第13話 『2024年の宮田遺跡と正元二年の宮田邑』

 2024年6月16日(日) 11:00 長崎県 宮田遺跡

 四日前の水曜日に考古学研究会の主催者である中村修一の捜索を決めた六人は、レンタカーを借りて福岡から長崎の宮田遺跡までやってきていた。

 正直なところ地元民でも知らないような、超マイナーな遺跡である。

「こんにちは~。すみません、ちょっとお伺いしたいんですけど、先週の日曜日に、そこの宮田遺跡に調査にきた男性いませんでしたか?」

 サンドイッチとおにぎり、そしてペットボトルのウーロン茶をコンビニのレジに置きながら、|宿名比古那《すくなひこな》は店員に中村修一の事を聞く。一週間前の事なので、覚えてはいないかもしれないと思いつつ、確認したのだ。

「え? 男性? どんな人ですか?」

 店員は首をかしげながら考えるが、スマホの写真をみると大きく|頷《うなず》いた。

「ああー、この人ね。見たよ。30代後半くらいで可愛い女の子と一緒だったなあ」

「え?」

 見たよ、の言葉に喜んでみんなを呼んだ比古那であったが、可愛い女の子と聞いてフリーズしてしまった。

「どうした! ?」

「見つかったの?」

「知ってるって?」

 店内にいた他の五人もレジに近寄ってきて、店員の言葉を待つ。同級生の|木花《このはな》咲耶と豊玉美保、|天日《あまひ》槍太に仁々木尊、そして|栲幡《たくはた》千尋の五人である。

「……と思ったけど違うようだ。あり得ん」

 と比古那は言った。

「え、なんで?」

 と槍太。

「だって、可愛い女の子と一緒だなんてあり得ない。あの先生だぞ」

「……」

 比古那の台詞に誰も反論しない。それもそのはず、修一には浮いた話などまったくなく、それなのに一緒にいたのが若くて可愛い女性など、想像もできないからだ。

 遺跡デート? なんて考えられなくも無いが……。修一の性格を知っている六人としては、考えにくかった。

「でも、その情報は無視できないわね……」

 咲耶が真剣な表情で言った。

「女の子のこと、もう少し詳しく教えてもらえますか?」

「そうですね……」

 店員はつぶやいて、後ろにあるタバコの補充をしながらしばらく考えていた。

「ああそうだ。その男性と一緒にいた女の子は、なんかコスプレの巫女さんみたいな……いや、違うな。うーん……ああそう! イメージ的には卑弥呼っぽい感じだけど、そんなに派手じゃなかったな。白系の服だったけど卑弥呼よりも地味な感じの服装で、すごく挙動不審でキョロキョロしてたよ」

「コスプレの巫女さん?」

 槍太が驚いた様子で繰り返した。

「そんな格好で遺跡に来る人なんて普通いないだろ」

「本当に怪しいな」

 尊がうなずいた。

「その女の子が先生と何か関係があるのかもしれない」

「うん、それしか考えられない。とにかく、その女の子が何者か調べる必要があるね」

 千尋が同意した。

「店員さん、その二人は何か買って行ったんですか?」

「ああ。何を買ったかまでは覚えてないけど、女の子の方は特に挙動不審だったから印象に残ってるんだ」

 美保が尋ねると、店員は覚えていることをそのまま言った。

「ありがとうございます。とても助かりました」

 比古那が礼を言い、六人は店を後にした。

「それじゃあ、次は遺跡に行ってみよう。先生が若くて可愛い女の子と一緒にいたなんて信じられないけど、遺跡に関連するのは間違いないみたいだ」




 ■遺跡周辺

「ああっ! 見てくれ! 先生の車があるよ」

 助手席の尊が駐車場に停めてあったハイラックスサーフをみつけて叫んだ。

 見つけて、というよりも駐車場には一台しか車は停まっていない。修一の愛用……もとい買い替えが面倒で乗っていた車である。六人はすぐ横に停めて、車を降りる。

「警察は……ここには来てないみたいだね」

「当然だ。俺達しか知らない情報だからな。それもあの居酒屋で思い出したんだ。聴取でも答えていない」

 テレビドラマでよく見かける黄色地に黒の『KEEP OUT』のテープなんて見かけない。あれは殺人事件だけなのだろうか。

「ねえ! 見てこれ! ロープがぶっつり切れてる!」

 美保がたぐり寄せたロープの端をみて言った。

「なんだこれ……一体どうなっているんだ?」

 比古那が声を発すると同時に全員が遺跡の方を見る。ロープは遺跡の方へ続いていた。そしてちょうどその距離でブツリと切断されていたのだ。

「やっぱり、遺跡で何かあったんだろうか」

「怖い……」

 尊の言葉に千尋が続く。

「なあ、やっぱり警察に届けないか? なんか嫌な予感がするんだよ」

 全員同い歳で学年も同じだったが性格はバラバラで、槍太はどちらかというとちょっとチャラいイメージがあった。少しだけ沈黙が流れたが、咲耶が声を発してそれを破る。

「みんな! ここまで来て何言ってるの? 警察に連絡するにしても、遺跡を探してからだよ。ここに車があって、ロープが切れているんなら、なにかの事故に巻き込まれた可能性だってあるんだから」

