよりデン・ハーグだな。

 引越するか?

 あとは技術革新だ。30年で産業革命まで成し遂げるのは神業としか言いようがないが、事実なんだろう。現に何千キロも離れた日本からリスボンまで来ているんだから。

 途中の給炭や補給を考えたら、ポルトガルとの蜜月や自国の統治政策もうまくいっているんだろう。

 そこまでいくのに何年かかるかわからんが、オレの知る限りの近代技術を導入していく。

 農業では既存の輪作法の改良や新しい作物の導入、工業では水車を利用した簡易な機械の開発などがいけそうだ。こういう技術革新は生産性を向上させ、オランダの経済力を高めるだろう。

 軍事面では、まず海軍の強化が急務だ。

 オレは頭の中で次々と浮かぶアイデアを整理しながら、具体的な行動計画を立てていく。

 造船技術の向上に関しては、オランダの既存の造船技術を基盤に、より大型で頑丈な船を建造する必要がある。

 ガレオン船の改良から始め、徐々に戦列艦やフリゲート艦の開発を目指そう。商用船としては速度と積載量のバランスが取れた設計を追求し、将来的には高速帆船の実現を目標とする。

 ティークリッパーみたいなね。

 次に航海技術の向上だ。より正確な海図の作成や航海器具の改良を進める。これは商業面でも軍事面でも重要になるはずだ。ただ、現状ではポルトガル経由の肥前国頼みだな。

 今から1からつくるとなると、金も手間暇もかかって仕方がない。ポルトガル、そして国交が結ばれたなら、肥前国に留学生を大量に送って技術を貪欲に盗もう。

 学校はどうなっているんだ?

 オレはすぐにヤンを呼んだ。ライデン大学のクルシウスは知っている。ジャガイモの研究で力になってもらっているから、仲がいい(たぶん)。

 農学は他に誰が? それから鉱業や様々な学問だ。




「フレデリック様、お呼びでしょうか」

「今、ライデン大学は何を教えてるの?」

「ライデン大学ですか? そうですね……現在は神学、法学、医学が主な学部として設置されています。特に神学部は有名で、カルヴァン派の教義を中心に研究が進行中ですよ」

 神学かぁ。いらねー……。まったくいらねー、興味ねー。

 医学はまあ、色んな面で生存率が上がったりすればいいか。

 法学はどうだ? 富国強兵には直接関係ないな。ダメだこりゃ。

「最近では、ユストゥス・リプシウス教授が古典学や哲学の講義をしており、多くの学生が集まっています。また、植物学者のカロルス・クルシウス教授も在籍しており、ジャガイモの研究で有名ですね」

 うん、クルシウスは知ってるよ。

 オレはうなずきながら聞いていた。こんな学問学んでも、役に立つのか? 就職に……。この人たちは将来何になるんだろう?

「農学や鉱業はまだ独立した学部としては存在していませんが、医学部の一部で植物学が研究されています。鉱業に関しては、実践的な知識が重視されており、大学での教育は限定されています」

 医学部の一部って、なんだそりゃ? 薬草とかそういう目的だろうか。

「なるほど。じゃあ、ネーデルランドの他の大学ではどうなの?」

「それが、残念ながら現在ネーデルランドで正式に認可されている大学は、ライデン大学のみです。他の都市でも大学設立の動きはありますが、まだ実現していません」

 これじゃあ技術革新を進めるには不十分だ。

「わかったよヤン。じゃあ新しい大学をつくれないかな? 数学や物理科学の応用、化学、自然科学、生物学、医学、農学、鉱業、工学などの実学を重視した大学だ。大学が無理ならアカデミーをつくって、徐々に規模を拡大したい」




「え? フレデリック様、大学を……つくるのですか?」

 ヤンは驚いた様子で答えた。




 次回予告 第6話 『兄貴へ直談判。ポルトガルと肥前国』

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