転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く 第71話 『長崎台場と造船所。ガス灯の研究』(1846/1/26) 弘化二年十二月二十六日(1846/1/26) 玖島くしま城 弘化三年の、つまり来年の参勤交代であるが、純顕すみあきは老中首座の阿部正弘に、長崎湾と外海沿岸に台場の建設を建白する。 受理されるか却下されるかはわからないが、見積もりが必要である... 2024.04.05 転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く 第70話 『石油は越後か? そして激動の時代へ』(1845/9/15) 弘化二年八月十四日(1845/9/15) <次郎左衛門> 先月、老中の阿部正弘が海防掛を設置した。 設置して外交と海防問題にあたらせようとしてるんだろうけど、結局根本が変わらんと何も変わらんのよね。 さて、他藩との交易の事で信之介から相談が... 2024.04.04 転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く 第69話 『エーテルはもうできた。コカの葉からコカイン単離、局所麻酔薬をつくろう』(1845/8/21) 弘化二年七月十九日(1845/8/21) 次郎邸 <次郎左衛門> さて、製鉄のめどはたってきた。多分、あと2~3年でカノン砲が作れるだろう。その後はペクサン砲だな。それから後はいろいろあるが、元込め施条式が主流になる。 アームストロング砲だ... 2024.04.03 転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く 第67話 『大村藩、全国に先駆け、種痘を推奨す(コレラ・麻疹・天然痘撲滅へ!)』(1845/6/18) 弘化二年五月十四日(1845/6/18) 次郎邸 <次郎左衛門>「これ、御家老様はお忙しいのだ! お手を煩わせるでない! 申し訳ありませぬ御家老様! なにぶんまだ子供ゆえ、お許しいただきたく存じます」「ははははは! よいのです俊達先生。子ど... 2024.04.01 転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く 第66話 『一度目の試射』(1845/5/23) 弘化二年四月十八日(1845/5/23) 玖島くしま城下 <次郎左衛門>「お前様、もう、よいのではありませんか……。わたくしはもう、構いませんよ」「え? 何が?」どうしたんだ? 静。怒っているようには……見えないけど……んん?「何が、ではあ... 2024.03.31 転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く 第65話 『もう一つの高炉と石炭乾留、そして実際に冷蔵庫をつくる!』(1845/4/18) 弘化二年三月十二日(1845/4/18) 江戸城「やはり長崎に向かわせるべきでしょう」「いやいや、ここでさらに長崎へ向かわせれば、異国の心証も悪くなり申そう」「なに故に異国の顔色を窺うかがうのですか? 漂流民の救助の礼を述べ、薪水しんすい食... 2024.03.30 転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く 第63話 『斉昭の蟄居が解かれ、秀才、大村に集う』(1845/1/4) 天保十五年十一月二十六日(1845/1/4) 玖島城下「次郎殿、いや、失礼いたしました御家老様。これはまた、勇ましい限りにございますな」「先生、どうか、どうか以前のように次郎とお呼びください」「ははは。そうは言っても難しゅうござるな。何と言... 2024.03.28 転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く 第62話 『和蘭軍艦内部の見学と高島秋帆・高野長英の来訪』(1844/10/30) 天保十五年九月十九日(1844/10/30) 長崎 <次郎左衛門>水戸の徳川斉昭さんが蟄居ちっきょを命じられたのが3月だった。実は同じ時期に江戸城で火事が起こっていて、幕府は焼失した城の修繕費用を諸大名から集めようとしたんだけど、失敗した。... 2024.03.27 転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く 第61話 『徳川斉昭の謹慎とおイネ道中に適塾留学生』(1844/6/21) 天保十五年五月六日(1844/6/21) 一之進がおイネを探して二宮敬作と出会い、なりゆきで診療所の手伝いをしていたころ、フランス船アルクメール号が那覇に入港し、通商を求めていた。 モリソン号事件に続きイギリス船サマラン号、そしてフランス... 2024.03.26 転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く 第60話 『塩の製造とミニエー銃とドライゼ銃』(1844/4/29) 天保十五年三月十二日(1844/4/29) 玖島くしま城下 <次郎左衛門> 俺は大砲と同時進行で、小銃の開発製造を進めていた。