 全員が考え、どうするか迷っていると比古那が言う。

「とにかく、警察に連絡するにしても、せっかくここまで来たんだからやれる事はやろう。それで何もわからなかったら警察に頼むしか無いよ」

 ……。

 全員が顔を見合わせ、無言で頷いて比古那の言葉に同意し、遺跡へ向かうことに決めた。

 駐車場から遺跡の入り口は近い。辺りは木や雑草が生い茂っていて入り口がわかりづらいが、それでも墳墓の入り口らしき地点を探すことはできた。

 遺跡の入り口に立つと、咲耶が静かに言う。

「ここが宮田遺跡か……」

「とにかく、中を探してみようよ。先生が何か残しているかもしれないしね」

 美保が意を決して進み出る。

 周囲を注意深く観察しながら進んでいくと、石室の入り口が見つかった。扉はなくそのまま入れる。全員が中に入って周囲を調べるが、特に変わった所はない。

 何の変哲も無い、ただの石室に石棺が横たわっているだけだ。

「なにも、ないな……」

 比古那がそうつぶやいた時であった。

 ごごごごご……と地鳴りがして石室全体が揺れ動いた。立っていられないほどの地鳴りに全員がよろめき、危険を察知して頭を抱え、まとまってしゃがむ様にして防御態勢をとる。

 ……。

 ……。

 ……。

「みんな! 大丈夫か!」

 比古那が叫んだ。

「大丈夫!」

「問題ない」

 咲耶と尊はそう答えたが、槍太と美保は黙り込み、千尋は震えている。

「ここまでだ。これ以上は危険だ。みんな、出よう」

 比古那はそう言って全員で石室を出ることを提案したが、尊が壁をみて声を発した。

「みんな見て! これ、来た時には無かったよね?」

 見ると大きく縦に割れた亀裂があり、奥には石室と石棺らしきものが見えたのだ。

「なんだ、これは……」

 比古那は壁に近づいて大きな亀裂を確認する。

「もう帰ろうぜ~。生き埋めになんてなりたくないぞ」

 槍太はすぐにでも墳墓から出て福岡に帰りたそうだ。

「みんな、どうする? 中に入るか、それとも帰るか?」

 議論と呼べるものではなかったが、六人は互いに目を合わせ、頷き、あるいは首を横に振り、そして最終的な結論が出た。

「よし、入ろう」

 比古那の呼びかけのもと、順に中に入っていく。

「あ痛!」

 比古那は突然頭痛に襲われ倒れ込む。

「おい、大丈夫か?」

 尊がそう言って駆け寄るが、その尊も頭痛に襲われた。割れるような痛みだ。ズキンズキンと響く。

「痛い」

「うわ! なんだこれ」

 全員が次々に同じような症状となって倒れ込んだ。




「う、ううん……」

 どれくらいの時間が流れたのか分からないが、比古那の頭痛はまるで何事も無かったかのように消えていた。

「なんだこれ。どうしたんだ? ……みんなは?」

 周囲を見渡すと全員が倒れ込んでいる。

「おい、おい! 大丈夫か?」

 比古那が周囲に呼びかけると、次々に仲間たちが目を覚まし始めた。

「う、うん……何が起きたの?」

 咲耶が頭を押さえながら立ち上がる。

「わからない。急に頭痛がして倒れこんだところまでは覚えているけど……」

 尊が答えると、美保が周囲を見渡しながら|呟《つぶや》く。

「ここ……どこ?」

 六人は立ち上がって周囲を見回すが、そこは倒れる前にいた場所と変わらない。修一を捜すために遺跡の中に入って、壁にあった大きなひび割れから中に入って、激しい頭痛に見舞われたのだ。

「とにかく、無事で良かった。よし、もうこの辺で終わりにしよう。帰ろう」

「待って!」

 比古那がそう呼びかけて帰ろうとしたとき、千尋が言った。

「みんな、これ見て」

 そう言って千尋は辺りを指差す。

こけもないし、壁も、土も、石も……なんか変じゃない?」

 古びた遺跡の中ではない。なにか真新しく、掘られたばかり、造られたばかりのような様相を呈していたのだ。

「どういうことだ? 確かに、ここは遺跡の中じゃないみたいだ」

 立ち上がって壁に近づき、ゆっくりと触りながら感触を確かめた比古那が言った。

「でも、なんでこんなに新しいんだ?」

 槍太が不思議そうに呟く。

「まるで誰かが最近ここを使っていたみたい……」

 咲耶が言った。

「とにかく、もう少し探ってみよう」

 尊が提案し、五人が頷いて辺りを調べようとした時に、その声は聞こえた。




「ナラワタソ! ? コデナニヲナセリヤ! ?(貴様らは誰だ! ? ここで何をしている! ?)」




 次回 第14話 (仮)『已百支国いはきこくにて虜囚となる』

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