嘉永六年九月二十四日(1853年10月26日)
「それで讃岐様、琉球はいかなる仕儀に御座いましょうや」
「うむ、なんとか大村家中の御助力のお陰で面目を保つ事ができた。然れど以後如何致すかは、よくよく考えねばならぬ」
讃岐とは島津家の一門である垂水島津家の島津貴典の事だ。
島津家には加治木島津家、垂水島津家、重富島津家、今和泉島津家の四つの一門がある。一所持(30家、私領主)、一所持格(13家)、寄合、寄合並とあわせて家老を輩出しているのだ。
琉球での島津兵の差配をしたのは豊後(加治木島津家の島津久宝)であったが、次郎は城代から格外家老に昇進した冨永鷲之助に、他の三人とも親交を深めるようにお願いしていたのだ。
鷲之助は渉外掛であり、総奉行となっていた。
今世ではわからないが、斉彬は藩主になって7年前後で亡くなる。その後の繋がりを保つために、一門四家と平等に接点を持っておこうというのが次郎の考えである。
琉球は来年の安政元年、1854年に琉米通商条約(亜米利加合衆国琉球國政府トノ定約)を締結するが、清側の意向や日本の意向もある。そして将来的には琉球処分で沖縄県として日本に組み込まれる。
この琉球の帰属問題が日清戦争の一因となるのだ。
「大村御家中の助言と助けをもってペルリに処す事能うたが、来年再び来航した際の処し方は|如何《いか》にすべきであろうか。断るのも一つの手であろうが、戦になっては困るゆえな」
「受けて宜しいかと存じます。ただし只今は清の冊封下にもあり、これを無視する事はできませぬ。故に形の上でも清国に伺いをたて、条約を結ばねば一戦となる、その砌は全力にて御助力願えるか? と問うのです」
「ほう?」
「清国は宗主国としての面目は保ちたいが、アヘン戦争で欧米の強さは身にしみております。勝てないと言う考えから、条約締結もやむなしとの返答がくるでしょう」
「なるほど、それは妙案じゃな」
讃岐の声に重みが感じられた。目を閉じて、深く考え込むような仕草を見せる。
「以後はわが国も開国もやむなしとなるでしょう。然れど開国をし、独立国として諸外国と相対して行く際に、必ず障りとなるのが琉球にございます」
「ふむ……それは如何なる意味かな?」
讃岐はあごに手をやってさすりながら聞いてきた。鷲之助は答える。
「は、琉球は只今清国を宗主国として冊封を受け、また薩摩の支配下に御座います」
「うむ」
「然れどこれまでのような両属では、琉球をとりまく世界の流れに処す事能いませぬ。ゆえに以後、琉球はわが同朋として、日本国の一藩、一家中として成していかねばならぬと考えておりまする」
「うべなるかな……(なるほど)」
讃岐は静かに目を閉じ、ゆっくりと言葉を発した。その表情には複雑な思いが交錯している事がみてとれる。
「琉球を我が国とする……その考えは大気なり(大胆だ)」
讃岐は静かに目を開け、鷲之助を見る。
「然れどそれこそ、清国との間に戦の火種をまく事になるのではないか?」
「なりまする」
「ならばなぜ……」
鷲之助はニヤリと笑い、続ける。
「我らが圧して琉球を動かせばそうなるでしょう。然れど、琉球が自らの考えで清国の冊封を抜け、日本に従う事を申し出たなら如何でしょうか?」
「何? さ、然様な事が能うのであろうか?」
「やり方次第と存じます。琉球が今、清国の冊封を受けているのは慣習でもあり、中華思想ゆえに御座います。然れども昨今、清国はエゲレスに敗れ、清国の皇帝を頂とする中華思想では、国を営むことが難しくなったのは誠にございます。その上で清国に冊封されるより利のある事柄を、薩摩から申し出るのです」
「つまり?」
「憚りながら申し上げます。これまで御家中は、琉球との商いの中で、相当な利を得てきたのではありませぬか? 琉球はそうするしか術がなく従っておりますが、ここで琉球にも利のある商いをいたすのです」
「……」
「難しい事ではございましょうが、つくづく(じっくり)と御家中にてお考えいただきますことを、お願い申し上げます」
次郎は正直難しいと考えていた。琉球は中国から冊封を受け朝貢を行い、商品を仕入れては薩摩に売り、薩摩から仕入れて中国に売っていたのだ。
中国の冊封からの脱却は、新たな仕入れ先と販路をみつけなければ実現は不可能であり、薩摩藩にとっても利のない事であった。
次郎としては、なんとか日清戦争の火種は消しておきたいが、現実はそう甘くはないようだ。
■京都 鷹司邸
「おお、これはこれは次郎殿、よういらっしゃった」
九条幸経の容態が安定しており、悪化する事がなくなったので、関白の鷹司政通は上機嫌であり、紹介した岩倉具視も鼻が高い。
「ありがたきお言葉を賜り、恐悦至極にございます」
医師団は幸経を診察するために別室におり、母親は付き添っていたが、政通は別件で次郎を部屋に呼んでいたのだ。
「次郎殿、岩倉より聞いてはいたが、異国の船が浦賀に現われ、公儀に通商を求めたというではないか。誠か?」
「誠にございます」
次郎は静かに言葉を選びながら答えた。事態の重大さを認識しつつも、冷静さを保っている。
「ほう。そなたはこの儀を如何思う?」
政通は次郎の表情を注視する。
少しの間次郎は考えを整理し、慎重に語り出す。
「開国……は、やむを得ない仕儀にございましょう。昨今の海外の事様(状況)を見ても、この日本のみが鎖国を貫き、異国との商いを禁じていくは難しかと存じます。現に公儀が和蘭とわが家中の商いを許したからこそ、肥前から大阪まで、七日十日で行き交う船を造る事が能うたのです。また……」
「また、なんじゃ?」
政通はじっくりと次郎の話を聞き、理解しようと努めている。
「一之進は幸経様のお体を強くするために、鳥獣の肉を食するようお勧め致しました。はじめは関白様もご母堂様も、獣の肉をと毛嫌いされておりましたが、構えて食し続けたところ、今の幸経様の有り様がございます。異国の民は肉を常に食しておるので、身が堅固なのでございます」
「……」
政通は考え込んでいる。
「話がそれましたが……この儀は国の一大事にて、つくづく(じっくり)と思慮を巡らし、異国の言うがままに国を開くことがあってはならぬと存じます」
「うべなるかな(なるほど)。開国は避けられぬが、構えて(慎重に)進めるべきというわけか」
「|然様《さよう》で御座います。我が国の利を損なわぬよう、天子様の宸襟(お心)を悩ますことがないよう、朝廷の尊厳を損なうことがないようにせねばなりませぬ。公儀に任せはしても、そこだけは厳に守るよう、事の仕儀をつまびらかに知らせるように、公儀に契ら(約束さ)せるのでございます」
政通と次郎、そして岩倉の三人による今後の朝廷の在り方についての論議は続く。
■長崎
「もう待てぬ。長崎奉行に江戸に向かうと伝え、交渉の際には太田和次郎を立ち会わせるようにするのだ」
プチャーチンは副官に向かって、次郎が言ったように長崎奉行への通達を命じた。
次回 第170話 (仮)『江戸表にてプチャーチンと幕閣と次郎』
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