2年前の天保十二年に管打ち式のゲベール銃が完成した後、すぐにミニエー銃の開発に移っていたのだ。 しかし、原理はわか... 2024.03.25 転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く 第59話 『脚気の治療と可愛いハーフのお医者さん(のタマゴ)』(1844/1/31) 天保十四年十二月十二日(1844/1/31) 伊予国宇和郡佐田浦 <尾上一之進>「まったく、長崎で無駄な時間を食っちまったな」 俺は次郎に言われて長崎から豊後へ向かい、船に乗って伊予にたどり着いた。 なんでかって?『楠本イネ』っていう未来の... 2024.03.24 転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く 第58話 『精錬方より火術方分離、専門分野に特化する』(1843/11/4) 天保十四年閏うるう九月十三日(1843/11/4) <次郎左衛門>前から考えていて、実行に移した事がある。信之介の負担を軽くすることだ。現代でも言える事だけど、なんでも自分でやろうとするとパンクする。部下に任せて指導管理する方が労力も少なく... 2024.03.23 転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く 第57話 『土地豊穣にして百穀能く実り~なかんずく真珠をもって当領第一の名産とす』(1843/7/14) 天保十四年六月十七日(1843/7/14) 玖島くしま城 約150年前、元禄十年(1697)の藩の収入は銀561貫833匁もんめ8分6厘りん。約8,642両であった。その当時は年貢米としての収入が、約6,500両で7割以上を占めていたのだ... 2024.03.22 転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く 第56話 『佐久間象山に知己を得、大村に帰っては洋式帆走捕鯨船の完成』(1842/12/17~1843/5/16) 天保十三年十一月十六日(1842/12/17) 江戸 某所「だからな、まずもってこの日本の沿岸部、主要な港に防衛のための砲台を据え置かねばならぬ」「なるほど」 居酒屋の片隅で、数人の同僚なのか部下なのかわからない男達を前に語っている男がいた... 2024.03.21 転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く 第55話 『斉昭の説得と幕閣の懐柔』(1842/12/12) 天保十三年十一月十一日(1842/12/12) 江戸 水戸藩邸「なに? 勝てぬと申すか?」 斉昭は目をぎょろりと見開き、次郎を見据えた。次郎は内心では心臓が張り裂けそうだったが、ギリギリで抑えた。「……勝てぬ、とは申しませぬが、難かたしかと... 2024.03.20 転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く 第54話 『幕閣と御三家と四賢侯と、諸々を使って高野長英恩赦大作戦』(1842/12/12) 天保十三年十一月十一日(1842/12/12) 江戸 水戸藩邸「ふふふ。そう畏まらずとも良い。礼をわきまえ接する者は、貴賤きせんを問わずに話を聞き、よいと思えば取り入れる。それがわしの流儀であり、いまのこの世に要るものだと考えておる」水戸藩... 2024.03.19 転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く 第53話 『高野長英と徳川斉昭』(1842/12/12) 天保十三年十一月十一日(1842/12/12) 江戸 <次郎左衛門> 9月26日に大村を出発して、俺たちが江戸についたのは11月11日だ。 俺の上京、じゃなかった江戸参府の同行には目的があった。それは長英さん(高野長英)の見舞いに行くこ... 2024.03.18 転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く 第52話 『根回しと高島秋帆逮捕の失敗』(1842/10/31) 天保十三年九月二十八日(1842/10/31) <次郎左衛門> 俺は今回の江戸参府に同行したが、その前に、やるべきことがあった。『根回し』だ。 史実では高島秋帆先生が今年の五月に告発され、十月には外国人との交友の罪で投獄された。それを防ぐの... 2024.03.17 転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く 第51話 『開明塾の授業と3度目の参勤交代』(1842/9/15) 天保十三年八月十一日(1842/9/15) 大村藩 開明塾「いや、だいたいって言っても、みんな10代で元服するだろ? 寺子屋はざっくり12~3歳で卒業するから、その後は仕事をしながら勉強って形にならないか?」 次郎は当然そうだろうと考えてい... 