第705話 『越後と残りの奥州』(小佐々家中会議)

 天正十二年うるう一月十一日(1583/3/5) 肥前国庁舎 

 本当に小佐々が全部の金を出すのでいいのか?

 何か良い方法はないのか?

 純正は戦略会議室のメンバーを集めての会議の中で、想定問答を行った。

 来るべき新政府の会議における、越後の上杉、陸奥(以下省略)の蘆名・相馬・岩城・田村・伊達・最上・大崎・葛西・小野寺・斯波・戸沢・南部らの諸大名、国人の対応についてである。

 何故か?

 今から2年前。新政府立ち上げの前に、奥州の西側の蠣崎・大浦・安東と、佐竹と宇都宮から服属の申し出を受けたからだ。

 正式に設立する前だったので純正は快く受け入れたのだが、純正が新政府内で権力を掴み、他の新政府参加大名を牛耳るのではないか、との議題が持ち上がったのだ。

 もちろん悪意はない(おそらく)。

 しかし同じ質問が出るであろう事から、今後の奥州の各大名の処遇についても議論する必要があった。




「然に候。しかと設けられ、定まりてつつがなく営めるようになったみぎりには、参画することになりましょう」

 新政府が安定してしっかり運営できるようになれば、服属してきた五大名も参政権が得られ、独立して今の織田や武田と同じ様に議員になる、という意味で純正が発言した言葉がこれだった。

 しかし、それはあくまで方便である。方便というか、そう言わざるを得なかったというのが正しい。五大名が独立して参政権を得るという事は、新政府が完全に政府として成熟し機能するというのが前提である。

 50年先になるか100年先になるか……。

 越後・奥州の大名の新政府参加の手順が、肥前国に服属が先か参加が先かの違いである。

 各大名には最後通牒つうちょうとして、上洛を命じた。

「さてみんな、此度こたび行われる新政府会議だが、意見を聞きたい。上杉を含めた奥州の諸大名の処遇についてだ。最後通牒を送ってはいるが、未だ返事は来ておらぬ。俺は正直どっちでも良かったんだが、やりようによってはまた面倒が増える」

 議員大名の反対というか、前回と同じように質疑応答しなければならない。五大名の服属しかり北条の遺領しかり、純正にとっては非常に面倒である。

 鍋島直茂が発言した。

「御屋形様、此度の大名については五通りのやりようがあるかと存じます」

 そう言って直茂が提案したのは次の通り。




 ①従来の大名と同じように参画させする。
 ②肥前国の服属大名とする。
 ③参加しないのであれば小佐々が討伐対象として討伐し、小佐々の属領とする。
 ④参加しないのであれば新政府が討伐対象として討伐し、直轄地とする。
 ⑤参加はしないが、独立独歩でいく。ただし他国には攻め入らない。




 まず初めに黒田官兵衛が口を開いた。

「御屋形様、それがしは一案が最も適していると存じます。奥州の大名たちを我らと同じように参画させることで、新政府内での連携が強まり、内なる争いの危うさを減らす利がございます。彼の者らを新政府議員として迎え入れることで、互に信じる間柄となりましょう」

 宇喜多直家がすぐに反論する。

「官兵衛殿の言には一理ありますが、これまで返事を先延ばしにしてきた者達にございます。我らに与したとしても、負担金の支払いに難を示すは必定。すでにある加盟国も負担金の費えが苦となっておるのです。銭がないという現の事に、目を背けられは致しませぬ。それに日和見だった彼の者らに対し、同じ遇をもって参画を許すとは何事かと、他の議員国より反発はありませぬか?」

「宇喜多殿の指し合い(指摘)はもっともにございます。予算の障りを如何いかに解くかが重しにござろう。然れど彼の者らを参画させ互に力を携え結びつきを強める事は、長い目で見れば大いなる利益となりましょう。同じ遇についても、いまさらにござろう。格下として二等国三等国として扱うのですか? それを言うなら小佐々が一等で、他はみな二等三等ではござらぬか」

 直家の発言に土居清良が続けて意見を述べたが、それに対して佐志方庄兵衛が考え込みながら発言する。

いずれにしても、新政府の勝手向き(財政)が宜しくないうつつの様子では、徴税の見通しが立たぬ時もある。勝手向きの難を思い消つ(無視する)事はできまい」

 鍋島直茂が疑問を投げかける。

「また、彼の者らを同等に参画させることで、我らが権を失う恐れは無きや? 新政府内を如何に整おる(バランスを調整する)事も考えねばなりませぬ」

 尾和谷弥三郎が意見を加える。

「確かに、参画させることで得られる結びつきは魅力的だが、銭がないという現の事を踏まえれば、つぶさなる入米(歳入)を得る策を要するかと存じます」

 ……。
 ……。
 ……。

 黙って聞いていた純正が一言。

「我らの権とは何ぞや?」

 鍋島直茂が深く頭を垂れ、答えた。

「御屋形様、我らの権とは新政府の権に他なりませぬ。もし彼の者らを同等に参画させることで、我らの権が揺らぐような事になれば、新政府の統べる力が弱まる恐れがございます」

