第159話 『一触即発! 琉球にて』

 遡る事嘉永六年二月十九日(1853/3/28)  鹿児島城

「おお! これは肥前の宰相、太田和次郎左衛門殿! お会いしとうござった!」

 少し|慇懃《いんぎん》無礼気味に見えるが、次郎はそれを感じつつも低姿勢で応対する。

「はは。英明なる豊後殿に然様さように仰せ頂くとは、この武秋、幸甚こうじんの至りにございます」

「ははははは。そう自分を卑下するものではありませぬ。うでないことは、貴殿以外は誰もがわかっておりますぞ」

 同格の家老である次郎に、島津久宝ひさたかは大藩の家老として持ち上げられて悪い気はしない。島津豊後は豊洲島津家の代々の官名であり、家名である。
 
「はは、有り難き幸せにございます。して豊後殿、お願いの儀、如何いかなる仕儀にございましょうや」

 次郎はペリー来航に際して、藩主純顕を通じて江戸の斉彬に対し琉球の対応を確認していた。その上で献策し、どのように対処するのが最も適しているのかを説いていたのだ。

「ふむ。その儀であるが、殿はああ仰せだったが、誠に然うするのが最も良き策なるや?」

 藩主島津斉彬の目の上のたんこぶとして伝わっている久宝(豊後)であるが、本当に暗愚であれば斉彬が罷免しているはずである。事実、西郷隆盛は斉彬の存命中に久宝の罷免を願い出ている。

 しかしこれは、主義主張の違いであって、世が世なら久宝の考えが正しかったかもしれない。

「は。ペルリは間違いなく琉球にも通商を求め、北に上って江戸表に向かうは必定。然うなれば琉球は、島津は何をしておったと公儀に叱責しっせきをうけることになりましょう。ここは正念場にございます」

 ……。

「あい分かった。すでに備えは出来ておるゆえ、命を下すだけにござる」

かたじけなし」




 ■嘉永六年四月十九日(1853/5/26) 琉球

「ふむ。良い天気だ。まさに琉球上陸、そして開国と通商を迫るに良い日ではないか」

「まさにそうですな」

 蒸気フリゲートのサスケハナとミシシッピ、帆走スループのサラトガとプリマスの計4隻の東インド艦隊を従えての渡航である。5月17日に上海を出港した艦隊は、日本に行く前にまず琉球へと向かったのだ。

「おや? 何か様子がおかしいようです。おい! どうした?」

 艦隊旗艦サスケハナの艦長であるブキャナン中佐が当直士官に尋ね、士官は詳細を調べに行く。

「伝令! 琉球からの返信は、『首里城への入城は認められない』との事」

「ふん。構わぬ。そのまま上陸するので、先遣隊は待機せよと命じよ。よろしいですか、提督?」

 ブキャナンは吐き捨てる様に士官に命じ、ペリーに同意を求めた。

「うむ、それでよい。我らは何の障害もなく首里城へ向かい国王と面談し、その上で粛々と開国をさせて通商を結び、何の憂いもなくEDOへ向かうのだ」

 ペリーはそう言って飲み干したコーヒーをテーブルに置いた。

 続々と艦隊から水兵を乗せた小舟が上陸地点へ向かう。その中にペリーとブキャナンもいたが、二人とも泰然自若。いや、余裕綽綽しゃくしゃくといった感じだろうか。まったく問題にしていない。

 水兵と軍楽隊、その他食料を携えた補給隊を含めた350名が泊への上陸を終え、堂々と首里城へと向かうその時であった。




「止まれ! 一体誰の許しを得て上陸しておる! しかもここは王府へと通じる道。よもや王府たる首里城へ向かうと言うでないぞ!」

 突然雄叫びのような声が響き渡った。
 
 上陸を開始して進軍を始めようとしたペリー一行を遮ったのは首里親軍しおりおやいくさの部隊長である。首里親軍は島津の琉球侵攻以来衰退して久しかったが、沿岸を警備する程度の兵力は有していたのだ。

「何事だ!」

 護衛に守られ、馬上のペリーはブキャナンに確認した。

「どうやら抵抗の様です。なに、心配は要りません。蹴散らしましょう」

 そう言ってブキャナンは部下に命じて臨戦態勢を取り、声が聞こえる方へ向かって叫ぶ。

「我らはアメリカ合衆国の正式な使節である! それを武力をもって制するとは、宣戦布告に他ならぬぞ!」

 通訳を通じて中国語で叫ぶと、しばらくして中国語で返事が聞こえた。

「それは承知している! 我らは合衆国と敵対するつもりはない。しかし、首里城への通行は禁ずると言ったはず。我が国王はお会いにならず、通商も結ばぬ。こちらの意思を無視してまかり通るは許される事ではない! そのように伝えるのだ!」

 街道をふさいでいる首里親軍の隊長からである。伝言ゲームのように通訳からブキャナン、そしてペリーに伝わる。

「ふむ。おかしな事があるものだ。これは私の予定にない」

「はい。では、宜しいでしょうか」

 ブキャナンがペリーに確認した。

「予定にないことが、起きてはならない。起きぬようにしなければ」

 上海で豪放磊落らいらくに笑っていた人物とは別人のようである。これまで自分の考え、目的を何が何でも達成してきたからであろうか。その静けさが不気味であった。




「撃ち方用意!」

 水兵の小隊長が小銃を構えさせ、首里親軍への威嚇射撃を準備させる。

「撃て!」

 ダダダダーンと十数発の銃声があたりに響いた。米軍(以降そう呼称)はなおも臨戦態勢をとり、小隊は次弾を装填した。

「国と国との交渉事である! にもかかわらず責任者が出てこないのは何事か! 万国の法でもそのような対処は記載されていない!」

 万国法にそう記載されていたかはわからないが、ともかく交渉もせずに門前払いは世界のルールではない、と言いたいのだろう。

「撃ち方用意!」

 小隊長は再び威嚇射撃の命令を出し、発砲した。

「ぎゃあ!」

「!」

 威嚇射撃のつもりが首里親軍の誰かに当たったようで、叫び声が聞こえると同時に親軍隊長の命令が下った。黄色い旗を掲げて負傷兵を担いで道路脇に運んだ隊長は全軍に命令を下したのだ。

 ダダダダダダダダダダダダダダダダーン!

 もの凄い銃声が鳴り響き、米軍は退避行動と応戦準備をする。

 ……。

 しかし、誰も負傷した様子はない。

「伝令! どうやら囲まれているようです!」

 兵から報せを受けたブキャナンは、そのままペリーに伝える。

「なん、だと? 一体何が起こっているのだ?」




 次回 第160話 (仮)『国王への返書と北上』

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