第103話 『宇田川興斎と上野俊之丞の試行錯誤と質問攻めに、辟易する精煉方惣奉行。ヤン・カレル・ファン・デン・ブルークに丸投げする』(1848/9/30)

 嘉永元年九月四日(1848/9/30) <次郎左衛門>




 第一、蒸気缶スチームハンマー、蒸気缶付属一具

 第二、右蒸気缶の為のえん炉二個用諸用品

 第三、台場台付ブレットロル銅鉄竿板製造器六個

 第四、ブレットル適用焔炉を築造する諸品並びに鋳鉄のボック三個

 第五、鉄具鍛錬火かまど大装置四式、鉄びょうオーンヘールト、スヘークハーク耳付きさん運転機附属の輪風器など全備

 第六、木材きょ断装置スレーデおよび運転機付き附属全備長八エル厚一エルの幹を角材および板材に鋸断するに適するもの

 第七、蒸気缶附属全備之蒸気器一具 右はブレットロル輪風器および木材鋸断器を運用するに適するもの並びに後に設置する廻転すい六個およびかんな盤六個の用に供す

 第八、最大砥石一具運転機附属 錬鉄蒸気装置 銅鉄竿板製機一揃え 木材鋸断装置一揃え




 これが発注書の詳細だが、正直なんのこっちゃわからん。

 要するに造船所として稼動するために、最低限必要なものなのだろう。それから久重さんだが、てっきり反対というか、ちょっと怒るかと思いきや、すんなり受け入れてくれた。

 技術者としての矜持きょうじはあるものの、現実的に考えればこれが最善の道という事なのだろうか。

 ちなみに招聘しょうへいした教官と技術者は全員で109名なんだけど、ライケン組とハルデス組をあわせて78名。残りの31名は、正直ショートカットというか時短というか、裏技を使った。

 ・ルブラン法・・・・・の化学者1名と工場技師7名。

 ・オランダの大学の医学部・薬学部・理学部・工学部・農学部等関連の大学を卒業し実務経験10年以上のもの。

 こ、れ、で、完璧だ! 大学の講師として講義をしてもらう傍ら、実際に必要なものを開発、製造してもらう。5年しかないんだ。1から日本人! なんて考えは無意味だよ。

 労働基準監督署(ないけど)に訴えられなくて済む。




 ■精れん方 研究所の廊下

「ブルーク殿、あなたは医師ですが、化学や工学の知識も豊富だと聞いております」

 かみしもをきた次郎と白衣のブルークが廊下を話しながら歩く。次郎は通訳に横に並べと何度もいっているのだが、家老の横に並んで歩くなど考えられないのだろう。すぐに後ろに下がってしまう。

「YA(はい)」

「そこで今回の招聘に関して『医学ならびに化学や工学における知識と技術の供与と実践』として、できたら化学や工学の分野でお願いしたいのです」

 前述のルブラン法(を知っている)の化学者(医者)だ。

「わかりました。私で力になれるなら、何でも協力いたします」

 次郎が信之介の睡眠不足解消のために招聘した、といえば語弊があるかもしれないが、事実それに寄与するであろう人物である。その彼を信之介に紹介するべく実験室へ向かっていたのだ。

「廉之助、信之介はいるかね?」

「ああ! これは御家老様!」

 元気よく丁寧に挨拶するのは、神童、松林廉之助(飯山)である。数えで10歳になっていた。

「廉之助。こちらは和蘭からいらっしゃった、医者であり化学者でもあり工学者でもある、ヤン・カレル・ファン・デン・ブルーク先生だ。ご挨拶しなさい」

「Leuk je te ontmoeten, mijn naam is Rennosuke Matsubayashi.(はじめまして、松林廉之助と申します)」

「! ……こちらこそ初めまして。ヤン・カレル・ファン・デン・ブルークです。君、すごいね。まだ小さいのにオランダ語が話せるなんて」

 ブルークは、正対して丁寧に礼をしながらオランダ語を喋る廉之助に驚きを隠せない。

「Hartelijk dank. Al uw leerlingen kunnen met u praten. Ik ben niet de enige.(有難うございます。先生の門下生なら、誰でも話せます。私だけではありません)。御家老様、いかがなされたのですか?」

「あ、う、うむ。信之介にブルック殿を紹介しようかと思ってな。いずこじゃ?」

 次郎もブルックと同様に、廉之助の相変わらずの神童っぷりにとまどってしまった。隼人は信之介の門下として廉之助より長いが、焦るのもわかるような気がしたのだ。

「先生なら実験室にいます。宇田川様と上野様も、あと彦ちん(彦馬で廉之助と同い年)もいます。申し訳ありません、御家老様。私は先生に所用を申しつけられておりますので、これでよろしいでしょうか」

「おお、済まぬな。行って良いぞ」

「ありがとうございます」

 そう言って廉之助は足早に駆けていった。

「すごいですね」

「ありがとうございます。まあ、あの子はちょっと特別ですから……」

 次郎がそう言って笑いながら頭をかく。

 実験室までは遠くはない。二人で話をしながら廊下を歩いていると、角の奥から何やら宇田川興斎と上野俊之丞の声が聞こえる。

「先生! この電信の動力の源となっている電気ですが、だにえる電池をいかほど用意して、いかほどの道程を通じるのですか」

 と興斎。

「……やってみろ」

「先生! このだげれおタイプの写真ですが、露光時間を短くするためにはどうすればいいのでしょうか」

 と俊之丞。

「! ! ! ……ヨウ化物とコロジオン。実践しろ!」

 なんだか質問攻めにあっているようである。そのうち次郎と目が合った信之介が無言の圧力をかける。

(お・い! なんだこりゃあ! これじゃあ俺の負担は変わらねえじゃねえか! なんでもかんでも聞いてきやがって! 聞いて教えた事をやるんだったら、子供でもできるんだよ! 俺がついてないとできないなら、一人と同じじゃねえか!)

(ま、まあ……。信之介のレベルがこの時代には異常なんだから、本読んだだけじゃ追いつかないって。勘弁してあげてよ)

(ば・か・た・れ! 一月に来てから、もう八ヶ月だぞ! このままなら意味がない! もう帰ってもらえ! 金の無駄やろうが!)

「しばし待つが良い(ちょ、ちょっと待ってよ)。今日はお主に紹介したい者がおって来たのだ(今日は紹介したい人がいて来たんだよ)。ほれ(ほら)、例の招聘したオランダ人……」

 信之介とブルックの目が合った。とたんに信之介がにやぁ~っとした顔になり、ブルックに近づいた。

「Vriendelijke groeten! Shinnosuke Yamanaka. En nu dit, alstublieft! En de twee achter je.(よろしく! 山中信之介です。あとはこれ、よろしく! 後ろの二人も!)」

 信之介はポケットからメモを取り出し、ブルックに手渡した。




 ①CaCO₃→CaO+CO₂
  C+O₂→CO₂↑

 ②NaCl+H₂O+NH₃+CO₂→NH₄Cl+NaHCO₃↓

 ③2NaHCO₃→Na₂CO₃+H₂O+CO₂↑

 ④CaO+H₂O→Ca(OH)₂

 ⑤Ca(OH)₂+2NH₄Cl₂→CaCl₂+2NH₃↑




「これで石けんとガラスは問題ない。あーあと、だいぶ先になるとは思うけど、紙の再利用にもね」

「?」




 次回 第104話 (仮)『高島秋帆、毅然きぜんとした態度で幕閣と相見え、後進に道を託す』

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