第70話 『おい君たち、昨日までオレと祐介をチヤホヤしてたんじゃないのかね?』

 1986年(昭和61年)4月12日(土曜日)

『おい君たち、昨日までオレと祐介をチヤホヤしてたんじゃないのかね?』

 それが悠真の心の声であった。(13脳&51脳)

 いつものとおり、土曜日は昼から音楽室で練習するか、祐介の家で練習する。宇久兄弟がメンバーに加わってからは祐介の家での練習が増えていたが、今日はなぜか音楽室での練習となった。

 ふだんは部活があるので、音楽室にはバンドメンバーと礼子、それに祐介の彼女の黒川小百合しかいない。黒川は……イメージしやすく言うと、芸人の鳥○○○きの(かなり)大人しいバージョンといった感じだ。

 コミュ障の祐介とは、なんだか似た者同士にも見える。

 お似合いのカップルだ。

 美咲と凪咲なぎさ純美あやみは女子バレー部で、菜々子と絵美は女子卓球部なので、ここにはいない。

 美咲たちはいないが、音楽室の外には十数人の女子生徒が集まっている。

 窓ガラス越しに中をのぞき込む様子は、まるで動物園の来園者のようだ。

「うわ、マジでかっこいい……」

「ルークくん、ギター上手そう!」

「あんな近くで見られるなんて、羨ましい……」

 悠真は思わずため息をついた。

 昨日まで自分と祐介に熱い視線を送っていた女子たちが、今では新入りのルークに夢中になっている。




 くそ女どもが!




「おい、祐介」

「ん?」

「何かこう……寂しくないか?」

「何が?」

 祐介はベースの調弦を続けながら小さく首を振った。

「オレには小百合がいるから」

(だよね~)

 その言葉に、悠真は思わず苦笑いを浮かべた。

 ガラス越しの黄色い声援を気にする様子もない祐介。コミュニケーションが苦手なのに、意外に潔い一面がある。

 そんな二人をよそに、ルークは軽やかにギターの音を奏でていた。

 VAN HALENの『Ain’t Talkin’ ‘Bout Love』のリフだ。指さばきは見事としか言いようがない。

(やべえな、こいつ……)

 悠真の51脳が経験を総動員して判断を下した。

 このままじゃマズい。

 ルークの実力は確かだ。

 でも、バンド加入の約束はオレたち全員で決めた。もしオレ一人の考えでルークを入れなかったら、祐介が激怒するだろう。

 ただ、このままバンドに迎え入れたら、オレのハーレム計画が……。

 悠真がそう思ってふと宇久兄弟を見ると、ルークに負けまいと張り合っている。しかし女子たちの視線はルークから離れない。




 音楽室の窓の外では、相変わらず黄色い歓声が響いていた。

 ルークのギターの音色は、まるで魔法のように女子たちの心を捉えて離さない。

「おい、悠真」

 宇久兄弟の兄・れんが、諦めた様子でドラムスティックを軽く回しながら話しかけてきた。

「ルークのテクニック、半端ないよな」

「ああ……」

 悠真は曖昧にうなずいた。確かにルークの演奏は素人離れしている。しかし、悠真の頭の中は別の問題で混乱していた。

(こいつをバンドに入れたら、オレのハーレム計画が……)

 ”Hey, can I try another song?”

(ねえ、もう1曲やってもいい?)

 ルークが突然声をかけてきた。その瞳には、音楽に対する純粋な情熱が宿っている。

 ”All right. But Van Halen is not in our band’s repertoire, so Motley Crue is fine.”

(わかったよ。でもヴァン・ヘイレンはオレらのバンドのレパートリーにはないから、モトリー・クルーならいいぜ)

 ”Sure! Then how about “Fight for Your Rights”?”

(じゃあファイト・フォー・ユア・ライツはどう?)

