永禄四年 四月 平戸城 松浦隆信
「なに!?」
すっくと立ち上がって
「それは誠か? 九郎討ち死にとな? ……勘解由もか??」
腰が抜けたかのようにどすんと座る。
あり得ぬ、あり得ぬ! あり得ぬぞ!
「また、敵方の沢森兵部小禄政種、鉄砲傷がもとで重症との事、一時は命をとりとめたものの、生死の境をさまよっている由にございます」
忍びの言葉に
「それは重畳! 重畳だが、しかし……」
怒りが収まらない。
「安経、弔い合戦じゃ。その方もわしと同じで、その悲しみと怒りもいかばかりか。あたうか?」
「あたいまする」
安経は目をつむり、感情を抑え、頭の中でしっかり整理した後、こう続けた。
「しかし、今はその時ではございませぬ」
籠手田安経は冷静に分析しているようだ。
「沢森の当主が危篤とは言え、沢森はそれすなわち、小佐々です。また、相神浦を押しているとは言え、完全に屈服させたわけではありませぬ」
安経は続ける。
「五島もしかり。東の波多もなにやら不穏な動きをしております」。
冷静な分析に、少しずつ自我が戻っているのがわかる。
「こたびの戦、失うものはあっても、得るものはのうござった。軍船十二隻に兵三百。決して少ない数ではありませぬ」。
「うむ、それで」
「今また大軍を率いて南下し、小佐々と雌雄を決して勝利したとしても、その間隙をついて波多、有田、志佐、相神浦、大村が、大挙して平戸に攻め込むのは必定にございます」
「では、どうする?」
安経に聞く。
「さればまず、動かぬ事にございまする。弟君九郎様と、筆頭家老であった勘解由の討ち死には、少なからず家中に不安を与えます」
目をつむり、じっと考える。
「お屋形様には腰をすえて構えていただき、家中の不安を取り除きます。同時に周辺の有力国人の動きに目を光らせ、情報収集と調略でもって傘下にしていくのが上策と存じます」
「あいわかった。よきにはからえ。口惜しいところではあるが、この雪辱をはらすのはまたの機会としよう」
は、と深々と一例した安経は、すっと立ち上がると静かに部屋を出ていった。
どすん! ……どすんどすん!
柱を叩く音が聞こえたような気がした。無理もない。幼少の頃から二人でわしをささえ、平戸松浦家を大きくしてきたのだ。冷静でいられるはずがない。
この恨み、必ずはらす。
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