1590年8月23日 オランダ ライデン
「おー、良いねえ良いねえ。まさに中二病だよ。ん、なんだ？ こういうのを中二病って言うんじゃないのか」
大学の近くを流れる川沿いの草地。
しばらく歩いた先、森の入り口にある朽ちかけた廃屋の扉には、誰にも読めない奇妙な暗号が刻まれている。
”運命の羅針盤”
コンパス・オブ・ディスティニー。
日本語だ。
おそらく、いや、間違いなく誰も読めない魔術文字だろう。
基地（小屋）内はいかにも中二病をくすぐるような物が無数にある。
「え、ああ、うん。まあ……」
フレデリックとオットーは顔を真っ赤にしている。
中村健一改めシャルル・ド・モンモランシー（68歳＋40歳＝108歳）と、菊池大輔改めオットー・ヘウルニウス（36歳＋12歳＝48歳）。
そして伊藤英太郎改めフレデリック・ヘンドリック（51歳＋6歳）。
三人はあれから、今後のオランダをどうするか、時間をみつけては会議をしている。オットーは学生とは言え子供だ。
フレデリックにいたっては時間はほぼ自由である。
シャルルだけが時間に制約があるが、それでも適当な理由をみつけてはやってきていた。
「さて、オレは転生してから長いが、正直まったく何もしてない。この時代に生まれ、この時代を生きる一人の貴族としてやるべきことをやってきた。しかし、これからは違う」
シャルルは軍人家系の貴族である。
ネーデルラント総督の補佐としての仕事以外に、フレデリックとオットーとともに、オランダを変えると誓ったのだ。
「オレは前世では農業バカだったが、今世ではその知識を生かしてみんなを豊かにして、ゆくゆくはオランダを豊かにしたい。二人も同じ気持ちだろう？」
その言葉には妙な自信が感じられた。
なんだろう、大人が一人加わるだけでこうも違うのか。
フレドリックはそう感じずにはいられない。
「もちろんです。ですからオレは去年転生してから、兄上にかけあって、今できること、つまり富国強兵案を提案ているんです」
「例えばどんな？」
フレデリックはオットーに話していた内容を補足して、最新の情報にしてから話し出す。
「まずは、何をするにでもお金がかかるから、まずは金儲けの方法を考えたんだ、です」
オットーは横で黙って聞いている。
・ジャガイモの栽培
・｜曳《ひ》き船運河ネットワーク
・ポルトガル式帆装改良計画
・穀物先物取引市場
・亜鉛板防火屋根義務化
・海上保険組合創設
・大学附属病院設立
・煙突掃除人ギルド
・運河沿いの風車地帯
「よくわからんが、金になるのか？ これ。ずいぶんと初期投資も要りそうだが。いや、ジャガイモはいいな。金儲けというより、食料の自給率が上がる。主食が小麦から移れば小麦の価格も下がるし、飢饉対策にもなる。オランダの気候にぴったりだ」
「でしょ？ これは最初に考えたんだ。やっとこさ探して、クルシウス教授にお願いして少しずつ栽培面積を広げているんだ」
なぜだろう。
中身は51歳のおっさんなのに、なぜか6歳児言葉になってしまうから不思議だ。
徐々に兄のマウリッツに対するのと同じように変わっていくんだろうが、今は紛れもなく6歳児と40歳の男性の会話である。
「よし、そこはオレも協力できると思うぞ。北海道はじゃがいもの大生産地だからな。それで教授が言ってたことのつじつまがあった」
「え？ 何それ？」
「いや、オレは表向き貴族だが、中身は農学者だ。大学の農学を探してみたら、農学はなくて医学部の中に植物学があった。色んなものが細分化されていない時代なんだな。そこで出会った教授がフレデリック、君のことを言ってたんだよ。神童だって」
「いやあ、それほどでも……」
フレデリックがデレッとしていると、オットーが釘をさした。
「いや、お前が神童ならオレだって神童だし、シャルルさんだって神大人だ。それよりも、お前のその計画、ひとまず砂糖と塩、それから石けんとロウソクはどうなんだ？」
ジャガイモはすでに進行中で順調だったが、その四つに関しては四月に提案したばかりだ。まずは小規模から始めることに決まっている。
「それは前に話した通りちょっとづつ。砂糖はテンサイをまずは10アール。塩は1ヘクタールの流下式塩田をつくる。石けんは魚油を使ってフランス産の酸性白土で精製してつくる。ロウソクも同じだな。でも石けんとロウソクは同じ原料だから、調整しながらだね」
「テンサイ？」
シャルルの目が輝いた。
「うん、オランダはブラジルはもちろん、カナリアやマディラ、地中海にも植民地はない。だから、サトウキビ以外にテンサイって植物を思い出したんだ。えーっと、ビーツ？ こっちでは今飼料用らしいけど。それを栽培して煮詰めれば砂糖になるよね」
農学教授であり、実家がテンサイの栽培もしていたシャルルにとって得意分野だ。
「そうか！ じゃあジャガイモもそうだが、テンサイでも力になれそうだ。ちなみに10アールでどのくらいの収穫を見越しているんだい？」
「えっとね……だいたい1,600kgくらい」
「え？」
「え？ 何、どうしたの？」
シャルルは深刻な顔をしている。
「何を根拠に出した数字かわからんが、そんなに採れんぞ」
「え？」
次回予告 第16話 『利益下方修正と伝染病』
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