第142話 『商船学校と海軍兵学校』(1851/11/28) 

 嘉永四年十一月六日(1851/11/28) 

 大村藩で最初の洋式帆船の船乗りは、深澤家の漁師である。

 14年前に捕鯨衆深澤組の復活を条件に、出島のオランダ商館に入り浸り、洋式帆船の造船術や操船術、航海術を時間をかけながら習得した者達だ。

 本格的な海軍は3年前にライケンがオランダから来てからとなる。

 川棚型で帆船の航行と様々な航海術、そして砲術を学んだ。一昨年に蒸気機関を試験的に搭載し、あわせて機帆船としての航行も学んだが、それは海軍伝習生であり、民間の商船を動かすためのものではなかったのだ。

 現在の伝習生は次の通り。

 大村藩75名
 幕府37名
 佐賀藩47名
 薩摩藩16名
 長州藩15名
 筑前(福岡)藩28名
 平戸藩5名
 五島福江藩6名
 島原藩7名
 熊本藩14名
 宇和島藩12名

 合計262名

 しかしこの全てが軍関連であり、他藩の者は当然伝習が終われば藩へ帰る。大村藩士の伝修生は75名であるが、今後軍艦がどんどん建造される事を考えれば、どう考えても足りないし、それに今後は商船の船員も必要となる。

 軍事的知識や技術を除いた、商船にのる船乗りの専門の学校が必要となるのだ。




 ■大村藩政庁

「久しいな太郎。このところ不漁もなく、みな潤っておると聞くぞ」

「は、御家老様のお陰をもちまして、われら深澤家も再び捕鯨衆として興すことが能いましてございます」

「やめてくれよ太郎。お主と俺の仲ではないか」




『御免候、こちらに深澤太郎殿はおられるか』

『太郎は俺だが、なにか用かい?』




 天保十年十月二一日(1839/11/26)に彼杵そのぎ郡の江島村で交わしたこの会話が二人の出会いである。
 
 次郎が藩の財政再建の為に勝行に頼んで船乗りを育成し、造船術を学んでは船を造り、捕鯨を藩の殖産として復活させたのだ。

 その勝行に、次郎はまた頼み事をしに来たのである。

 彼らが学んだのは航海術と操船術。それから海図を見たり、六分儀を使って現在地を割り出すために必要な、最低限の知識である。その彼らに、商船学校の教官になってほしいとの頼みである。

「学校?」

 次郎はうなずき、言葉を続けた。

「然様。此度こたび公儀が、我が大村家中に大船建造の禁を廃すという命をくだされた。ゆえにこれから先は、他の家中にも少しずつ許されていくであろう。そうなると必ず要るのが船乗りであり、それを育てる学校が要る。深澤家の捕鯨衆の中から何人かを選んで、その学校の教官として欲しいのだ」

 勝行は驚いたが、すぐに真剣な眼差しで次郎に向き直った。

「なるほど、然れど然様な学校を立ち上げるためには、相当の備えと策が要りますな」

「その通りだ。然れどお主ならやれると信じている。捕鯨衆を見事、再び興したという例があるのでな」

 勝行は深く息をつき、次郎の言葉に重みを感じながら返答した。

「分かりました、御家老様。それがしにできる限りのことをいたしましょう」

「頼んだぞ、太郎」




 数日後、大村藩政庁の会議室には、勝行とその仲間たちが集まっていた。彼らは次郎の指示のもと、新たな商船学校のカリキュラムや施設の設計について熱心に話し合っていたのだ。

「まずは、航海術と操船術の基本を教えることが重要だな」

「俺が教官なんて、ガラじゃあないが……ああそれから、海図の読み方や六分儀の使い方も忘れてはならんな」

「そうだ。加えて実際の船を使った実習も必要だ。理屈だけではなく、実際に海に出て体験させねばならん」

 部屋には緊張感と興奮が交錯し、新たな時代への期待が膨らんでいた。勝行たちは意見を交わしながら、具体的な計画を練り上げていく。多くの若者が新たな時代の船乗りとして育てられていくことだろう。




 ■また別の日

「ライケン殿、いかがでござろうか。我が家中の者どもは」

「これは次郎殿。そうですな……大村家中の方々は、船の指揮を任せられるくらいではあります。もっとも、本来はもっと経験を積まねばなりませんがな」

 当然だ。本来ならば、例えば海軍兵学校は4年制で、卒業後は少尉候補生となって、10~20年前後で艦長になるのだ。そう考えればこの時代の階級というのはある意味すごい。

 平戸藩、五島福江藩、島原藩が2年生、他は今年入ったばかりの1年生という事になる。

 実際、矢田堀鴻は1855年に長崎海軍伝習所に入り、1861年に『朝陽丸』の艦長となっている。勝海舟も第一期生だが、1859年の咸臨丸渡米時には、対外的に艦長と説明されただけで、幕府内で正式に任命された訳ではない。

「ライケン殿、実はそれがし、海軍をつくり、その士官を養成すべく海軍兵学校を設立しようと考えています。ライケン殿は日本にきて三年。来年には契約が切れますが、その後も追加契約を行い、兵学校の責任者として残っていただきたいのです」

 ライケンはしばらく考え込んだ後、次郎に向き直った。

「次郎殿……それは大変な計画ですな。しかし、今後の日本の未来のためには避けて通れない道でもあります」

如何いかなる事が要るとお考えでしょうか?」

「まず、資金と施設が必要です。そして、教育のカリキュラムも練り直さねばならない。学校は4年制が望ましい。さらに、教官としての適任者を揃えることが重要です」

 次郎はうなずいた。

「承知しております。それ故、貴殿の力を借りたいのです。貴殿が兵学校の責任者として残り、我が家中の若者たちを育てていただければ、この計画は成せるものと確信しております」

「私の契約が切れるのは確かに来年。しかし、追加契約については前向きに考えさせていただきます。私もこの国の未来に興味がありますし、貴殿の情熱には感銘を受けました」

 次郎の顔に喜びの色が浮かんだ。
 
 伝習所の生徒達には、教官ならばまだいけるかもしれないが、その上の責任者である校長は、最低でも艦長の経験があって、年齢的にも上の人間が望ましいからだ。

「それはありがたいお言葉です。具体的な計画については、すぐに話し合いを始めましょう」




 大村藩海軍の曙と、兵学校の船出であった。




 次回 第143話 (仮)『アーク溶接』

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