天正十二年閏一月十一日(1583/3/5) 肥前国庁舎
本当に小佐々が全部の金を出すのでいいのか?
何か良い方法はないのか?
純正は戦略会議室のメンバーを集めての会議の中で、想定問答を行った。
来るべき新政府の会議における、越後の上杉、陸奥(以下省略)の蘆名・相馬・岩城・田村・伊達・最上・大崎・葛西・小野寺・斯波・戸沢・南部らの諸大名、国人の対応についてである。
何故か?
今から2年前。新政府立ち上げの前に、奥州の西側の蠣崎・大浦・安東と、佐竹と宇都宮から服属の申し出を受けたからだ。
正式に設立する前だったので純正は快く受け入れたのだが、純正が新政府内で権力を掴み、他の新政府参加大名を牛耳るのではないか、との議題が持ち上がったのだ。
もちろん悪意はない(おそらく)。
しかし同じ質問が出るであろう事から、今後の奥州の各大名の処遇についても議論する必要があった。
「然に候。しかと設けられ、定まりてつつがなく営めるようになった砌には、参画することになりましょう」
新政府が安定してしっかり運営できるようになれば、服属してきた五大名も参政権が得られ、独立して今の織田や武田と同じ様に議員になる、という意味で純正が発言した言葉がこれだった。
しかし、それはあくまで方便である。方便というか、そう言わざるを得なかったというのが正しい。五大名が独立して参政権を得るという事は、新政府が完全に政府として成熟し機能するというのが前提である。
50年先になるか100年先になるか……。
越後・奥州の大名の新政府参加の手順が、肥前国に服属が先か参加が先かの違いである。
各大名には最後通牒として、上洛を命じた。
「さてみんな、此度行われる新政府会議だが、意見を聞きたい。上杉を含めた奥州の諸大名の処遇についてだ。最後通牒を送ってはいるが、未だ返事は来ておらぬ。俺は正直どっちでも良かったんだが、やりようによってはまた面倒が増える」
議員大名の反対というか、前回と同じように質疑応答しなければならない。五大名の服属しかり北条の遺領しかり、純正にとっては非常に面倒である。
鍋島直茂が発言した。
「御屋形様、此度の大名については五通りのやりようがあるかと存じます」
そう言って直茂が提案したのは次の通り。
①従来の大名と同じように参画させする。
②肥前国の服属大名とする。
③参加しないのであれば小佐々が討伐対象として討伐し、小佐々の属領とする。
④参加しないのであれば新政府が討伐対象として討伐し、直轄地とする。
⑤参加はしないが、独立独歩でいく。ただし他国には攻め入らない。
まず初めに黒田官兵衛が口を開いた。
「御屋形様、それがしは一案が最も適していると存じます。奥州の大名たちを我らと同じように参画させることで、新政府内での連携が強まり、内なる争いの危うさを減らす利がございます。彼の者らを新政府議員として迎え入れることで、互に信じる間柄となりましょう」
宇喜多直家がすぐに反論する。
「官兵衛殿の言には一理ありますが、これまで返事を先延ばしにしてきた者達にございます。我らに与したとしても、負担金の支払いに難を示すは必定。すでにある加盟国も負担金の費えが苦となっておるのです。銭がないという現の事に、目を背けられは致しませぬ。それに日和見だった彼の者らに対し、同じ遇をもって参画を許すとは何事かと、他の議員国より反発はありませぬか?」
「宇喜多殿の指し合い(指摘)はもっともにございます。予算の障りを如何に解くかが重しにござろう。然れど彼の者らを参画させ互に力を携え結びつきを強める事は、長い目で見れば大いなる利益となりましょう。同じ遇についても、いまさらにござろう。格下として二等国三等国として扱うのですか? それを言うなら小佐々が一等で、他はみな二等三等ではござらぬか」
直家の発言に土居清良が続けて意見を述べたが、それに対して佐志方庄兵衛が考え込みながら発言する。
「何れにしても、新政府の勝手向き(財政)が宜しくない現の様子では、徴税の見通しが立たぬ時もある。勝手向きの難を思い消つ(無視する)事はできまい」
鍋島直茂が疑問を投げかける。
「また、彼の者らを同等に参画させることで、我らが権を失う恐れは無きや? 新政府内を如何に整おる(バランスを調整する)事も考えねばなりませぬ」
尾和谷弥三郎が意見を加える。
