第4話 『転生早々いきなりの無茶振りと、大村藩影のフィクサー誕生』(1837/1/8) 

 天保七年 十二月二日(1837/1/8) 明け八つ(1336) 玖島城

「さて次郎よ、人払いしたのは他でもない。そなたに頼みがあっての事なのじゃ」

 俺はもの凄く嫌な予感がしたが、まずは聞いてみる事にした。

「ははっ。それがしに能う事なれば、何なりと仰せくださいませ」

「ふむ。神童の、いや、もう元服したゆえ童ではないな。そなた、今のこの藩の有り様をいかが思う?」

 俺は、発言には慎重を期した。自分の事もそうだが、信之介の事もあるからだ。

「藩の有り様、と仰せになりますと?」

「……ふふ。言わずともわかっておろう? 文化五年のエゲレスの、ふぇいとん号であったか。あれ以来琉球に浦賀に、年を追うごとに異国の船が増えておる。薪水給与令が廃され、逆に打ち払い令が出されるにいたって、出島のしいぼるとの事件である」

「は……」

「佐賀藩は藩の財政難のために許しも得ずに兵を減らしておった。その為ふぇいとん号の打ち払いをすぐに行えず、父が急ぎ藩兵を連れて長崎に向かったが、時既に遅しであった。そのため佐賀藩は今、財政の立て直しを図っておる」

「は……」

「次郎よ、わしが言わんとする事、もうわかったであろうな?」

「……は、異国の船は増すばかり。不測の事態に備えねばならず、備えるは無論の事、事を起こすにも銭が要り申す。ゆえに、いかに藩を富ませ、強くするか、という事にございますか?」

 いや、嫌な予感が当たりまくりなんだが……。大丈夫か?

「その通り! さすがであるな! わしはそれをお主に頼みたいのじゃ」

 まじか……。やべえな。

「恐れながら申し上げます。それがし一介の在郷中士にて、石高は二百九十六石ほどあれど家格は低うございます。御一門の五郎兵衛様をはじめ御家老の右膳様、城代の冨永様を差し置いて、そのような事はいたしかねまする」

 やんわりと、断る。

「ははははは。それは心配いらぬ。わしがよく言って聞かせるゆえな。それに、これまでにあった事をそつなくこなすのなら、経験が物を言うであろう。されど、それは時として足かせとなり、新しき事の妨げとなるのだ」

「ありがたきお言葉、感謝に堪えませぬ。されど、いかに殿がそう仰せでも、事を為すには天、地、人が要りまする。天は時期、今まさにその時にございましょう。地の利は大村藩は出島に近く、異国の学問・知識や知らせを知るのに適しております。されど……」

 されど、と強くいった。これが一番大事なんだよ。

「されど、なんじゃ?」

しかれども、『天の時は地の利に如かず 地の利は人の和に如かず』にございます。いかに天の時と地の利があっても、人の和がなくては事は為せませぬ。おそらくそれがしが言上申し上げ、事を進めるとなっても、皆々様は殿の言葉に従うふりをするものの、本当に真剣に事に臨むとは思えませぬ」

「……」

「……」

「あい分かった。ああは言ったものの、それはわしも気にかけておった事である。されば、いかにすればよいか?」

 ふう……。なんとか矢面に立って胃がキリキリするような根回しと、愛想笑いの日々は避けられそうだ。

「されば申し上げまする。それがしが言上申し上げた事、あくまで殿がお考えになった事とするのはいかがにございましょう。このような席を月に一度でも設けていただき、火急の用件があればその都度登城いたします」

「うむ、まあ、悪い人間ではないのだが皆頭が固い故な。すぐにはできずとも、徐々に変えていかねばなるまい」

「は、あわせて城代の鷲之助様は若く、幼き頃より誼がございますれば、まずは鷲之助様からこちらのお仲間に入れる事をおすすめいたします」

「ははは! 仲間、とな? なんぞ悪巧みでもやるような物言いであるな! ははは……」

 まあ、悪巧みというか、城内の家臣団で味方を増やさないことにははじまらない。

「加えてつぶさに申し上げれば、精錬方に殖産方、産物方を設けて富国強兵を成さねばならぬと存じます」

 

 俺はその後、幕末の純顕がやった改革の概要を話して、自分の考えとして実行するように純顕に奨めた。いわゆる職制改革や知行制改革、商業流通統制などだ。

 ・精錬方は化学技術部門。蒸気船や反射炉や大砲ね。
 ・殖産方は新しい産業を興してってやつ。
 ・産物方は実際に純顕がやった商業流通政策。株商人を廃止して商売の自由化を行い、他国の商品の流通も促進させた。

 難易度については精錬方>殖産方>産物方だろう。

 精錬方にいたってはなんのこっちゃで? ? ? の連続だ。

 今はあくまで概要でいい。徐々にやっていけばいい。薩長土大のためには、いや別に大薩長土でもいいか。

 それにもましてまずは金、金、金。

 何をするにしても資金がいる。藩の財政の立て直しには、国営産業、金になる国営産業を考えていかなければならない。五教館ごこうかんに蘭学の部門を設立してもらう。

 出島を通してオランダや外国の書籍の翻訳、知識の言語化と実践……。

 

 いや、いやいやいや。何をやる気になっているんだか。

 でも、戦争にかり出されるなんて、嫌だよな。京の政変や鳥羽伏見、戊辰戦争に……要するに新政府軍に加わって戦争。

 西南の役なんてすぐ近くじゃねえか。四十年後っていっても還暦前だ。平和に、平和に、ソフトランディング。

 そのためには、やーっぱり、やんなきゃいけないよね。もんのすごい労力が必要だろうけど。

 

「……という話しで、毎月十五日にお城に上がることになった。お前も一緒だ。それから馬を下賜されるってさ。あと、通勤? わかる?」

「あ、ああ。家から勤め先に行く事だな。夢でみた。……城か?」

「そう。それにかかる銭は藩が出すってさ。三日と考えて、月に二十七日は村で過ごす事になる。そんで、まずは実績をつくらんといかんけん、何か作って売らんばいかん」

「何ば作っとや?」

「それが分からんけん、信之介、お前の出番なんだよ」

「出番って、何ばすれば良かとや?」

「うーん、アイデアを、アイデアってわかる?」

「ああ、夢の中で……考えや思いつきの事やろ?」

「そう! それで、簡単につくれて高く売れそうなものやね」

「うーん、いきなり言われてもわからぬ、な」

「ああ、まあそうやろうね。ちなみに聞きたいんやけど、夢の中で、こっちの夢みるか?」

「いや、あちらで見る夢はあちらの事ばかりで、こちらの夢は見ぬ。あちらにいる時は、あちらの人なのだ」

「ああ、じゃあやっぱり心配せんでよかよ。夢は夢、こっちにいる時は夢やとわかるんなら、やっぱり今のお前が本物だよ。安心して寝ろ」

 

 そんな話をしながら、その日は酒を酌み交わし、昔話? をしながら夜も更けていった。

 次回 第5話 『そもそも弱小五万石の大村藩が、隣の佐賀藩三十五万石に勝てるのか?』(1837/1/9) 

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