正元四年一月十四日(西暦257年2月14日?)
同じだ。
修一はそう思った。
何度も経験しているが、決して慣れない。
毎回頭痛に悩まされているからだ。
「壱与、イツヒメ、イサク、咲耶、比古那……みんな無事か? 結月ちゃんは?」
「はい、私は大丈夫です」
石棺のそばでうずくまっている結月の声が聞こえてくる。
「みんな無事よ」
咲耶が答えた。
石室内は地震の影響で天井から砂ぼこりが舞っていたが、それ以外には特に異常はない。
「やっぱり……前と同じだ。雑草も生えていないし、苔も見当たらない。石棺も真新しい……ああ! 先生!」
声をあげたのは、ほぼ同時である。
修一を見た瞬間、全員が叫び声をあげたのだ。
若返り。
アンチエイジング。
言い回しや意味は違うが、適切な年齢に達した人なら誰でも一度は耳にする言葉だ。
しかし、目の前で目撃はしない。
まさに、本当の若返りと言えるのだ。
「す、すごいっ!」
結月が修一の顔を両手でつかみ、ムニュムニュしながら叫んだ。
「お、おい……結月ちゃん、みんな見てるし。い、痛いんだけど……」
「しかし、データで証明されていても、自分の目で見ると、本当に若返っているのがわかりますな」
結月の隣にいる遺伝子生物学の博士の仙道が、白いヒゲをなでながら、うんうんとうなずいている。
「結月ちゃ……」
修一が言葉を続けようとしたその瞬間、石室の入り口から武器を構えた兵士たちが怒鳴りながら飛び込んできた。
地震の後に修一たちの声が聞こえたため、石室の中に入ってきたのだ。
『タゾナラハ!』
『ココデナニヲナスカ!』
古代の言葉が交わされる中、修一は壱与の前に立ちはだかった。
SPROの特殊部隊は即座に応戦態勢を整え、ガントラックの機関銃を兵士たちに向ける。
「やめろ!」
イサクが大声で叫ぶ。
「全員、武器を下ろせ!」
突然、兵士の一人が驚きの表情を浮かべた。
「い、イサク兄ちゃ……隊長! ?」
兵士たちの態度が一変する。剣を下ろし、膝をつく者も現れる。先ほどまでの緊迫した空気が、一瞬にして混乱へと変わった。
「ヒコセか」
イサクは部下であり、弟の名前を呼んだ。
「一体、何日がたった?」
「隊長、すでに十月が過ぎています。壱与様をはじめ、皆様のお姿も見えず、その後ずっと手分けして探し続けておりました」
ヒコセは壱与の姿を見つけると、深く頭を下げた。
その目には涙が浮かんでいる。神隠しにあったのではないかと半ば諦めていたのだが、必ず生きていると信じて探し続けた甲斐があった。
「この者たちは……?」
「吾の客人じゃ。シュウと、ふふふ……」
イサクは、20歳の若々しい顔になった修一を見て、思わず笑う。
壱与が一歩前に進み、凛とした声で告げた。
「彼らには悪意はない。むしろ、私たちを助けてくれた恩人たちじゃ」
イサクは部下たちに目配せし、全員に下がるよう指示を出した。
SPRO班では、ある者は磁場を測定し、ある者は地質調査の準備を進めている。
今が現代ではなく、弥生時代なのは理解できた。いや、理解しようとしている。しかし、そのためには科学的な証拠が必要なのだ。
もちろん、修一たちにはそれは必要ない。
実体験に基づいているからだ。
「修一せんせ。言葉がわかるんですか?」
気のせいか? 結月の顔が女の顔になっている気がする。
修一はそう感じたが、スルーした。
「ああ、最初に来た時、比古那たちは苦労していたみたいだけどね。オレはなんとかスムーズにやれたよ。もしかしたら、最初に壱与と現代でしゃべっていたからかもしれない。それに、みんなも話せると思うよ。なんせ1年近くこっちにいたからね。日常会話程度は最低限できるよ」
「なーせんせ、何だかわかんないけど、オレ、腹減ったよ~」
槍太の声だ。
