東アジアの風雲

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第791話 『条約締結と新しい秩序』

文禄二年二月八日(1593/3/10)諫早城「御苦労様でした、叔父上」 居室でくつろいでいた純正に報告をしている政直であったが、公務以外のときは叔父と甥である。「いやいや、まさかわしがあの明国との交渉にあたるとは……考えもみんかったわい」「...
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第790話 『降伏交渉、再び』

文禄二年一月七日(1593/2/8)諫早城「これはこれは、寒い中ようこそ来られました。冬の海は厳しゅうございましたでしょう」 肥前国外務大臣の太田和利三郎政直は、明国全権の顧憲成を迎えて言った。 部屋は石炭ストーブで快適な温度に保たれている...
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第789話 『東南アジアの国々と万暦帝』

文禄元年十一月四日(1592/12/7) 琉球王国 首里城「肥前国が明に勝ったか……」「予想はしておりましたが、やはり我らの決断は正しかったようです」 伊地親方の言葉に長嶺親方が同意した。伊地親方は事実上の行政のトップとなる三司官であった。...
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第788話 『和平ではなく降伏の使者であろう?』

天正二十一年九月三十日(1592/11/4) 諫早城「なに? 和平ですと? 降伏の間違いではないのか、御使者どの」 明国から終戦の使者として礼部尚書の顧憲成が肥前国を訪れ、外務大臣の太田和利三郎政直(63歳)と面会したときの政直の第一声であ...
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第787話 『激昂』

天正二十一年七月二十三(1592/8/30) 紫禁城 前回、顧憲成が朝鮮出兵の上書を上げたときは運が良かった。 皇帝が朝議に出席しないため、臣下は朝議で決まったことを報告して裁可を仰ぐことになる。それも宦官かんがんが代わりに行うので、自らに...
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第786話 『大明出師と港湾封鎖、その後』

天正二十一年六月五日(1592/7/23) 鴨緑江において肥前国陸軍による明軍相手の掃討戦が終わり、朝鮮軍への引き継ぎが行われていたころ、海上では港湾封鎖が執拗しつように行われていた。「うむ……これで良し、と」 海軍総司令の深沢義太夫勝行は...
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第785話 『掃討戦』

天正二十一年三月十四日(1592/4/25)「勝ったか……」  丙路の戦いは肥前国軍の圧勝に終わった。 2万の明軍は壊滅し、生き残った者たちは敗走した。森や谷底、死体の中に身を潜めて追撃から逃れようともがいたが、わずかな物音さえ死の宣告に思...
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第784話 『2万対3千』

天正二十一年三月十三日(1592/4/24)  明軍丙路 丙路を通る楊鎬ようこう軍は決戦を前に十分な休息をとり、隘路あいろを白雲へ向けて進軍中であった。「副官、では策の通りにいたそう」「承知しました」 当初、昨日の作戦会議では隘路を一点突破...
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第783話 『乙軍大将祖承訓の決断』 

天正二十一年三月十三日(1592/4/24)  泰川郡北部 甲軍が隘路あいろを突破したという知らせは、乙・丙へい両軍には伝わらなかった。甲路と乙路の間、現地点間の距離は13kmもあったからだ。部隊間の連携など、最初から明軍の作戦には入ってい...
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第782話 『血染めの隘路』

天正二十一年三月十三日(1592/4/24)   暁と共に、3つの狭間で両軍の激突が始まった。  史憲誠にとって、この甲軍隘路の地形が極めて危険な戦場となることは明白だった。そこで彼は夜明けと同時に先鋒部隊を派遣し、慎重な姿勢を保ちながら前...
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第781話 『決戦前夜』

天正二十一年三月十二日(1592/4/23)  竜岩浦 西部軍団「さて、では我らも北上するとしようか」 敵である明軍の補給物資を接収し、補給部隊の再編も終わった島津義弘が号令を発した。竜岩浦から明軍の本隊がある義州府までは約45km、2日な...
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第780話 『隘路』

