第40話 製塩事業部、倒産?

 忠右衛門の声に耳を疑った。だって、塩だよ塩。原価ゼロの。0だよ。そして専売商品で貴重で、瀬戸内海にはいくつも! 塩で財をなした豪商がいたはず。

 そして何より、この当時の製塩法より生産量も人件費も、すべてにおいて優れているはずなんだ。コストがかかってないから儲かるはず。なのに、なんで……?

「どういう事だ。くわしく申せ」。
 
 俺は納得いかなかった。だからこそ、全てを知りたかった。

「は、まずは建屋をはじめ、塩づくりのからくりに、二百貫ほど使いました」

 冷静に落ち着くために、深呼吸しながら聞く。

「ただしこれは、じゃぼんや鉛筆などと同じ様に、もともと城にあった蓄財にて支払いました。それから、そのふたつで十分に利益が出ておりますので、全体で赤字ではありません」

「ふむ、それで?」

「はい、ただ大量に塩を作れるとはいえ、煮出すための薪代がかかりすぎるのです……」

 燃料費か!

「詳しい数字を申せ」

「は、まずは保存場所が足りなくなったため、途中で生産は止めました。計算では一日に九百五十二升(1.8トン)の塩を作れます。ひと月三十日で計算すると、二百八十五石(二万八千五百升/54トン)の塩ができます」

 かなりの量だ。

「教えていただいた通り、塩一升が十五文で計算すると、全部売れたとして四百二十八貫の売上になります」

 なるほど。確か瀬戸内海の赤穂の塩の産地で……。江戸時代で400ヘクタールあたり94,500トン/年間だったっていう文献があったな。

 と言う事は、1ヘクタール(10反)で年間19トン。と言う事は月に1トン強。

 あれ! 一日の生産量が年間生産量オーバーしとる! まじか! これだけでウハウハやん! またこれで道喜にちくちくぐちぐち言われるぞ。

 ちょっと待って。塩30グラムとるのに1リットルの海水が必要だから、一升、つまり1,890(1.8キロ)グラムとるのに63リットル必要だ。

 1.8トンと言う事は、63キロリットル! 浴槽にためて1回分が200リットルだから、63×5=315杯分。

 12時間働いて、1時間に26杯分……うーん100人でやれば不可能ではないか。
 
 ただ、ブラックだ。

「忠右衛門、それは何人で、どの程度の時間やる計算で、この量?」

「はい、百人で日の出から日の入りまで目一杯やってこの量です」

 うん、減らそう。それで問題は燃料費。

「炭代はいくらかかったのだ?」

「はい、炭をくべ、薪をくべ、どれが一番安上がりか試しましたが、どれもできる量は変わりはありませんでした」

「一日に必要な木炭が七十八荷(2,340キロ)でございます。炭が一荷(15キロ×2)二百文でございますれば、一貫五千六百文、月で四百六十四貫。それに人夫代を入れれば、完全な赤字にございます! 申し訳ありません!」

「謝らずともよい! そちの責ではないわ」

 おかしい、何が違う? なんでこの時代にないやり方で、効率よくやっているのに損になる?

「そればかりか、大量の灰の処理に困る始末にて、余計な手間賃がかかり申した」

 ……!
 
「灰だ!」
 
「灰でござる!」

「木灰一斗つくるのに、木炭十七荷(510キロ)が必要で、塩一日で木灰四斗(400合)ができる! 木灰を作るための炭の費用は石けんに含まれておるから……実質ゼロやん!」

「そうですゼロです! ん? いや、殿、ゼロとはなんですかな?」

「ん? 聞き間違い、聞き間違い! とにかく金がかからないって事だよ!」

 職人の給料をもっと上げても十分だ。良かった~。まじで良かった~。石けんや捕鯨には劣るけど、儲かるな!

 そこに平戸道喜と一緒に弥市がやってきた。

「ああ、道喜か。ちなみに今塩は一升いかほどか?」

 そうですなあ、と考える様にして答える。

「肥前のように海がある国では、十五文から二十文。京・大阪では二十五文から三十文。甲斐や信濃のような山国では常に三十五文から五十文にはなりますか。なんにしても塩ほど儲かる品物はありませんよ」。

 商人の常識のような顔で、計算しながら道喜は答える。

「仕入れはタダみたいな物ですし、灰は売れるし、腐る物でもないから保管が効いて、高い時に売ればそりゃあ儲かります。なんですか? 塩がどうかしたんですか?」

 いえ、何でもありません。はい、ありません。ごめんなさい、失礼しました。商いの事は、全部前もって相談しよう。そうしよう。

 塩一俵が米五俵、あれ、本当だね。

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