「確かに、参画させることで得られる結びつきは魅力的だが、銭がないという現の事を踏まえれば、つぶさなる入米(歳入)を得る策を要するかと存じます」
……。
……。
……。
黙って聞いていた純正が一言。
「我らの権とは何ぞや?」
鍋島直茂が深く頭を垂れ、答えた。
「御屋形様、我らの権とは新政府の権に他なりませぬ。もし彼の者らを同等に参画させることで、我らの権が揺らぐような事になれば、新政府の統べる力が弱まる恐れがございます」
「我らの権とは、我が家中、この小佐々の家中ではなく、新政府のことか?」
「左様にございます。新政府による治めと威信が我らの権であり、それを保つことが肝要と存じます」
純正がさらに問いかけると、鍋島直茂が慎重に答えた。
「おかしな事を申すな。『我らの権が揺らぐような事になれば、新政府の統べる力が弱まる恐れがございます』とは同じ事ではないか。新政府の権が揺らげば新政府の統べる力が弱まる、当たり前ではないか。何ゆえ権が揺らぐのか、を聞いておる」
鍋島直茂が息を呑み、さらに言葉を慎重に選んで答える。
「御屋形様、もし彼の者らを同等に参画させれば、議会において彼らの言う考えが増し、我らが進める策が通りにくくなる恐れがございます。また、負担金の支払いに難を示す大名が増えることで、新政府の勝手向きがさらに難となり、その挙げ句、我らが行いたい施策が行えなくなる恐れもございます。これらが重なることで、新政府の権と統べる力が揺らぐことになると存じます」
純正は直茂の言を聞き、じっと考えている。
「またもや解せぬ事を。我らはすなわち新政府と申したな。では彼らが真に日ノ本の事を思い考えを述べ、それが通るならば、それこそが合議ではないのか? 重ねて聞くが、我らとは小佐々家中ではなく新政府よな? その新政府が進める策が彼らにそぐわない故(理由)はなんじゃ? 我らの策は彼らのためにならぬのか?」
「御屋形様、ごもっともでございます。確かに、新政府の合議制が成るためには、各大名の考えを尊び、共に策を決することが理想でございます。然れど、現には各々の思惑が異なり、自らの所領や利得の権を最も先に考える者が多いのでございます。其れは今、この八ヶ国でも起きているではありませぬか。増えればそれだけ乱るるは必定にございます」
「なんじゃ? それでは今と変わらぬではないか。彼の者らが云々というよりも、参加させてもいいが、今の勝手向きの難がさらに難となる、と、こう言いたいのだな? 何ゆえそれを先に言わぬのじゃ。権が揺らぐという難ではない。銭の難が膨らむ故、挙げ句は新政府のある値が(存在価値が)、行いたる事が絵空事でおわってしまう、という事なのじゃな? 申したい事は」
「然に候」
直茂の一言の後、黒田官兵衛が続けて発言する。
「御屋形様、確かに新政府の勝手向きの難は避けて通れぬ儀にございます。入米(歳入)を得て保つためには、つぶさな策を共に考え、各大名に得心いただだく事が肝要にございます。また、彼らを加うる事で、新政府内の結びつきを強め、同じ当て所に向かって進む力を増すこと能いまする」
「待て、つまりは官兵衛は一の案に同じる(賛成する)のか? 直茂は同じぬが、金の難がなくなれば障りはないと?」
「「然に候」」
……。
……。
……。
「然うか。では終わりだな。実はな、考えていたんだが、全て小佐々が立て替えようかと考えて居る。無論払えるなら別だが、銭をかけても金が戻るまで数年以上かかっては、各国の勝手向きがさらに難となろう? ゆえに初めに小佐々が出し、金になってから返してもらう。これで良いのではないか?」
官兵衛が驚きながらも敬意を込めて答える。
「御屋形様、それは実に大胆なお考えにございます。然れど我が家中が全ての費えを担うとなれば、負担もまた甚大でございます。長い目で見れば定まると存じますが、如何に費えを担うかが大事となりましょう」
ふう、と一息ついて純正が述べる。
「子細無し(問題ない)。我が家中の勝手向きは既に日ノ本のみに非ず。北方の幸を南方に売り、作りし産物を売るは南蛮(東南アジア)の二千万の民ぞ。五年や十年全ての費えを出そうが、まったく大事ない」
この言葉に会議室のメンバーは一瞬沈黙し、その後次々と意見を述べ始めた。
まずは宇喜多直家だ。
「御屋形様、然様に多き入米があれば大いに心強いことでございます。その上で、我らも努め力を合わせる事で、さらに強き新政府を築いていくことが肝要と存じます」
