第71話 死闘! 葛ノ峠の戦い③

 永禄六年 四月 肥前国 宮の村 葛の湊沖 沢森政忠

 殿、何か変ですぜ。

 勝行が言う。

「確かに変だな。まったく、ではないが誰もおらぬ」

 海岸から宮の城まで起伏はなく、蓮輪城は見えないが、連なって建っている小峰城も、両方が望遠鏡から見える。

 何が起きているんだ?

「勝行、少数で偵察隊を組み、周辺を探らせよ!」

 なんだ、この嫌な気配は……。

 一刻、二刻たったであろうか。あたりが薄暗くなってきた。そのくらいの長い時間だと感じた。

 司令室で目をつむり、瞑想をする。この戦いの事や今後の事、なぜこのような事態を引き起こしたのか? 様々な事を考えながら、精神を落ち着かせる。

 その時、突如、怒号とも泣き声とも、嗚咽ともとれる声が聞こえた。

 それも一人や二人ではない。

 五人から十人くらいが合わさった、今まで聞いた事がない様な声。

 いや、もはや「音」というのが正しいかもしれない。

「じれい(司令)! じれい! べいぐどう(平九郎)、ざま(様)……」

 ノックもせず、勝行が入ってきた。なんだ? 泣いているのか? あいつが? 珍しい。

 続けて入ってきた三人も同様に、慟哭している。

 いったい何があったのだ?

 ……。

 目を疑った。

 ときが、とまった、ようだった。

 まさか、嘘だろう、しんじられない。

 義父上、甚五郎叔父上、次郎左衛門叔父上……。

 三人の首がそこにあったのだ。

「どういう事だこれは? かつゆき、いったいどういう事だこれは?」

 どういう事だ勝行いいいいいいいいいい!

 俺は錯乱した。まさに錯乱した、というのが正しい表現だろう。あたりの物を掴み、投げ、叩き壊し、刀を振って壁に斬りかかりもした。

「あー! あー! あー! あー! あー!」

 トラウマ? PTSD? 今まで父が死をさまよった時でさえ、ここまでひどくなかった。

 どす!

 突然勝行の拳が腹にめり込んだ。

「ごめん!」

 俺はその場に座り込んだ。

「大村様はどうした?」

 勝行が兵に尋ねる。

「は、大村様はお三方が殿となり、敵を押し留めたおかげで、大村へ逃げおおせた様にございます」

 兵はさらに続ける。

「乱戦の中、敵軍にも異変が起きたようで、しばらくは追撃をしておりましたが、後藤家の兵は武雄に戻った様にございます。また宮村城主も、このままここにいても孤立無援と悟ったのか、同様に武雄に落ち延びましてございます」

「そうか」

 勝行はいくぶんか、落ち着きを取り戻したようだ。

 おおむら、誰それ? どうでもいいや。

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