天正二十一年三月九日(1592/4/20)  鴨緑江沖「敵兵の収容が終わりました。生存者は751名です。兵糧は……40万貫(約1,500トン)ほどとなりそうですが、弾薬は……」「ご苦労、もう良い。赤崎長官、如何いかがいたす?」「兵糧に関して...
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第779話 『決死の行軍と鴨緑江沖海戦』

天正二十一年三月八日(1592/4/19)  義州府 義州府の楊鎬ようこうの本隊のもとに、敗残兵を引き連れた沈有容が到着した。兵数は1万。焦燥しきった沈有容の姿は下流域での敵の攻撃のすさまじさと、被害の大きさを物語っている。「よくぞ戻った」...
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第778話 『撤退の代償』

天正二十一年三月五日(1592/4/16)  鴨緑江東岸 山中  悪夢のような砲撃から逃れ、夜通し走り続けてようやく夜が明けた。 渡河地点より上流にある砲撃の届かない山中に退避してきた沈有容しんゆうようは、深い疲労感に襲われていた。辺り一面...
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第776話 『海軍と朝鮮水軍と李舜臣』 

天正二十一年三月一日(1592/4/12)  漢陽(ソウル)外港 済物浦(仁川) 灰色の空の下、済物浦付近は異様な緊張感に包まれていた。 静かに波音を立てる水面に、大小様々な船がひしめき合っている。その中心に鎮座する巨大な黒い船体。煙突から...
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第775話 『肥明戦争』

天正二十一年二月二十四日(1592/4/6)  鴨緑江東岸 「申し上げます! 観測班より伝令、敵に動きあり! 敵、渡河する模様にございます」「ふむ、やはりこれを狙っておったか」 現場は夜半から小雨が降っており、視界は悪くないものの、4月にし...
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第774話 『朝鮮出兵-3-鴨緑江の対峙』

天正二十一年二月十八日(1592/3/31) 朝鮮・明国国境 鴨緑江「申し上げます! 敵日本軍、鴨緑江の対岸に陣をはり、待ち構えております!」 明軍の総大将である楊鎬ようこうは斥候の報告を聞いて考え込む。 軍は鴨緑江の西岸から数キロ離れた地...
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第773話 『朝鮮出兵-2-海軍と紫禁城』

天正二十年五月十三日(1591/7/3) 諫早城「待ってました!」 勝行はそう言って対明国海軍の構想を話し出した。 朝鮮半島から明国沿岸、そして日本列島までが描かれた東シナ海の地図の前で説明をするが、その地図は鴨緑江を境に精度が大きく変わっ...
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第772話 『朝鮮出兵』

天正二十年五月十三日(1591/7/3) 諫早城「暑い! そして蒸し暑い!」 ぐちぐちと文句を言いながら、その様相とは真逆の立ち居振る舞いで周囲を困惑させる人物が、諫早城の会議場へやってきた。その人物とはもちろん……。 肥前国海軍艦隊総司令...
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第771話 『明からの冊封と肥前国からの冊封。肥前国、朝鮮出兵となるか』

天正二十年四月十日(1591/6/1)「その儀とは、一体何であろうか?」 宣祖はわかっている。肥前国からの冊封を受ける時期がきたのではないか、使者はそう言いたいのであろう事を。 明からの使者である沈惟敬しんいけいの要求は朝鮮にとって過大であ...
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第770話 『揺らぐ朝鮮』

天正二十年四月五日(1591/5/27) 肥前諫早「陛下、今この時をもって明より離れ、肥前国の冊封を受けるべく動く事が、朝鮮を未来永劫栄えさせる唯一の方策かと存じます」 領議政の柳成龍は、宣祖をはじめ文武の官僚がそろった朝議において声を大に...
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第769話 『情報網の構築と政策への賛否両論』