2024.03.16 転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く 第50話 『医学方の設立と天保十三年のオランダ風説書』(1842/3/16) 天保十三年二月五日(1842/3/16) <長与俊達>その男(一之進)の怪しげな術(緊急気管切開術)により一命をとりとめた殿(純顕すみあき)は、呼吸が回復した後に箝口かんこう令を敷いた。殿にとってみればその妖術も、命を救ってくれた神のような... 2024.03.15 転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く 第49話 『長与俊達と尾上一之進。西洋医学は大村から花開く』 天保十三年一月二十五日(1842/3/6) 砂鉄と鉄鉱石をどう調達するのかに関しては協議を続けるとして、再度入念に領内を調査することとなった。 次郎が帰宅した際にお里が領内の他の候補地を教えてくれた事と、編纂へんさん途中の大村郷村記を再度見... 2024.03.14 転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く 第48話 『耐火レンガの確保と高炉ならびに反射炉の試作炉製造へ』 天保十三年一月十五日(1842/2/24) |玖島《くしま》城「おお次郎か。こたびはいかがした?」 第11代大村藩主、大村純顕は相変わらずにこやかな顔で挨拶をする。「は。こたびは鉄を産する高炉と、その鉄をより強きものにする反射炉の建造にかか... 2024.03.13 転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く 第47話 『渡辺崋山は自刃し、江川英龍は韮山で西洋銃を鋳造する』(1841/12/22) 天保十二年十一月十日(1841/12/22) 次郎と昭三郎が大村藩久原で西洋式軍備の調練を行った五月に、高島秋帆も江戸の西にある徳丸原で、門弟百数十人とともに演習を行った。 これにより幕閣の欧米に対する危機感は高まるのだ。 すでにこの時... 2024.03.12 転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く 第46話 『雷汞(らいこう)の生産成功と銃の進化』 天保十二年五月一日(1841/6/19) 精錬方研究所 ちょうど調練の観閲が終わるタイミングで信之介が報告にきたものだから、次郎はすぐに純|顕《あき》に退座する旨を伝え、研究所に急いでやってきた。「さすがだな信之介、信じていたぞ(2年遅れだ... 2024.03.11 転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く 第45話 『江戸参府と洋式調練ならびに秋帆の徳丸原演習』(1841/6/19) 天保十二年五月一日(1841/6/19) |玖島《くしま》城南 久原調練場 天保十一年度の参勤交代を終え、大村純|顕《あき》は藩に戻ってきていた。今回の参府には次郎は願い出て同行はしていない。 もともと大村藩は他藩に比べて長崎警護の任で江戸... 2024.03.10 転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く 第44話 『高島秋帆、西洋軍備についての意見を上書』(1840/10/5) 天保十一年九月十日(1840/10/5) ~前略~ 唐国に而しかしてエゲレス人に無理非道之事共有之候所のことともにありのそうろうところよりエゲレス国より唐国へ師を出し、エゲレス国は勿論、カアプデホプ(アフリカ州之内)及び印度エゲレス国之領地... 2024.03.09 転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く 第43話 『和蘭(オランダ)風説書』(1840/6/26) 天保十一年五月二十七日(1840/6/26) オランダ風説書とは、鎖国中の幕府が長崎のオランダ商館長に命じて年に1回提出させたものである。 当初はカトリック国であるスペインやポルトガルの情勢を知るためのものだった。 商館長が作成したもの... 2024.03.08 転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く 第42話 『藩校五教館への蘭学導入と私塾の命名』(1840/4/18) 天保十一年三月十六日(1840/4/18) 次郎は昨日、純顕あきから五教館の科目として蘭学らんがくが導入された事を知らされた。立石昭三郎兼近は驚いていたようだが、藩の役に立てるのならと二つ返事で了承したようだ。 昭三郎は次郎と同じ郷村給人... 2024.03.07 転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く 第41話 『藩校五教館の改革と私学校設立の願い』(1840/3/15) 天保十一年二月十二日(1840/3/15) <次郎左衛門> よし、ここまでの事を整理してみよう。石けんや椎茸しいたけの採算なんかは別だ。 ・硝石丘法にて製造開始。3年後を目処に各村の山奥に設置。 ・椎茸は栽培中。原木栽培のため収穫には約2年... 2024.03.06 転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く 第40話 『捕鯨砲の開発と洋式捕鯨船の建造に向けて』(1840/2/17) 遡ってビンタの翌日 次郎邸「いい? 納豆菌は超強力なんだから! 当日食べたら接近禁止だからね!」「あ、……うん」 次郎はお里の剣幕に驚き、昨日ひっぱたかれたほっぺたをなでる。「里やん、そんな怒らんでも……」 一之進が横からフォローする。「あ... 2024.03.05 転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く 第39話 『アヘン戦争と国内事情』(1840/1/16) 天保十年十二月十二日(1840/1/16) この時、イギリスは産業革命による資本の蓄積や南北戦争の戦費調達のために、銀の国外流出を抑えなければならない状態であった。 そのような状態にも拘かかわらず中国からは茶や陶磁器、絹を大量に輸入してい... 2024.03.04 転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く 第38話 『椎茸の種駒製造からほだ木まで』(1840/1/2) 天保十年十一月二十八日(1840/1/2) 玖島くしま城下 次郎邸とお里邸「えーっとまず、菌糸を手に入れなくちゃいけないけど、ホームセンターはないよね。ハイハイ……」 お里は次郎から頼まれていた椎茸しいたけ栽培のための準備に余念がない。まず... 2024.03.04 転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く 第37話 『鯨組の復活とペニシリン』(1839/11/26) 天保十年十月二一日(1839/11/26) 肥前彼杵そのぎ郡 江島村『深澤』ではなく『益富』と掲げられた屋敷では、見かけでは20歳になるかならないかという男が、他の男衆に声をかけながら作業を行っていた。「御免候、こちらに深澤太郎殿はおられる... 2024.03.02 転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く 第36話 『唐津一揆の結末と捕鯨。深澤家鯨組の復活』(1839/11/03) 天保十年九月二八日(1839/11/03) 佐賀城「その後、唐津の件はいかがあいなった?」「は、やはり佐渡守様(唐津藩主小笠原長和ながよし)の説得には応じず、一揆勢は御公儀の沙汰を待つとの事でございます。しかして唐津藩は藩兵二百五十人余りを... 2024.03.01 転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く 第35話 『耐火レンガと佐賀藩・唐津百姓一揆』(1839/09/26) 天保十年八月十九日(1839/09/26) 波佐見 奥村|嘉十《かじゅう》は近隣の炭焼き職人の中でも、良質の炭をつくるという職人を集めて話をしていた。「今日集まってもらったのは、御家老様からの命により、木炭に代わる石炭の純なるものを造るため... 2024.02.28 転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く 第34話 『まじで何が売れるだろう? 高炉の件は鍛冶屋と波佐見の窯焼き職人&炭焼き職人に任せようかな』(1839/08/20) 天保十年七月十二日(1839/08/20) 玖島城下 次郎邸 <太田和次郎> 次郎邸、といっても新築ではない。 本邸と、お里用の小さな部屋(家)が隣同士になるような土地と屋敷を購入して、あくまで隣の女主人のような形にしたのだ。 同じ屋根の下... 2024.02.27 転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く 第33回 『藩政改革と新たな商品開発。精錬方も』(1839/06/12) 天保十年五月二日(1839/06/12) 肥前 玖島くしま城 次郎左衛門 断った。 ありがたく拝命いたします、と言った直後の居室での会合で、俺は即断った。「殿、それがしはまだ家督も継いでおらぬ十七の若輩者。また、継いだとて郷村給人にございま... 2024.02.25 転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く 第32回 『何がどう転んで御家老様に?』(1839/06/12) 天保十年五月二日(1839/06/12) 肥前 太田和村 約四ヶ月の江戸滞在期間中は、渡辺崋山や高野長英にも面会をして、江川英龍と同じような話をした。 しかし時既に遅しで、高野長英はすでに幕政を批判した『|戊戌《ぼじゅつ》夢物語』を出版して... 2024.02.24 転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く 第31話 『江川英龍の知己を得、鳥居耀蔵を排除しよう』 天正九年十一月十七日(1839/1/2) ……と次郎左衛門は言ったものの、排除など簡単にできるはずがない。 