「うむ」
鍋島直茂が続く。
「御屋形様の判には敬服いたします。わが家中が費えを引き受けることで、他の大名たちも心安んじて助けあうでしょう。然りながらその際には勝手向きの管領を厳にし、返済の計らい(返済計画)を明らかにすることが重しかと存じます」
清良、庄兵衛、弥三郎もほぼ同じ考えであった。
ただ一つ、と純正は言って続けた。
「気がかりなのは、心地の事じゃ。わが家中が銭を出す事で、各大名の自らの腹は痛まぬ。然りとて良い心地がするであろうか? 他領ならまだしも、自領の栄を成すための銭を、借りるとは言え出してもらうのだ。われらの風下にたったとは考えぬか?」
純正の懸念に、会議室の面々は再び沈黙した。この新たな問題提起は、これまでの議論の根幹に触れるものだった。
「御屋形様、確かに各大名の心地を考えれば、良く考えねばなりませぬ」
「そこで、先ほど論じた新政府が如何に要るかを訴えるのは如何でしょうか。小佐々家の力を借りるのは、単なる銭の子細(問題)ではなく、日ノ本大方(全体)を安んじ栄えさせるためと伝えるのです」
官兵衛の発言の後、直家が意見を述べた。
「御屋形さま……それがしが思うに、もう、宜しいのではありませぬか。一番の障りであった銭の難は、小佐々が立て替える事で解ける(解決する)のです。それを今さら、心地がどうと言うのですか。武を以て制すのではなく、銭の力で天下を制す。これが御屋形様の大いなる策ではございませぬか。各大名も、それが嫌なら抜ければ良いのです」
鍋島直茂が極論を言い、さらに続けた。
「各々方、今さら何を日和っておるのでござるか? 武ではなく銭の戦だと、常々掲げておったではないか。それに、誰が損をするのだ? 誰が害を被るのだ? 己が心地など、些事ではないか」
全員が黙った。誰も何も言おうとしない。
①従来の大名と同じように参画させする。
②肥前国の服属大名とする。
③参加しないのであれば小佐々が討伐対象として討伐し、小佐々の属領とする。
④参加しないのであれば新政府が討伐対象として討伐し、直轄地とする。
⑤参加はしないが、独立独歩でいく。ただし他国には攻め入らない。
その後も議論は続いたが、⑤は論外であった。純正は吹っ切れたのか、どれでも良くなっていた。小佐々家中の事を考えれば②であろうが、金を小佐々が出すなら、他の大名は①を推すだろう。
結局どちらも小佐々が持つのだが、支配権が新政府にあるか純正にあるかの違いだ。③か④は奥州大名が参加しない場合だが、これは返事を待つしかない。
③は諸大名は反対するだろうが、④だとしても結局は統治は小佐々が行う事になる。
いずれにしても新政府に参入した場合、小佐々が資金を出すことは変わらない。
その方針で新政府会議へと臨む事となった。形の上では合議であるが、新政府は結局、経済的に小佐々の資金力を当てにするしか、事実上運営が出来ないのだ。
各大名が同率同額はもちろんのこと、国力比率による負担金支出でさえも困難であるならば、結局は小佐々の政権である。議員各国が異を唱えようが、その事実は変わらない。
そこで何度も何度も議論を繰り返し、個別に負担金として徴収するのではなく、税金として強制的に徴収して、各国が今と同じ独立政府として運営存続する、というアメリカのようなやり方が生まれてきた。
①立憲連邦制の採用
・中央政府と州政府の二層構造
・成文憲法の制定
・三権分立の導入
②州政府の構造
・各州に独自の憲法(連邦憲法が優先する)
・三権分立(行政・立法・司法)
・知事、議会、裁判所の設置
③権限の分配
・中央政府……外交、軍事、通貨など
・州政府……教育、交通、治安など地域事務
④財政制度
・州の均衡予算義務
・中央政府からの補助金制度
・中央・州政府の税収源の明確化
・税収分配と財政調整制度
⑤憲法と法制度
・中央政府憲法と州憲法の整合性
・憲法修正手続きの規定
・権利章典の設定
⑥紛争解決と権利保障
・州間紛争解決メカニズム
・中央・州間の権限争い裁定
・全州民の基本的人権保障
⑦州の構成
・小佐々直轄州、各大名の州、連邦直轄州の設定
・海外領土の特別な扱い
ただし事実上、各州が経済的に独立し、中央政府の援助が必要なくなるまで、新政府は小佐々が代行する事になる。
これも、何年先になるか……。
次回 706話 (仮)『一応の決着。その後の新政府会議』
コメント