第144話 『アーク溶接と場所請負商人』(1852/1/11)

 嘉永四年十二月二十日(1852/1/11) 精れん方 理化学・工学研究所 信之介研究室 

 信之介は夜も眠らずに研究室にこもっていた。目の前には、数ヶ月かけて組み立てた発電機がある。手のひらで優しく機械をなぞりながら、信之介はこれが次世代の技術革新の鍵であることを確信していた。

 発電機に関しては、初歩的な物を開発していた。その発電機は、電気関連の後事を託した廉之助・隼人・東馬・村田蔵六・ブルーク・興斎・大野規周の元にある。

 彼らは別で発電機の開発や発電法、アーク灯などの電力系の研究を行っている。




 信之介の一番弟子である太田和隼人も、研究室にいた。隼人は兄である家老の次郎の頼みで、諸国から優秀な人材をスカウトしてきた立役者である。本当は信之介の近くで研究をしたかったのに、1年以上旅に出ていたのだ。

 そこで次郎に信之介の元で研究したいと直訴をし、信之介もまた、隼人の功績を評価し、彼を近くに置いて研究に取り組んでいた。

「先生、準備は整いましたか?」

「そうだな、隼人。これが成功すれば、我々の努力が報われる日も近いだろう」

 隼人が興奮した様子で尋ねると、信之介は微笑みながら応えた。

 深く呼吸をして、手順を何度も確認し、彼は発電機のスイッチを入れる。部屋全体が低く響く機械音に包まれた。発電機は滑らかに動き出し、長い間待ち望んでいた大容量の電源を提供する準備が整ったのだ。

 発電機を稼働したせいで、研究室内には微かな振動が伝わっている。信之介の心は緊張感よりも高揚感が湧き上がってきた。

「いよいよですね、先生」

「その通りだ、隼人。さあ、始めよう」

 慎重に炭素棒をホルダに固定し、電極としてセットした。次に溶加材を手元に用意し、炭素アークの実験を開始するための準備を整える。信之介の手は緊張で微かに震えていたが、その目は輝きを失っていなかった。

「発電機の調整はどうだ?」

「完璧です、先生。準備は万全です」

 発電機からの電流を通し、炭素棒と母材の間にアークを発生させる。
 
 まばゆい光が一瞬で部屋を照らし、信之介と隼人はその光景に息を呑んだ。アークの高温によって、溶加材が滑らかに溶けていく様子を見守りながら、二人は技術の進化を実感していた。

「先生、見てください。金属が綺麗に溶けています!」

「うむ、この調子だ」

 信之介はアークの温度を慎重に調整しながら、溶加材を適切なタイミングで添加していった。炭素棒から発生するアークは、彼の予想を超える高温を維持し、金属の溶解が順調に進んでいった。

 彼は慎重にホルダを動かし、母材との接合部分を確認した。

「これで、未来への扉が開かれた……」 

「先生、本当に素晴らしいです。この技が広まれば、世を大きく変えるに違いありません」

「そうだ、隼人。我々の使命はまだ終わらない。これからも共に研究を続けていこう」

 信之介は自らの手で成し遂げた技術の進化に誇りを感じながら、次なる挑戦に向けての意欲を新たにし、隼人の熱意に応えるように微笑んだ。




 ■蝦夷地 クドウ運上家

「だから、そんな値じゃ売れないよ。私らは松前の殿様に運上金払って、敦賀や小浜に持っていって、そっから琵琶湖の水運で京や大阪に売るんやさかい」

「いや、松前の殿様とは話がついているんだ」

「どんな? こっちは全く聞いてない。運上金払っているって事は、ここのにしんや鮭、昆布や毛皮、鷹の羽なんかは私らの専売。だからそんな値じゃあ売れないね」

 場所請負人として交易を代行し、一定の税金を納めている商人である。

「はあ……じゃあ仕方ありませんね。それから、少しお伺いしたいのですが……」

「何ですのん?」

「あの、無造作にかれている、油ですか? かなり臭い。あの油は|如何《いかが》いたすのですか?」

「あれは魚油ですわ。鰊から取れた油でして、臭いがきついんです。菜種油の半値で売れて、やっと利が出ますんや。くっさい臭いと一緒に持っていかなあかんから、本当は捨てたいぐらいなんですけどね」

 請負商人は苦々しい思いで語る。

「ほう? そんな二束三文なら、ここで譲って頂けませんか? 臭いのを我慢して持っていく事もありませんし、ただ同然のもの、二束三文でも売れればいいでしょう?」

 ……。

 商人は考えている。

「ほんまによろしいんか? まあ、こっちとしては銭になるなら、それでいいんですけどね。物好きな人やな」

「ええ、構いません。では、取引成立ですね。ああ、それから……」

「なんだい、まだあるのかい?」

「さっきあなたが言った、鰊や鮭、昆布や毛皮、鷹の羽以外なら扱っていいんですよね?」

「構わないよ。しかし、銭になる品なんて、他にあるかね?」

「それはまあ……」

 二人は契約書を交わし、魚油の取引が決まった。商人は少し怪訝けげんな顔をしたが、金になるならと、新たな取引先に感謝した。




 酸性白土を使った濾過による精製方法では、魚油の臭いを取り除くことができる。酸性白土は吸着剤として機能し、不純物や臭いの原因となる成分を効果的に除去するのだ。

 これにより魚油の品質が向上し、臭いが抑えられ、煙も出にくくなる。

 菜種油とまではいかないが、これまでの魚油より間違いなく高く売れるはずだ。照明の燃料としては灯油が台頭してくるだろうが、食用油として使えるので問題は無い。

 それに、『鰊や鮭、昆布や毛皮、鷹の羽以外など、これまで扱っていない物なら良い』との言質を得、契約書にもサインをしたのだ。ひとまず漁業資源は魚油だけで良いし、山林資源や鉱物資源は取り放題(金銀以外)である。

 既存商人の利益を守りつつ(?)自らの利益も上げる。まさにWin-Winである。




 次回 第145話 (仮)『その頃の幕府と各藩』

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