1986年(昭和61年)4月12日(土曜日)
『おい君たち、昨日までオレと祐介をチヤホヤしてたんじゃないのかね?』
それが悠真の心の声であった。(13脳&51脳)
いつものとおり、土曜日は昼から音楽室で練習するか、祐介の家で練習する。宇久兄弟がメンバーに加わってからは祐介の家での練習が増えていたが、今日はなぜか音楽室での練習となった。
ふだんは部活があるので、音楽室にはバンドメンバーと礼子、それに祐介の彼女の黒川小百合しかいない。黒川は……イメージしやすく言うと、芸人の鳥○○○きの(かなり)大人しいバージョンといった感じだ。
コミュ障の祐介とは、なんだか似た者同士にも見える。
お似合いのカップルだ。
美咲と凪咲、純美は女子バレー部で、菜々子と絵美は女子卓球部なので、ここにはいない。
美咲たちはいないが、音楽室の外には十数人の女子生徒が集まっている。
窓ガラス越しに中をのぞき込む様子は、まるで動物園の来園者のようだ。
「うわ、マジでかっこいい……」
「ルークくん、ギター上手そう!」
「あんな近くで見られるなんて、羨ましい……」
悠真は思わずため息をついた。
昨日まで自分と祐介に熱い視線を送っていた女子たちが、今では新入りのルークに夢中になっている。
くそ女どもが!
「おい、祐介」
「ん?」
「何かこう……寂しくないか?」
「何が?」
祐介はベースの調弦を続けながら小さく首を振った。
「オレには小百合がいるから」
(だよね~)
その言葉に、悠真は思わず苦笑いを浮かべた。
ガラス越しの黄色い声援を気にする様子もない祐介。コミュニケーションが苦手なのに、意外に潔い一面がある。
そんな二人をよそに、ルークは軽やかにギターの音を奏でていた。
VAN HALENの『Ain’t Talkin’ ‘Bout Love』のリフだ。指さばきは見事としか言いようがない。
(やべえな、こいつ……)
悠真の51脳が経験を総動員して判断を下した。
このままじゃマズい。
ルークの実力は確かだ。
でも、バンド加入の約束はオレたち全員で決めた。もしオレ一人の考えでルークを入れなかったら、祐介が激怒するだろう。
ただ、このままバンドに迎え入れたら、オレのハーレム計画が……。
悠真がそう思ってふと宇久兄弟を見ると、ルークに負けまいと張り合っている。しかし女子たちの視線はルークから離れない。
音楽室の窓の外では、相変わらず黄色い歓声が響いていた。
ルークのギターの音色は、まるで魔法のように女子たちの心を捉えて離さない。
「おい、悠真」
宇久兄弟の兄・蓮が、諦めた様子でドラムスティックを軽く回しながら話しかけてきた。
「ルークのテクニック、半端ないよな」
「ああ……」
悠真は曖昧にうなずいた。確かにルークの演奏は素人離れしている。しかし、悠真の頭の中は別の問題で混乱していた。
(こいつをバンドに入れたら、オレのハーレム計画が……)
”Hey, can I try another song?”
(ねえ、もう1曲やってもいい?)
ルークが突然声をかけてきた。その瞳には、音楽に対する純粋な情熱が宿っている。
”All right. But Van Halen is not in our band’s repertoire, so Motley Crue is fine.”
(わかったよ。でもヴァン・ヘイレンはオレらのバンドのレパートリーにはないから、モトリー・クルーならいいぜ)
”Sure! Then how about “Fight for Your Rights”?”
(じゃあファイト・フォー・ユア・ライツはどう?)
悠真は一瞬、メンバーの顔を見渡した。
「いいね」
「問題ない」
「当たり前だ、オレを誰だと思ってる?」
祐介と蓮の返事は予想どおりだったが、湊の返事にはトゲがあった。ライブ会場でルークのギターを聴いて、ライバル心をむき出しにしている。
”Fine, so let’s start from the beginning, shall we?”
(いいぜ、じゃあ最初からやるか?)
イントロのギターリフが鳴り響く。
ルークの指さばきは正確で、原曲そのままの音を再現していた。それに対して湊のリードギターが応え、祐介のベースが重なっていく。
蓮のドラムも完璧なタイミングで入り、音楽室に轟音が渦巻いた。
モトリー・クルーは4人編成だが、ルークと湊は競い合いながらもアドリブで演奏していた。
窓の外では黄色い歓声が一層大きくなっている。
しかし、次第にその歓声は単なるルークへの熱狂から、バンド全体のサウンドへの驚きへと変わっていった。
「これ、まるでスタジオ・ジャムみたいだな」
祐介が小声でつぶやく。確かにそのとおりだった。初めて合わせるとは思えないほど、音が見事にかみ合っている。
悠真は複雑な思いを抱えていたが、バンドは演奏を続けた。ルークの実力は確かだ。しかし、このままバンドに迎え入れてしまうと、自分のハーレム計画は……。
まあ、いっか……。
それほど心地よい演奏なのだ。
”Not bad!”
曲が終わると同時にルークが満面の笑みを浮かべて叫んだ。その表情には、純粋な音楽への喜びがあふれている。
気がつくと、もう14時半。
1時間以上演奏していたことになる。
悠真たちは最後の曲を演奏し終え、成り行きで観客となった生徒たち(ほとんどがルークのファンの女子)に挨拶した。
仕方ねえか。
悠真はそう結論づけた。
確かにルークの存在はハーレム生活に支障をきたす。
しかし、ほとんどの女子はルークのルックスとギタープレイにワーキャー言っているだけだ。
まあ、中学生の恋愛なんてそんなもんか。
イケメンが100%モテるのは、今も昔も変わらない。(あくまでも第一印象ね)
そう考えたのだ。
「あ! 悠真、今帰り?」
美咲だ。
どうやら休憩時間らしい。
と、なると凪咲や純美もいるはずだが、いない。
「あ、うん。今練習が終わったところ」
悠真は音楽室の外でたたずむ美咲に声を返した。汗で少しぬれた前髪が運動部らしくて清々しい。
「すごかったね! ちょっと見学させてもらったんだ」
美咲の目が輝いていた。どうやら練習の合間に様子を見に来ていたようだ。
「見てたの? いつ?」
「最後の方。みんなすごくうまくなってたよね。特にルークくん、ギターすごいね!」
(ほら来た……)
悠真は内心でため息をついた。やっぱり美咲もルークの虜になったのか。
「でも、私は悠真のボーカルが一番好きだな」
その言葉に悠真は思わず顔が熱くなるのを感じた。51脳も驚きを隠せない。素直な言葉には弱いのだ。
「そ、そうかな……」
「うん! あ、そうだ。今度の土曜日、お昼から練習だよね?」
「ああ、たぶん。何で?」
「じゃあ、みんなの分のお弁当を作ってくるね」
悠真は一瞬言葉を失った。美咲からのこんな申し出は初めてだ。
「まじで? やったあ!」
悠真の13脳は素直に喜んだ。
手作り弁当は、年齢に関係なく男子は好きなのだよ。(誰目線?)
「いーえー。頑張って作るね。あ、それから悠真、ちょっとこっちに来て……」
美咲はそう言って、悠真を校舎の裏に連れて行こうとした。
ん? なんだ、どうした?
学園モノの校舎裏と言えば、告白が定番だぞ。
いや、でも今さら告白なんて……。
次回予告 第71話 『美咲と礼子のPROGRESS』

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