第376話 『万博とアラスカとイギリス』

 慶応二年四月二十九日(1866年6月12日) 

「前田殿、淀屋、と申しましたかな。商人にあのような物言いをさせて良いのでしょうか」

 前田斉泰に対して、伊達慶邦が問いかけた。

 慶邦はその責任感と保守的な性格から、孫三郎の放埓な物言いに眉をひそめていたのだ。佐幕派として、このような状況を見過ごすことはできないという思いもある。

 史実とは違い、今世では佐幕も倒幕も現時点ではない。尊皇攘夷と開国論争、小規模な衝突はあったが、はるかに穏やかに開国が成立し、現在にいたる。

 次郎の行動によってだ。

 であるから、5人ともその想いの強弱に差はあっても、全員が佐幕である。その中でも慶邦はもっとも幕府よりであった。

 幕府が弱体化しているのは事実である。

 それがために幕府は公武合体して権威の保持に努めており、慶邦も幕政参加によって影響力を強めたいのは事実だが、倒幕など考えてもいないのだ。

 斉泰は、改革への意欲を秘めながらも現実主義的な判断から、静かに煙管を手に取った。

「では慶邦殿。この有り様をいかが見る? 単なる商人の戯言として片付けるには、あまりにも示唆に富んでおるのではないか」

 山内容堂はその複雑な性格を反映するかのように、皮肉めいた笑みを浮かべる。

「前田殿。確かに商人の分際とはいえ、あの男の言葉には一理ある。このまま大村家中の台頭を、手をこまねいて見ているわけにもいくまい」 

「しかし、ここで拙速な判断は避けるべきではないか。まずは各家中の立場を十分に考え……」

 毛利敬親が慎重に言葉を選んで会話に入ったその時、島津忠義が静かに口を開いた。

 長州と共に日英戦争に参加した薩摩は、5人の中でも大村藩との関わりが深い。その温厚な性格ながらも鋭い判断力を持って発言する。

「わが藩は既に大村の実力を知っている。今は……」

 忠義は一度言葉を切り、座り直した。

 鹿児島湾での戦いの記憶が、今も鮮明に蘇る。イギリス艦隊との激戦で見せた大村藩の圧倒的な戦力、そして次郎左衛門の卓越した指揮。

 あの戦いを直に見た者として、大村藩の存在は無視できない。

「ただ今は徳川宗家が公儀たりえるか、いかにいたすかを、どうこう論ずる段ではございますまい。大村家中をも同じにござろう。まずは各家中の力を徳川宗家に比する、さらには大村家中を目指す、これでよろしいのでは?」

 その言葉に、他の面々が僅かに頷く。

「島津殿の仰る通りじゃ」

 斉泰は煙管から煙を吐きながら静かに答えた。

 表向きは協調しつつ、それぞれが着実に力を蓄える。それが今の諸藩にとって最も賢明な道なのだ。

「まずは淀屋の申し出を利用させてもらおうか。蝦夷地開発という名目で、我らも力を養うのじゃ」

 容堂の言葉に、五人の視線が交錯する。

 誰もが同じ思惑を胸に秘めていた。

 幕府の力を徐々に弱めながら、最後には自らが主導権を握る。その機会を待つために、今は表立った対立は避けねばならない。




 慶応二年三月十五日(1866年4月29日)、江戸の加賀藩邸での話である。




 ■江戸城

 小栗上野介と協議のうえ、老中院と大老院においても満場一致でパリ万国博覧会への出品が決定した。

 出品物は以下の通り。

 ※幕府

 ・騎馬武者人形(実物の甲冑をまとった展示品)

 ・織物や漆器

 ・紙製品(製造方法が分かる工夫あり)

 ・金銀製品

 ※薩摩藩

 ・薩摩焼(陶磁器)

 ・琉球産物(砂糖、泡盛など)

 ・織物と漆器

 ・籐・竹細工や農具

 ・調度品(家具や装飾品)

 ※佐賀藩

 ・有田焼(陶磁器)

 ・白蝋と和紙

 ・茶や海産物

 ・薬品と徳利

 その他長州・宇和島・土佐・福井・加賀・仙台藩も出品したが、どれもが日本の伝統調度品や工芸品、漆器・鉄器・陶磁器等であった。

 海産物その他も似たり寄ったりである。

 ※大村藩(一例)

 ・円盤式蓄音機

 ・カメラ

 ・ガソリン自動車

 ・機械式計算機

 ・電話機

 ・電球

 ・無煙火薬(GEW88)

 ・ジャスポー銃→グラース銃(モーゼル1871)→84式連発銃→GEW88(無煙火薬)を順番に展示してデモンストレーションする。

 ・マキシム機関銃

 ・艦載砲、砲塔、速射砲は未定。

 ・ディーゼル内燃潜水艦(プロトタイプ完成)と水雷艇

 ・グライダー(飛行機は実用化が間に合うか??)

 ・電磁波の送受信装置(プロトタイプ/レーダーの原型?)

 ・医薬品や器具等一式

 ・石けん、マーガリン、化粧品他の産物




 老中たちは、目録に目を通すや否や、息を呑んだ。

「これは……すべて軍事技術というわけか」

「然に候。無煙火薬、新型銃、機関銃、そして潜水艦まで。すべて実物を持参し、実演もいたします」

 次郎のそばで説明する理化学研究所の技術者の声に、老中たちの表情が引き締まる。

「ふむ」

 安藤信正は満足げに頷いた。日英戦争での勝利は、まだ記憶に新しい。イギリスの敗北で、列強は日本の力を思い知ったはずだ。

「これは良い機会となろう。列強に日本の力を見せつける絶好の場となる」

「されど、あまりに露骨では……」

「否」

 安藤は老中の懸念を制した。

「むしろ、これこそが外交というものだ。大村家中の技術を、幕府の威光として示すのだ」

老中たちの間で、頷きが交わされる。

「出品を許可する。全面的に支援するとしよう」

「ありがとうござます」




 出品品目の変更はあるだろうが、大村藩はおおよその許可を得た。




 ■数日後 

「では次郎殿、今後ともよろしくお願いいたします」

 駐日ロシア領事エヴゲーニイ・ビュツォフとの間で、正式にロシアより日本へアラスカを売却する条約が結ばれ、代金は期日を決めて一括払いとなった。

 263万両を出資比率で分けると以下の様になる。

 ・大村藩 111万7千500両

 ・幕府 111万7千500両

 ・加賀 25万両

 ・薩摩 14万5千両

 ・仙台 12万5千両

 ・長州 7万5千両

 ・土佐 5万両

 各藩は淀屋からの追加出資による開発となり、幕府は40万両弱、大村藩は賠償金の残りと小曽根屋・大浦屋からの出資50万両で開発を始めることになった。




「殿、これは後ほど、老中院ならびに大老院で諮っていただかねばならぬ儀にございますが」

「なんじゃ」

「ロシアとの交渉は障りなく終わりました、ただ、今一つ障りがございます」

「いかがした次郎、お主らしくないぞ」

「は……実は、イギリスとロシアの間では、アラスカをめぐる国境がしかと定まってはおらぬのです。ゆえに、今後の障りを除くために、イギリスと談判せねばなりません。然りながら……」

「イギリスとは断交しておるの」

「は、それゆえ談判するにあたり、条件を申してくるやもしれませぬ」

「うむ、面倒なことになりそうじゃ。その儀は次回の会議で諮ろう」

「はは」




次回予告 第376話 『イギリス、再び』

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