 悠真は一瞬、メンバーの顔を見渡した。

「いいね」

「問題ない」

「当たり前だ、オレを誰だと思ってる?」

 祐介と蓮の返事は予想どおりだったが、みなとの返事にはトゲがあった。ライブ会場でルークのギターを聴いて、ライバル心をむき出しにしている。

 ”Fine, so let’s start from the beginning, shall we?”

(いいぜ、じゃあ最初からやるか?)

 イントロのギターリフが鳴り響く。

 ルークの指さばきは正確で、原曲そのままの音を再現していた。それに対して湊のリードギターが応え、祐介のベースが重なっていく。

 蓮のドラムも完璧なタイミングで入り、音楽室に轟音ごうおんが渦巻いた。

 モトリー・クルーは4人編成だが、ルークと湊は競い合いながらもアドリブで演奏していた。

 窓の外では黄色い歓声が一層大きくなっている。

 しかし、次第にその歓声は単なるルークへの熱狂から、バンド全体のサウンドへの驚きへと変わっていった。

「これ、まるでスタジオ・ジャムみたいだな」

 祐介が小声でつぶやく。確かにそのとおりだった。初めて合わせるとは思えないほど、音が見事にかみ合っている。

 悠真は複雑な思いを抱えていたが、バンドは演奏を続けた。ルークの実力は確かだ。しかし、このままバンドに迎え入れてしまうと、自分のハーレム計画は……。

 まあ、いっか……。

 それほど心地よい演奏なのだ。

 ”Not bad!”

 曲が終わると同時にルークが満面の笑みを浮かべて叫んだ。その表情には、純粋な音楽への喜びがあふれている。




 気がつくと、もう14時半。

 1時間以上演奏していたことになる。

 悠真たちは最後の曲を演奏し終え、成り行きで観客となった生徒たち(ほとんどがルークのファンの女子)に挨拶した。

 仕方ねえか。

 悠真はそう結論づけた。

 確かにルークの存在はハーレム生活に支障をきたす。

 しかし、ほとんどの女子はルークのルックスとギタープレイにワーキャー言っているだけだ。

 まあ、中学生の恋愛なんてそんなもんか。

 イケメンが100%モテるのは、今も昔も変わらない。(あくまでも第一印象ね)

 そう考えたのだ。




「あ! 悠真、今帰り?」

 美咲だ。

 どうやら休憩時間らしい。

 と、なると凪咲や純美もいるはずだが、いない。

「あ、うん。今練習が終わったところ」

 悠真は音楽室の外でたたずむ美咲に声を返した。汗で少しぬれた前髪が運動部らしくて清々すがすがしい。

「すごかったね! ちょっと見学させてもらったんだ」

 美咲の目が輝いていた。どうやら練習の合間に様子を見に来ていたようだ。

「見てたの? いつ?」

「最後の方。みんなすごくうまくなってたよね。特にルークくん、ギターすごいね!」

(ほら来た……)

 悠真は内心でため息をついた。やっぱり美咲もルークの虜になったのか。

「でも、私は悠真のボーカルが一番好きだな」

 その言葉に悠真は思わず顔が熱くなるのを感じた。51脳も驚きを隠せない。素直な言葉には弱いのだ。

「そ、そうかな……」

「うん! あ、そうだ。今度の土曜日、お昼から練習だよね?」

「ああ、たぶん。何で?」

「じゃあ、みんなの分のお弁当を作ってくるね」

 悠真は一瞬言葉を失った。美咲からのこんな申し出は初めてだ。

「まじで? やったあ!」

 悠真の13脳は素直に喜んだ。

 手作り弁当は、年齢に関係なく男子は好きなのだよ。(誰目線?)

「いーえー。頑張って作るね。あ、それから悠真、ちょっとこっちに来て……」

 美咲はそう言って、悠真を校舎の裏に連れて行こうとした。

 ん? なんだ、どうした?

 学園モノの校舎裏と言えば、告白が定番だぞ。

 いや、でも今さら告白なんて……。




 次回予告 第71話 『美咲と礼子のPROGRESS』

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