「え? 槍太、どうした? お前今、オレって……」
全員が驚いた。
ロシアのIIA(Institute for Irregular Anomalies:異常現象研究所)に拉致され、薬物を投与された槍太である。
救出された際には特に異常は見られなかったが、一人称がオレからボクに変わるなど、言葉遣いに変化があったのだ。
「あ、ホントだ。でも、しっくりくる! これがオレの本当なんだね!」
槍太が両手をあげて喜びを表現していると、修一が小声でつぶやく。
「確かに、昼飯食ってから石室に入ったはずだ。みんな、昼飯は間違いなく食ったよな?」
槍太と手を取り合って喜んでいた千尋も、その他のメンバーも全員うなずく。
「でも、確かに槍太が言うとおり腹が減ったな。今、何時だっけ?」
修一は自分の時計を見て、全員に確認を促す。しかし時計は13時過ぎを指しており、タイムスリップする前と何も変わっていない。
「せんせ、オレの時計もまだ時間はたってないぜ」
「オレも」
比古那の声に続いて、尊が応じた。
「うーん、時計はたっていないのに、みんなが急にお腹を空かせた訳ですね。先生、あり得るのでしょうか?」
結月が横にいる仙道に尋ねた。
「満腹中枢と摂食中枢が何らかの形で刺激を受けない限り、これは実現しないでしょうね」
「つまり、実際には体内に食物を摂取して間もないのに、摂食中枢が何らかの形で刺激を受けたり異常に反応したりして、空腹を感じていると?」
「それ以外には考えられませんね」
仙道の話を聞いた結月は、『だってさ』みたいな顔で修一を見た。
「どっちにしても腹ごしらえは必要だな。結月ちゃん、みんなに機器の点検と準備をお願いしてもらえる? 杉さんもよろしくお願いします」
「電子機器は問題ないようですね。何らかの異常が発生するかと思っていましたが、無事です」
結月が声を発した。
彼女はSPROのスタッフに指示を出し、持参した計測機器の状態を確認させている。
「ヒコセ、今は昼なのか、それとも夕方なのか?」
イサクは部下に声をかけた。
「日が傾き始めたところです」
「そうか」
イサクはその言葉を修一にそのまま伝えた。
修一は石室の外に視線を向ける。確かに入り口から差し込む光は、西日特有のオレンジ色を帯びていた。時計は13時を過ぎているが、実際の時間とは大きくずれている。
約1,800年も時間が経過しているのだから、何らかの異変が起こっても不思議ではない。
「明日、天気が良ければ正午に時間を調整しよう。日付は中国の暦を基にしているから、西暦に換算して共有すればいいかな。それと……イサク、こっちで何か変わったことは?」
イサクは部下である弟に質問し、何度かやり取りを重ねた後に考え込んでいる。その表情は何か言いづらそうに見受けられた。
「実は、去年、吾らが向こうの国(現代)に行っている間に、狗奴国が攻めてきたのだ」
「何だって! ?」
全員が声をあげた。
心配していたことが、すでに現実になってしまったのだ。
狗奴国といえば、かの魏志倭人伝にも登場し、邪馬台国と対立していた国である。結月はそれを聞いて興奮を抑えられない。
幸いにも撃退には成功したが、損害はかなり大きかったらしい。
「ミユマ将軍の使者によれば、今も日向の国境で小さな争いが続いています」
イサクの言葉を聞いた瞬間、壱与の表情がわずかに曇った。
「狗奴国王の日出流が……」
「みんな、かなり状況は深刻だ。オレは熊本、弥馬壱国へ向かった方がいいと思うけど、みんなはどう思う?」
全員一致で弥馬壱国へ移動が決定した。
次回予告 第52話 『狗奴国との緊張状態、戦争は避けられるのか?』

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