1986年(昭和61年)3月29日(土) <風間悠真>
これまでバンドでやってきたモトリー・クルーの『Shout At The Devil』の評判が悪かったわけじゃない。
でも、『Theatre Of Pain』の『Tonight』がいいんじゃね?
そんなオレの意見で曲の編成を変えた。
祐介も好きだったから問題ない。
『Use It or Lose It』
『Fight for Your Rights』
要するに祐介的には全部やりたいようだが、無理だ。
単独公演、いわゆるワンマンライブなんて、できるはずがない。集客能力はもちろんだが、ハコ(ライブハウス)を押さえるのだって金がかかるんだ。
みんなのバイト代を出し合って、それから1枚500円~1,000円程度でチケットを売って、それでも中学生の500円は大きい。タバコ吸うやつにとっては2~3箱分だからな(オレも前世では吸っていた→止めた)。
出演するバンドはほとんどが大人だ。
社会人もいれば大学生もいる。高校生もいたが、今回は悟にいのバンドと社会人のバンド2つと、オレたちのバンドが入って4つ。値段は700円に決まった。
単純に4分割だ。700円×25人(キャパは100人)で、17,500円。カツカツだ。他の経費を入れたら赤字だろうけど、アマチュアバンドは見てもらってなんぼだから、高くしたら誰も買ってくれない。
チケットの値段がバンドの実力の指標のひとつ、といっても過言じゃないかもしれないな。
そうなるとせいぜい30分。
1曲5分と考えれば、4人で20分。アンケートがあったとしても5~6曲だ。だからオレたちは1人あたり2曲として合計8曲を練習していた。
オレはハノイロックスの人気曲の『Oriental Beat』と『Tragedy』で決まり。
祐介はモトリー・クルーの『Tonight』と『Use It or Lose It』。
宇久|蓮《れん》はM・S・Gの『Desert Song』と『Still Love That Little Devil』。
M・S・Gはマイケル・シェンカー・グループの略だ。オレたちニッキー&ユーマの命名のインスパイアもとなんだが、オレオレ感が半端ない。
2人のときは良かったけど、4人になったから考えないとな……。
弟の|湊《みなと》はスコーピオンズの『Blackout』と『Rock You Like A Hurricane』。
合計8曲をレパートリーとして練習していたんだが、ようやくお披露目できる機会がきた。
川下楽器の悟くんと、その友達のバンドが出演するライブに出演が決まったんだ。コネ入社的な要素が強いけど、もちろん有料。だからオレたちは全員で金を貯めて支払った。
前世からの転生者であるオレはマーケティングの知識を駆使して、チケットを売るための戦略を練っていた――。
……と言いたいところだが、13歳の中学生ができることなんてたかが知れている。それにマーケティングって言ったって、SEで会社員やる前の営業職でちょっとかじった程度だ。
金もかけられない。ハコ代にしたってチケット売ってなんぼだからね。
美咲や|凪咲《なぎさ》たちの6人にプラスして、祐介と蓮と湊の彼女で3人。親は関心ないだろうから厳しいし、同級生にしたってわざわざ佐世保まで行って観ない。
いやー、チケット代よりフェリー代の方が高くつくからな……。
離島はディスアドバンデージでしかない。人口は少ないし、流行も遅い。保守的な考え方の人が多い……。
でもこれは生まれた環境だからどうにもならないし、逆に逆境を跳ね返してこそのロックだろ!
……そんな理論を頭の中で構築しながら納得させた。
立っている者は親でも使え、とはちょっと意味が違うかもしれないが……。まず、宣伝やその他集客はホテルを経営している悟くんのお父さんがやってくれている。
敷地内でライブハウスも経営しているから手っ取り早い。
実際、悟くんたちが利用しているのはもっぱらお父さんのハコ。それでもホテルの利用客じゃ限界があるし、ライブハウスとしての、そしてバンドとしての集客力がないと厳しいのは事実だ。
普通は貸し切って8万円。リハーサルとか機材の搬入があるから、1時間でいくらじゃなくて、貸し切り。そこは悟くん頼みで7万円にしてもらった。
ハコ代以外の宣伝費はもっとかかるんだろうけど、親子とはいってもお父さんは経営者だ。採算の見込みがなければお金を突っ込まない。
そうじゃなきゃ一代であそこまでホテルを大きくなんてできないからな。最初は小さなペンションだったらしいからね。3回? 4回は規模を拡大してきたみたいだ。
そのお父さんの手腕なのか?
それとも悟くんのバンド『SAMURAI』の実力なのかは不明だけど、今では佐世保でちょっとした人気らしい。
それにしてもSAMURAIか……。沖縄のMURASAKIもあるから、ある意味いいネーミングじゃね?
「あのなぁ悠真、なんでオレたちがお前らの分のチケ売り手伝わなくちゃいけねーの?」
3か月前、正月に会ったときの悟くんのセリフだ。悟くんも、彼女で純美の姉貴である和美さんも、長崎県立大学の学生……いや今はまだ国際経済大学か。その学生だ。
「いや、悟にい(悟兄さん・愛称)、わかってるよ。これが五峰のライブハウスならいいんだけど、五峰にライブハウスなんてないからね。あっちの人間呼ぼうと思ったらフェリー代やホテル代とか、コストがかかりすぎて誰もこないんだよ。マーケティングするったって、限界があるんだ」
「ん? マーケティング?」
「あ、いや、えーっと、集客だよ集客。あー客集め」
やべえやべえ。
「悠真、お前ときどき変なこと言うよな。オレと同世代か、もっと年上みたいな話し方するし、よくよく考えたら今までのことだって13歳には見えない……」
「き、気のせい、気のせいだよ悟にい」
慌ててごまかして本題に戻す。
「……で、オレは何すりゃいいんだ?」
オレは悟にいに大学での宣伝をお願いして、デモテープ(宣伝用)を30本渡した。
正直、これは痛かった。
46分テープで470円、30本で14,100円。完全に手出しだ。バイトしているとは言っても、なけなしの金だ。なにせこれは祐介にも言っていない。
ロックキッズでもロック小僧でも、中学生バンドでも……キャッチコピーはなんでもいい。
興味本位でも700円出して、チケットを買ってくれる人がいればよかったんだ。
次回予告 第67話 『ライブハウスの夜』
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