嘉永二年四月四日(1849/4/26) 江戸城
「なに? 禁は犯して居らぬと?」
若年寄の遠藤但馬守胤統の報告を受け、阿部正弘は安心したような驚いたような表情をした。
「は、目付からの知らせによると、測った長さも五百石に満たず、これでは兵船だろうが荷船だろうが、罪に問うことは能いませぬ」
「いや、それがしは別に丹後守殿(大村純顕)を罪に問おうなどとは考えておりませぬ。噂の真偽を確かめたかったのみにござる。それに、荷船であれば二千四百石の弁才船もあるではございませぬか」
大船建造の禁は『荷船之外、五百|斛《さか》(石)以上の大船を造るへかさる事』である。荷船であればいいのだ。
「然に候(そうです)」
胤統は若年の正弘をよく補佐しており、将軍家慶の信も厚かった。
「他に、なにかおかしな点はございませんでしたか?」
「は。……そうですな。おかしな点と言えばおかしな点と……言えなくはありませぬが、荷船ではなく兵船という事くらいにございましょうか」
「兵船……大船ではないが、兵船であったと?」
正弘は考え込み、再度確認した。
「は。片側三門、合わせて六門の大砲を備えておりました」
(なるほど。では大村藩は五百石程度の洋船であれば、大砲六門の兵船を造る事能うという事か)
■次郎邸 <次郎左衛門>
「なに? 俺に客? 誰だ?」
女性の方ですよ、と言う下男の知らせに誰だと思ったら、なんとお慶ちゃんだった。
「あ、お慶ちゃん!」
俺はとっさに周囲を見回して、お静とお里がいないのを確認する。……いない。よし。
「おい、この方が来た事は誰にも言うでないぞ。特にお静とお里には絶対に、だ」
「奥方様とお里さまに、でございますか? なにゆえに……」
「何でも良いから言うなよ!」
下男を言いくるめてお慶ちゃんを自室に連れて行く。まったくやましい事はないんだが、この娘の立ち居振る舞いがなんとなく二人の誤解を招きそうで、そうした。
「久しぶりだね、お慶ちゃん。オランダとの貿易も遣いをやっているから直接会う事もないしね。どうしたの?」
いつになくお慶ちゃんが遠慮している。ん? どした?
「どうしたの? 何かあった?」
「実は御家老様に、折り入ってお願いがございまして、失礼とは思いましたが、お伺いさせて頂きました」
ん? まじで畏まってる。
「いや、どがんしたと(どうしたの)? 俺とお慶ちゃん、というか俺たちとお慶ちゃんの仲やん。なんか(何か)頼み事でもあるっちゃなか(あるんじゃない)?」
実は、とお慶ちゃんが話し始めた。
「以前御家老様……次郎様に助言していただいたお茶なのですが、波佐見の陶磁器や大村様の領内の石炭の販売とあわせて、商館と取引いたしておりました。ところがこのたび、相当な量の注文を受け、私一人の力では仕入れるのが難しいのです。そこで、次郎様のお力をお借りできればと、やって参りました」
うん、まじで困ってそうだ。確か何年だったかな? そう! 1856年。開国してすぐに見本を見せて、3年後に注文が来たけど、かき集めたのが1万斤(約6トン)だった!
「なるほどね。わかったよ。で、どのくらい注文が来ているの?」
「はい。一万斤にございます」
おお、7年前で1万斤か。ちょっと待てよ……。
「お慶ちゃん、本当はもっと、もっと注文が来ているんじゃない?」
「え? なにゆえにそれを?」
やっぱり! たしかお慶ちゃんに注文したのは(1856年に)イギリスのオルト商会だ。イギリスがオランダを通して輸入しているという筋書きだな。
江戸時代の初期に日本との貿易でオランダに負けたイギリスだけど、この頃には形勢は逆転。イギリスは世界を席巻している。東南アジアにおいても、アヘン戦争の勝利もあって、イギリスが優位なんだ。
でも日本に関してだけはオランダを介さないといけない。世界的にお茶の需要は高まってきているけど、需要と供給が釣り合っていないのだろうか。
間違いなくこれから注文が膨れ上がるぞ。よしよし……。
「まあ、役目上いろんな知らせは耳に入るからね。で、どのくらい?」
「はい。三万五千斤にございます」
「わかった。それ、手配するよ」
「え?」
「領内のそのぎ茶だけなら、増産してるけど五百斤が良いところ。だけど、八女茶やその他にも九州全域をまわれば手に入る。だろうと思って手を回していたんだよ。今の時期なら一番茶で三万五千斤手に入るよ」
「誠ですか! ?」
「お慶ちゃんに嘘はつかないよ。石けんやらなんやらで、世話になりっぱなしだからね!」
「有難うございます!」
そういってお慶ちゃんはニコニコ顔で帰っていった。
よーし! 茶でがっつり儲けるぞ! 運搬用に二千五百石の洋船を造ろう!
「あなた、あの女性はいずこのどなたにございますか?」
「次郎ちゃん。お慶ちゃんと何してるの? しかも個室で」
「ん?」
■五教館大学
オランダから缶詰の製造技師兼教師として来日していた一行は、五教館大学の研究チームに缶詰の製造法を教えていた。しかし学生達はすぐに問題点にぶちあたったのだ。
まず、生産の絶対量が少ない。
現状の製造法はこうだ。
長方形に引き延ばしたブリキ板をさらに長方形に切り、丸めて円筒にした物をハンダで接合し胴部にする。蓋は円形に切ったブリキ板の周囲を折り曲げて、胴部にかぶせてハンダ付けをする。
これだと1日に50~60個しかできない。コストがかかりすぎるために、自動化をしなければ高すぎて売れるわけがない。自動化、機械化……その仕組みもそうだが、動力として……蒸気機関が必要だ。
次回 第112話 (仮)『お茶の仕入れ先の拡大と製茶の機械化』
-研究経過-
■精煉方
・電信機の距離延長研究。
・電力、発電、蓄電、アーク灯……水力発電。
・ゴムの性質改善による品質向上。
・既存砲の更なる安定化とペクサン砲の開発。
・造船所(ハルデス他)建設地の造成。
・蒸気機関の性能向上と艦艇用の研究。
・ゴムの品質向上研究と生成したゴムによるゴーグルの製作。
・ソルベイ法におけるアンモニアの取得方法について研究。
・写真機の研究開発。
・魚油の硬化、けん化の研究
・2,400石級の輸送船製造
■五教館大学
・石油精製方法、焼き玉エンジンの研究開発。
・缶詰製造法の機械化。
■医学方
・下水道の設計と工事を行い、公衆衛生を向上させる。
■産物方
・石炭、油田の調査。
・松代藩に人を派遣し、採掘の準備に入る。(越後は価格交渉、相良油田はさらに調査)
・茶の増産と仕入れ先の全国的な確保
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