弘化五年二月二十一日(1848/3/25) <次郎左衛門>
よし、つくろう。
会議室(仮称)に集まった俺たちは、五教館大学の設立に向けてのミーティングを行った。すでに母体のようなものはできあがっているんだけど、明確なくくりがない。
組織上は五教館の上部組織とするのか、受験によって入学するのか? 学部は? 学長は? という細かな問題だ。
「学長は次郎君でしょ」
とお里。
「そうだな」
信之介。
「他にいないな」
一之進。
「それがいいと思います」
おイネ。ええ……君まで?
……。満場一致だ。
「待て、待て待て。俺だって忙しいんだぞ。江戸や京都の各藩の家老や藩士、志士や公家とのやり取りでてんやわんやだし、殖産方として藩の財政、というかほぼ勘定方惣奉行みたいなもんだ。それもやってる。あとは藩内にもちょっときな臭い感じの流れが出つつあるから、彼らもどうにか統制して藩論が割れる事がないようにしないといけない」
事実だ。
「おー。次郎君、なんだか政治家みたーい」
お里とおイネがキャッキャしている。
おいおい……。
「五教館にしてみれば、洋学を導入しているとはいえ、どうしても漢学や儒学偏重だろう? それに比べて開明塾は洋学中心。実際は生徒が行き来して学んでいるのが現実じゃないか? これで試験を俺たちが作ったら、五教館が圧倒的に不利だぞ。しばらくは無試験で、大学に入ってお互いを学ぶ、という感じがいいんじゃないか?」
「うん」
「そうやな」
「おけ」
「いいと思います」
よし、じゃあその路線で。
「あ、それからイネちゃん。……えーっとせめて俺たちしかいない時はタメ語、……友達みたいなしゃべり方でいいよ。ていうかしてくれないと、こっちも困る。一之進、なんか言え」
「うん、こいつらに敬語使う必要ねえよ」
一之進は笑いながらおイネちゃんに言うと、『うるせー』『ひどい!』などの笑いが起きる。
いいなあ、この感じ。月に一回の息抜きタイムみたいな感じだろうか。忙しくても続けよう。
「大学一年の講義で、単位制にすればいいんじゃない?」
お里が言う。
「開明塾の卒業生は漢学や儒学、五教館の生徒はオランダ語や基本科学なんかだね。農学とか医学、理化学や工学は専門分野だから除外。で、単位をとらないと2年に進級できないって事にすれば?」
確かに。そうすれば高等部までのズレ? を埋められる。高等部までの教育内容はこれから少しずつ同一化していって、工業高校とか高専はおいおい作ればいいか。
今やってる事は、どっちかって言うと高専に近いかな。実用的なものばっかりだし。
「よし。じゃあズレ問題と試験はそれでいい?」
満場一致だ。
五教館の組織は家老と用人が各一名、その下に学長である祭酒(教授)がいて、その下に学頭(助教)がいる。まあ五教館はそのままでいいとして、大学は俺か?
誰か適任者いないかな?
「なあ。学長というか総括は俺でもいいけど……五教館も家老の一人がやってるしね。その下というか、実際に学問を統括する学長、五教館で言う教授を決めた方が良くない? 専門的な知識を教えるんじゃなくて、とりまとまる的な。あとは……対外的には俺だけど、内部のとりまとめは別の人、みたいな感じだよ」
「うーん……」
全員が頭をひねったが、やがて一之進が発言した。
「あの、なんだっけ? この前来た人。次郎にやたら感謝してたろ? 地震があった……」
「佐久間象山?」
「ああそう! そんな名前だったっけな。その人でよくない?」
え? うーん。佐久間象山……まあ、確かにたくさんの門人がいたし、多くの人に影響を与えた人ではあるけど。ベースは国学だろうか儒学だろうか。
確かショメールの百科事典も勉強してたな。
「うーん、いいんだけど、いいんだけどさあ……」
ちょっと、乗り気がしない。実力的には申し分ないんだけど、敵をつくりそうな気がしてならないんだよね。ただ、あの学習能力の高さは普通じゃない。
1年か2年いたら、俺たちの次くらいの知識量になるんじゃないかって思う。
「じゃあ今の象山さんの立ち位置ってなんなん? ただ勉強しに来た人?」
信之介が言う。それにしては大物過ぎるけどなあ。どうしようかな。あ! いた。いたいた。もう一人適任者がいた。
「長英さんにやってもらおう」
「ああ、長英さんなら高等部でも教えているしね。実績がある」
「よし決まり! でいいかな」
いいよーとみんなが言った。
象山さんには各所で勉強してもらいつつ、新設の大学で漢学と儒学の授業を受け持って貰おう。五教館の高等部卒は問題ないとして、メインは開明塾の高等部卒業生になるかな。
「じゃあ次は学部ね」
お里だ。
「ここはシンプルに理学部・工学部・医学部・農学部でいいんじゃない? あと語学部。これはオランダ語学科に英語学科、ドイツ語学科にフランス語学科ができるよね」
確かに。法学部や天文学部とかいろいろあるけど、その辺は後々開設していけばいいんじゃないだろうか。
「やっぱり俺の負担が大きくねえか?」
信之介だ。
「理学部と工学部……それは仕方ないよ。どうしようもない。まあ科目を細分化して他の人に任せるのも良いかもね」
信之介は納得していないようだが、確かに仕方がない。信之介におんぶにだっこだなあ……。
五教館大学の正式開校が決まった。(総括:次郎・学長:高野長英)
■豊前国宇佐郡佐田村 島原藩領
「こんにちはー。精が出ますねえ。ひとつお尋ねしたいのですが、この辺りに賀来惟熊様という方がいらっしゃると聞いたんですが、ご存じですか?」
「なんだねあんた。ここいらのもんじゃねえな。庄屋様を知らねえなんて。なんの用だい?」
よそ者に対する警戒心か?
「……実はそれがし、大村藩家老、太田和次郎左衛門が弟、隼人と申す者。惟熊様にお目にかかって、お話ししたい儀がございましてね」
かなり時間がかかったが、領民は隼人を惟熊の屋敷に案内してくれる事になった。
次回 第98話 (仮)『豊前国宇佐郡の賀来惟熊親子と平戸・福江・大村・島原同盟?』
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