「我らの権とは、我が家中、この小佐々の家中ではなく、新政府のことか?」

「左様にございます。新政府による治めと威信が我らの権であり、それを保つことが肝要と存じます」

 純正がさらに問いかけると、鍋島直茂が慎重に答えた。

「おかしな事を申すな。『我らの権が揺らぐような事になれば、新政府の統べる力が弱まる恐れがございます』とは同じ事ではないか。新政府の権が揺らげば新政府の統べる力が弱まる、当たり前ではないか。何ゆえ権が揺らぐのか、を聞いておる」

 鍋島直茂が息をみ、さらに言葉を慎重に選んで答える。

「御屋形様、もし彼の者らを同等に参画させれば、議会において彼らの言う考えが増し、我らが進める策が通りにくくなる恐れがございます。また、負担金の支払いに難を示す大名が増えることで、新政府の勝手向きがさらに難となり、その挙げ句、我らが行いたい施策が行えなくなる恐れもございます。これらが重なることで、新政府の権と統べる力が揺らぐことになると存じます」

 純正は直茂の言を聞き、じっと考えている。

「またもや解せぬ事を。我らはすなわち新政府と申したな。では彼らが真に日ノ本の事を思い考えを述べ、それが通るならば、それこそが合議ではないのか? 重ねて聞くが、我らとは小佐々家中ではなく新政府よな? その新政府が進める策が彼らにそぐわない故(理由)はなんじゃ? 我らの策は彼らのためにならぬのか?」

「御屋形様、ごもっともでございます。確かに、新政府の合議制が成るためには、各大名の考えを尊び、共に策を決することが理想でございます。然れど、うつつには各々の思惑が異なり、自らの所領や利得の権を最も先に考える者が多いのでございます。れは今、この八ヶ国でも起きているではありませぬか。増えればそれだけ乱るるは必定にございます」

「なんじゃ? それでは今と変わらぬではないか。彼の者らが云々うんぬんというよりも、参加させてもいいが、今の勝手向きの難がさらに難となる、と、こう言いたいのだな? 何ゆえそれを先に言わぬのじゃ。権が揺らぐという難ではない。銭の難が膨らむ故、挙げ句は新政府のあるあたいが(存在価値が)、行いたる事が絵空事でおわってしまう、という事なのじゃな? 申したい事は」

「然に候」

 直茂の一言の後、黒田官兵衛が続けて発言する。

「御屋形様、確かに新政府の勝手向きの難は避けて通れぬ儀にございます。入米(歳入)を得て保つためには、つぶさな策を共に考え、各大名に得心いただだく事が肝要にございます。また、彼らを加うる事で、新政府内の結びつきを強め、同じ当て所に向かって進む力を増すこと能いまする」

「待て、つまりは官兵衛は一の案に同じる(賛成する)のか? 直茂は同じぬが、金の難がなくなれば障りはないと?」

「「然に候」」

 ……。
 ……。
 ……。

「然うか。では終わりだな。実はな、考えていたんだが、全て小佐々が立て替えようかと考えて居る。無論払えるなら別だが、銭をかけても金が戻るまで数年以上かかっては、各国の勝手向きがさらに難となろう? ゆえに初めに小佐々が出し、金になってから返してもらう。これで良いのではないか?」

 官兵衛が驚きながらも敬意を込めて答える。

「御屋形様、それは実に大胆なお考えにございます。然れど我が家中が全ての費えを担うとなれば、負担もまた甚大でございます。長い目で見れば定まると存じますが、如何に費えを担うかが大事となりましょう」

 ふう、と一息ついて純正が述べる。

「子細無し(問題ない)。我が家中の勝手向きは既に日ノ本のみに非ず。北方の幸を南方に売り、作りし産物を売るは南蛮(東南アジア)の二千万の民ぞ。五年や十年全ての費えを出そうが、まったく大事ない」

 この言葉に会議室のメンバーは一瞬沈黙し、その後次々と意見を述べ始めた。

 まずは宇喜多直家だ。

「御屋形様、然様に多き入米があれば大いに心強いことでございます。その上で、我らも努め力を合わせる事で、さらに強き新政府を築いていくことが肝要と存じます」

「うむ」 

 鍋島直茂が続く。

「御屋形様の判には敬服いたします。わが家中が費えを引き受けることで、他の大名たちも心安んじて助けあうでしょう。然りながらその際には勝手向きの管領を厳にし、返済の計らい(返済計画)を明らかにすることが重しかと存じます」

