「距離、ロクサンテンマル! (六十三町・約6,867メートル)」
測距員が叫ぶ。
「やはりか。まったく足りぬな。まだ時間がかかるか」
深作治郎兵衛兼続は、戦況を一変させる可能性はないかと淡い期待を寄せて、針尾城まで砲撃できぬかと考えたようだが、距離が遠すぎる。
「申し上げます! 針尾伊賀守の兵、軍船二十にて横瀬浦上陸を試みておりまする!」
軍船二十。傭兵を雇っている沢森と違って、かなりかき集めたようだ。
「領民とバテレン、商館関係者、貿易商人、全員の避難は終わったのか?」
「はい! 概ね終わっておりまする!」
「概ね? 正確に報告しろ!」
「はい! 若干名の商人がまだにございます。積み残した商品が気になるようで」
「何を馬鹿な事を! 命あっての物種であろうが! かまわん! 絶対に上陸はさせんし、商品にも手は出させん! もし被害がおよんだら、沢森が弁償すると伝えろ!」
(弁償できるかどうかはわからん。しかし、なにより優先するのは人命だ。わが殿ならそう言うであろう)
兼続はそう考えていた。
「わしはここで指揮をとる。各個に判断して敵を撃滅せよ!」
「はは!」
二人の上級指揮官はそう言って司令室を出ていった。
■第二連隊長 小田賢光
「砲は使うな。小回りの利く船ゆえ当たりにくい。弾の無駄だ。後方に隠匿して砲兵は歩兵の補佐に回れ」
「鉄砲手、よく狙え、中途半端ではなく、全員が上陸してから撃つのだ。まだだ。まだまだ……一町(109メートル)まで待て」
敵兵全員が上陸を終えた。
「撃て!」
百丁の鉄砲が火を吹いた。針尾兵前列の兵が悲鳴を上げながら倒れる。
「次、弓隊放て!」
間断なく弓が放たれる。
しかし最初こそ兵の混乱はあったが、針尾伊賀守も歴戦の猛者。すぐに指示を出し、竹束を前に構えながら前進してくる。
「よし! 騎兵! 回り込んで敵の横っ腹を突け!」
鉄砲と弓の攻撃が三周したころ、騎兵突撃の命令が出された。
よし、このままで勝てる、そう賢光は思った。
……。
「申し上げます! 敵別働隊! 巣喰ノ浦より上陸! 背後をつかれ、お味方大混乱にございます!」
第三連隊は横瀬浦を囲む様に配置され、全員が横瀬浦の戦闘を注視していたのだ。そこに後背より現れた敵に奇襲をかけられ、丘から追い落とされる様になってしまった。
「くそう! 踏ん張れ! ここで押されれば味方の優勢が崩れるぞ! 我が第三連隊においてそれは絶対に許されん! 踏ん張るのだ!」
砲兵部隊は駆逐され、砲は鹵獲または破壊されている。
連隊長の小田増光はよく部隊をまとめ踏ん張っているが、道が整備されていない半ば森のような場所では、騎兵は役に立たない。
歩兵の強さが如実に現れる。鉄砲、弓兵ともにあまりにも接近されたために、歩兵と同じ様になり、完全な混戦である。
「どうだ? 状況は?」
「は、あ、今、今旗が上がりましてございます!」
「よし! 掛かれ!」
信号員は短く「カカレ」と送った。
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