天正二十年二月十二日(1591/4/5) 肥前諫早「殿下、ここでひとつ会議の題目にあげたき儀がございます」 会議の始まりに議題を提示してきたのは宇喜多基家である。「我が肥前国は東はアラスカより西はアフリカまで、広大な領土を有しております。然...
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第768話 『世界戦略と極東戦略』

天正二十年一月十九日(1591/2/12) 肥前諫早「然て皆の衆。まず考えねばならぬ大陸の件は先日話した通りじゃ。明の弱体化を図りつつ哱拝・ヌルハチ・楊成龍へそれぞれ支援を行い、明を遷都させて南明と成し、大陸を三分して統治させる。よいか」 ...
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第767話 『ヌルハチと哱拝と楊応龍、そして純正』

天正十九年十二月二十四日(1591/1/19) 肥前諫早 諫早城にある純正の執務室は、静寂に包まれていた。窓の外を見下ろせば、城下を東西に流れる本明川が穏やかに広がり、見上げると未だ明けきらぬ空がどこまでも続く。 朝靄あさもやが海面を覆い、...
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第766話 『哱拝対魏学曽。石嘴山の戦い』

天正十九年九月十七日(1590/10/15) 寧夏鎮ねいかちん 天正十九年四月八日(1590/5/11)に魏学曽が固原鎮こげんちんに駐屯して5か月がたっていた。 哱拝ぼはい軍と明軍の兵力を考えれば、明軍が倍以上であるがその士気は低く、仮に魏...
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第765話 『勢力圏構想-東アジア-』

天正十九年八月十九日(1590/9/17) 諫早 <小佐々純正> オレは風呂に入りながら考えていた。 ある程度の世界情勢が理解できたので、それを踏まえた肥前国の勢力圏の構想だ。転生してきたばかりのころは、生き延びるのに必死だった。しかしそれ...
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第764話 『新しき三省』

天正十九年七月二十日(1590/7/20) 諫早 <小佐々純正> オレは諫早に戻ってきて城に戻り、吃緊きっきんの陸海軍の再編を終えて、ぐったりした。 もうそろそろリタイヤしてもいいんじゃね? 国内は統一してないけど戦は終わったし、大日本国も...
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第763話 『陸軍再編』

天正十九年六月十九日(1590/7/20) 諫早 海軍に続いて行ったのが陸軍の再編である。 インド・アフリカなど、南方から西方へ国土が拡張し、北方ではアラスカから沿海州まで統治するようになった。そのためこれまで連隊規模や小隊~大隊規模の部隊...
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第762話 『肥前国の海軍再編と大日本国、そして極東情勢』

天正十九年六月十二日(1590/7/13) 諫早「殿下、お帰りなさいませ」 3年前の天正16年(1587)1月に諫早を出発した海外領土の視察であったが、3年半の歳月を経て終了した。長崎の湊みなとには純正一行の到着を待ちわびた閣僚と民衆が詰め...
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第761話 『北方三国同盟と明の滅亡への序曲』

天正十九年五月十一日(1590/6/12) 紫禁城「兵はいる。だが動かすことは難しいだろう」 内閣大学士の申時行は誰に告げるわけでもなく、静かに、淡々と述べた。「100万の兵を抱え、各地の衛所にも精鋭がいる。しかし……」「軍餉ぐんしょう(兵...
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第760話 『乱、その後』

天正十九年四月八日(1590/5/11) へトゥアラ「申し上げます! 明国、寧夏鎮ねいかちんの副総兵、哱拝ぼはい殿の使者がお越しになっております」「なに? 明の? ……よし、通すがよい」 建州女真の首都であるへトゥアラの政庁で政務をとってい...
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第759話 『哱拝の乱』

天正十九年三月四日(1590/4/8) 紫禁城  天正十一年(1582年)に張居正が死んでから、都・北京の空気は少しずつ、しかし確実に変質していった。 かつて大和殿で政務を執っていた万暦帝の姿は、もはや見られない。 名宰相であった張居正の死...
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第758話 『オランダの軍事事情』

