永禄六年 四月 肥前国 宮の村 葛の湊沖 沢森政忠
殿、何か変ですぜ。
勝行が言う。
「確かに変だな。まったく、ではないが誰もおらぬ」
海岸から宮の城まで起伏はなく、蓮輪城は見えないが、連なって建っている小峰城も、両方が望遠鏡から見える。
何が起きているんだ?
「勝行、少数で偵察隊を組み、周辺を探らせよ!」
なんだ、この嫌な気配は……。
一刻、二刻たったであろうか。あたりが薄暗くなってきた。そのくらいの長い時間だと感じた。
司令室で目をつむり、瞑想をする。この戦いの事や今後の事、なぜこのような事態を引き起こしたのか? 様々な事を考えながら、精神を落ち着かせる。
その時、突如、怒号とも泣き声とも、嗚咽ともとれる声が聞こえた。
それも一人や二人ではない。
五人から十人くらいが合わさった、今まで聞いた事がない様な声。
いや、もはや「音」というのが正しいかもしれない。
「じれい(司令)! じれい! べいぐどう(平九郎)、ざま(様)……」
ノックもせず、勝行が入ってきた。なんだ? 泣いているのか? あいつが? 珍しい。
続けて入ってきた三人も同様に、慟哭している。
いったい何があったのだ?
……。
目を疑った。
ときが、とまった、ようだった。
まさか、嘘だろう、しんじられない。
義父上、甚五郎叔父上、次郎左衛門叔父上……。
三人の首がそこにあったのだ。
「どういう事だこれは? かつゆき、いったいどういう事だこれは?」
どういう事だ勝行いいいいいいいいいい!
俺は錯乱した。まさに錯乱した、というのが正しい表現だろう。あたりの物を掴み、投げ、叩き壊し、刀を振って壁に斬りかかりもした。
「あー! あー! あー! あー! あー!」
トラウマ? PTSD? 今まで父が死をさまよった時でさえ、ここまでひどくなかった。
どす!
突然勝行の拳が腹にめり込んだ。
「ごめん!」
俺はその場に座り込んだ。
「大村様はどうした?」
勝行が兵に尋ねる。
「は、大村様はお三方が殿となり、敵を押し留めたおかげで、大村へ逃げおおせた様にございます」
兵はさらに続ける。
「乱戦の中、敵軍にも異変が起きたようで、しばらくは追撃をしておりましたが、後藤家の兵は武雄に戻った様にございます。また宮村城主も、このままここにいても孤立無援と悟ったのか、同様に武雄に落ち延びましてございます」
「そうか」
勝行はいくぶんか、落ち着きを取り戻したようだ。
おおむら、誰それ? どうでもいいや。
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