 清良、庄兵衛、弥三郎もほぼ同じ考えであった。

 ただ一つ、と純正は言って続けた。

「気がかりなのは、心地の事じゃ。わが家中が銭を出す事で、各大名の自らの腹は痛まぬ。然りとて良い心地がするであろうか? 他領ならまだしも、自領の栄を成すための銭を、借りるとは言え出してもらうのだ。われらの風下にたったとは考えぬか?」

 純正の懸念に、会議室の面々は再び沈黙した。この新たな問題提起は、これまでの議論の根幹に触れるものだった。

「御屋形様、確かに各大名の心地を考えれば、良く考えねばなりませぬ」

「そこで、先ほど論じた新政府が如何に要るかを訴えるのは如何いかがでしょうか。小佐々家の力を借りるのは、単なる銭の子細(問題)ではなく、日ノ本大方(全体)を安んじ栄えさせるためと伝えるのです」

 官兵衛の発言の後、直家が意見を述べた。

「御屋形さま……それがしが思うに、もう、宜しいのではありませぬか。一番の障りであった銭の難は、小佐々が立て替える事で解ける(解決する)のです。それを今さら、心地がどうと言うのですか。武をもって制すのではなく、銭の力で天下を制す。これが御屋形様の大いなる策ではございませぬか。各大名も、それが嫌なら抜ければ良いのです」

 鍋島直茂が極論を言い、さらに続けた。

「各々方、今さら何を日和っておるのでござるか? 武ではなく銭の戦だと、常々掲げておったではないか。それに、誰が損をするのだ? 誰が害を被るのだ? 己が心地など、些事ではないか」

 全員が黙った。誰も何も言おうとしない。




 ①従来の大名と同じように参画させする。
 ②肥前国の服属大名とする。
 ③参加しないのであれば小佐々が討伐対象として討伐し、小佐々の属領とする。
 ④参加しないのであれば新政府が討伐対象として討伐し、直轄地とする。
 ⑤参加はしないが、独立独歩でいく。ただし他国には攻め入らない。




 その後も議論は続いたが、⑤は論外であった。純正は吹っ切れたのか、どれでも良くなっていた。小佐々家中の事を考えれば②であろうが、金を小佐々が出すなら、他の大名は①を推すだろう。

 結局どちらも小佐々が持つのだが、支配権が新政府にあるか純正にあるかの違いだ。③か④は奥州大名が参加しない場合だが、これは返事を待つしかない。

 ③は諸大名は反対するだろうが、④だとしても結局は統治は小佐々が行う事になる。




 いずれにしても新政府に参入した場合、小佐々が資金を出すことは変わらない。

 その方針で新政府会議へと臨む事となった。形の上では合議であるが、新政府は結局、経済的に小佐々の資金力を当てにするしか、事実上運営が出来ないのだ。

 各大名が同率同額はもちろんのこと、国力比率による負担金支出でさえも困難であるならば、結局は小佐々の政権である。議員各国が異を唱えようが、その事実は変わらない。

 そこで何度も何度も議論を繰り返し、個別に負担金として徴収するのではなく、税金として強制的に徴収して、各国が今と同じ独立政府として運営存続する、というアメリカのようなやり方が生まれてきた。




 ①立憲連邦制の採用

 ・中央政府と州政府の二層構造
 ・成文憲法の制定
 ・三権分立の導入

 ②州政府の構造

 ・各州に独自の憲法(連邦憲法が優先する)
 ・三権分立(行政・立法・司法) 
 ・知事、議会、裁判所の設置

 ③権限の分配

 ・中央政府……外交、軍事、通貨など
 ・州政府……教育、交通、治安など地域事務

 ④財政制度

 ・州の均衡予算義務
 ・中央政府からの補助金制度
 ・中央・州政府の税収源の明確化
 ・税収分配と財政調整制度

 ⑤憲法と法制度

 ・中央政府憲法と州憲法の整合性
 ・憲法修正手続きの規定
 ・権利章典の設定

 ⑥紛争解決と権利保障

 ・州間紛争解決メカニズム
 ・中央・州間の権限争い裁定
 ・全州民の基本的人権保障

 ⑦州の構成

 ・小佐々直轄州、各大名の州、連邦直轄州の設定
 ・海外領土の特別な扱い

 ただし事実上、各州が経済的に独立し、中央政府の援助が必要なくなるまで、新政府は小佐々が代行する事になる。

 これも、何年先になるか……。




 次回 706話 (仮)『一応の決着。その後の新政府会議』

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