天正十九年一月二十八日(1590/3/4) <フレデリック・ヘンドリック> さて、去年からジャガイモの栽培を行っているが、初めてにしては上出来と言っていい収穫だった。現代のジャガイモとは少し違うところもあるけれど、主食になり得ることを確認で...
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第757話 『暖炉とストーブ』

天正十八年十二月二十三日(1590/1/28) <フレデリック・ヘンドリック> 寒い! 寒い寒い寒い! オランダの暖房は、ほとんどが暖炉だ。 オランダというよりその当時(今)のヨーロッパの主流が暖炉なのである。1475年にフランスで初めての...
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第756話 『フアン・デ・サルセードとマルティン・デ・ゴイチ ―大日本国産業事情視察録―』

天正十八年十一月十六日(1589/12/23) <フアン・デ・サルセード> フアン・デ・サルセード 記(40歳、第2次フィリピン海戦当時29歳) 11年前、私とマルティンは第2次フィリピン海戦の敗将として肥前国に連れてこられた。  私は当時...
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第755話 『肥前銀行と大日本国銀行』

天正十八年十月九日(1589/11/16)  灰色の雲に覆われた空の下、肥前国諫早において大日本国銀行監査総監の近江屋治郎右衛門は、随員20名を従えて肥前銀行本店に到着した。  5層の巨大な蔵造りの建物群は、それ自体が1つの街区を形成してい...
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第754話 『大日本国予算審議会』

天正十八年八月三十日(1589/10/9)  「それでは方々、天正十八年度、第一回補正予算会議を開きたいと存じます」 肥前国の財務大臣である太田和屋弥市が立ち上がり、会議の開始を告げた。大日本国の中で肥前国があまりに強力であり、その近代的な...
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第753話 『ヤンから聞く世界情勢』

天正十八年七月二十日(1589/8/30)  <フレデリック> クルシウスはライデン大学の教授で、植物学の大家だ。オランダどころかヨーロッパ全体で、植物学についてはかなりの影響力を持った人物である。 こんな事なら最初っからクルシウスに聞きに...
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第752話 『飢饉のその後とジャガイモ畑』

天正十八年五月二十六日(1589/7/8) 仙台城「では、早速本題に入りま しょう」 と小佐々治三郎純久が切り出した。「只今ただいまの奥州の事の様ことのさまについて、伊達殿から説いていただきましょう」 政宗は深刻な表情で答える。「然されば、...
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第751話 『6歳の子供にできる事とできないこと。肥前国と大日本国』

天正十八年四月十二日(1589/5/26) 仙台城「殿! 各県から援助米の求め多く、とても城の蔵だけでは処する事能いませぬ!」「各県の備蓄米はないのか?」「すでに底をつき、ゆえに総督府へ懇願がきているのでございます」 各県、各郡、各村にはそ...
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第750話 『フレデリックの立場と仕事』

天正十八年二月二七日(1589/4/12) リスボン 王宮 1か月に及ぶ協議の末、肥前国とポルトガルとの間に条約が結ばれた。 肥前国ポルトガル王国相互防衛条約 肥前国とポルトガル王国は、両国の安全保障を強化し、相互の防衛協力を確立するため、...
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第749話 『フレデリック・ヘンドリックと日葡安保条約締結なるか?』

天正十八年一月十四日(1589/2/28) <フレデリック・ヘンドリック> 「フレデリック! よかった、無事だったのだな」 部屋に入ってきた男は、ほっとした表情で近づいてきた。服装や言葉遣いは、まるで中世のヨーロッパの貴族のようだ。オレは困...
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第748話 『ポルトガル王都リスボンと新たな転生者』

天正十八年一月十四日(1589/2/28)  元亀二年(1571年)から開発が始められた炸裂弾とその砲は、日夜国友一貫斎を中心として研究開発がなされていたが、すでに18年の歳月が流れていた。 一貫斎は、純正の叔父であり、肥前国の科学技術省大...