未の正刻(午後二時ごろ) 沢村政忠
「ぐあっ!」
親父が左腕を抱えて膝をついた。二発目の弾は俺を狙っていたようだが、船が揺れるのと同時にかがんだので当たらなかった。
「父上!」
俺は親父を抱え、破ったはちまきを傷口にかぶせると、脇を圧迫してきつく縛る。
「大事ない! はあはあ」
平静を装っているが、明らかにやせ我慢だ。痛いに決まっている。
「おのれ! !」
安宅船の船楼上を見ると、火縄でまだこちらを狙っている。俺は親父を抱えたまま敵を睨んだ。怒りが収まらない。
「もはや大勢は決しておる。小佐々の船のもとへ。それから南側の利三郎たちを西側から迂回させて、瀬戸の北側を塞がせよ」
「はは!」
小佐々水軍が陣をはっている南側へ着くと、叔父上たちはもういなかった。先回りして迂回、北側を抑えにいったようだ。
「はは、鬼の兵部小禄もそんな顔をするんだな」
と小佐々純俊。
「当たり前だ。大体くるのおせえんだよ! いだ!」
「それだけ元気なら大丈夫だな。まあ、あとは任せろ」
「おいしいところだけもっていきやがる。ああ、小佐々どの」
小佐々弾正純勝が近づいてくる。
「そのままで。よく持ちこたえてくれた」
「なに、たいしたことはありやせん。敵は松浦九郎信親。副将は一部勘解由のようです」
はあはあ、と息を吐きながら答える。
「隆信の命で弟を、ぐ! もともとは湊への襲撃だけのようでしたが、信親が先走ったようです。勘解由がいなければ、もう少し早く片が着いたと思いますが」
「よい、もう喋るでない。ゆっくり休め」
「ありがとうございます。これに控えましたるは、息子の……」
いない!
■松浦軍 旗艦上
「九郎様! この船はもう持ちませぬ! 今ならまだ間に合います。小早に乗り移り、残った兵とともに逃げましょう! !」
いたるところで火の手が上がり、煙がもうもうと上がっている。船は傾き沈みかけており、いつ沈んでもおかしくない。
「逃げるだと! ? 俺は逃げるのを良しとしない。たかが小佐々の沢森ごときにこの俺が……」
「その油断がこの結果! まだわかられぬか! 生きてこそ! 生きてこそ再起もあります!」
勘解由が信親の両肩をつかんで説得しているその時、
「たああああああああああああい――しょおおおおおおおおおく――びぃ――!」
艦尾からそう叫んで、勘解由の正面に斬りかかってきた武者がいる。
深沢義太夫勝行である。
勘解由はとっさに信親を押しのけ、「お逃げください!」と叫ぶと、斬りかかってきた刃を受ける。
重い。
「小僧! やるではないか。名は?」
「小僧ではない! 深沢義太夫だ!」
ガキン! と音をさせて二人とも後ずさる。そして再び斬りかかり数合打ち合っていると、ひゅうううん、ひゅうううん、と音がした。
「ぐは!」
「う!」
勘解由と、いまだ逃げ切らぬ信親の声。
どこからだ? 勘解由は一瞬周りを見渡したが、瀬戸の南側の小佐々軍船の船楼にたっている武者が目に入る。
(百間はあるぞ。何者だ?)
肩に刺さった矢を抜いて怯んでいる勘解由に、勝行は襲いかかった。
一方で、あたりを見回して、鉄砲手が見当たらないのがわかると、いつの間にか乗り込んでいた政忠は、鬼の形相で信親に襲いかかる。
「沢森当主が嫡男、平九郎、推して参る! !」
全身の毛が逆立ち、血が巡り、目が血走っていた。無我夢中。トランス状態といってもいいかもしれない。父親を撃たれた恨みが何倍にも増加しているのだ。
突然、船が急激に傾いた。そのとき、勝負はついたのかもしれない。
四人とも体勢を崩したが、信親が倒れて政忠が覆いかぶさった時、その拍子に信親の脇腹に政忠の刀が刺さったのだ。
「ぐあ!」
偶然とはいえ、政忠はそのままの勢いで、力を入れて押し込む。信親の顔が苦痛にゆがむ。
「がはあ!」
沈黙した。
勘解由は矢の当たりどころが悪かったのか、血が止まらない。最初は優勢に運んでいたが、次第に押されている。
信親の叫び声に気を取られた一瞬のスキを、勝行は見逃さなかった。
肩の付近に鮮血がはしる。
「ぐ、ぐうううう。おのれまだまだあ……」
しかしもう、どうする事もできない。
足をすくわれ、力で抑え込まれると、勝行に喉元を押さえられる。
ごき、ごきゅ、ぐき、と鈍い音がした。
「沢森城主 沢森兵部小禄が嫡男、平九郎政忠、松浦九郎信親を討ち取ったり!」
「本郷城主 深沢義太夫勝元が嫡男、義太夫勝行、一部勘解由を討ち取ったり!」
大将と副将が討ち取られたと知るや、残りの兵はこぞって逃げ出そうとしたが、もはや烏合の衆であった。
北側を塞いでいた利三郎と忠右衛門の隊に討たれるか、捕虜、溺死、焼死のいずれかとなったのだ。
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