鳥居耀蔵は今はまだその職にいない。 水野忠邦が重用した幕閣だからだ。そうなると、現実的にできることは、揚げ足を取られないような言動... 2024.02.23 転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く 第30話 『人生初の参勤交代』(1838/12/29) 天正九年十一月十三日(1838/12/29) <次郎左衛門> 4月にいきなり参勤交代への同行を命じられた俺は、条件を出した。 臣下の身分で主君に条件など、というのが普通かもしれないが、こればかりは願い出るしかなかったのだ。 その条件とは俺を... 2024.02.22 転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く 第29話 『幕府最後の巡見使。ゲベール銃の完成とパーカッションロック式』 天保九年四月十四日(1838/5/7) 玖島くしま城「巡見使の検分はつつがなく終わったか?」 巡見使とは、江戸幕府が諸国の監視と情勢調査のために派遣した使節の事だが、天領および旗本知行所を監察する御料巡見使と、諸藩の大名を監察する諸国巡見使... 2024.02.21 転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く 第28話 『坂本龍馬の支援者・小曽根乾堂の父、小曽根六左衛門』(1838/2/9) 天保九年一月十五日(1838/2/9) 長崎「お慶よ、石けんじゃが、お前に聞くのもどうかと思うが、このまま商いを続けても大丈夫なのか?」 父の太平次はお慶の事を、九歳にして商いにおける神童と感じてはいたが、やはり長年営んできた油問屋に未練が... 2024.02.20 転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く 第27話 『高島秋帆の一番弟子、平山醇左衛門との出会い』(1838/1/10) 天保八年十二月十五日(1838/1/10)玖島くしま城「佐賀武雄鍋島家が郎党、平山醇左衛門じょうざえもんと申します。このたびは謁見の栄誉を賜り恐悦至極に存じます」 長身である。 とは言ってもこの時代で考えればというくらいで、165cmでお里... 2024.02.19 転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く 第26話 『佐賀藩、大村藩に遣いを送り、探りを入れる』(1837/11/12) 天保八年十月十五日(1837/11/12) 佐賀城 次郎左衛門が藩主大村純顕あきにゲベール銃の複製を申請し、硝石と火薬の藩内での大規模な製造を進言している頃、肥前一の大藩である佐賀藩、佐賀城で会見が行われていた。 会見、といっても仰仰しいも... 2024.02.18 転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く 第25話 『ゲベール銃』(1837/10/01) 天保八年九月二日(1837/10/01) 長崎 次郎左衛門『ゲベール銃』 1670年代にフランスで開発されて1777年にオランダが正式採用した小銃で、一般的に言われる火縄銃と同じように火薬と弾を銃口から込めるが、点火方式が火縄ではない。 フ... 2024.02.17 転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く 第24話 『白帆注進心得』(1837/9/14) 天保八年八月十五日(1837/9/14) 玖島くしま城 <次郎左衛門>「は、白帆注進の際における心得にございます」 俺は居住まいを正し、殿に進言をした。「いかなる物か?」「はい」 俺はそう言って箇条書きにした提案一覧を読みながら紹介した。内... 2024.02.16 転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く 第23話 『モリソン号警告についての幕府の見解と、聞役としての動き』(1837/9/14) 天保八年八月十五日(1837/9/14) 玖島くしま城 <次郎左衛門>「次郎左衛門よ、もう傷の具合は良いのか」「はは、おかげ様をもちまして、完治いたしましてございます」 俺は右肩をグルグル回してみせる。殿はニコニコ笑っているが、鷲之わしの助... 2024.02.15 転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く 第22話 『石けん販売の今後と領内でしばしの休養』(1837/8/2) 天保八年七月二日(1837/8/2) 太田和村 <次郎左衛門> 腕は、ほぼ完治した。 包帯も外して風呂にもそのまま入れる。触ると少し痛いが、腕をグルグル回しても違和感はない。 一之進からは煎じ薬だけは絶対に忘れるなと口をすっぱくして言われて... 2024.02.14 転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く 第21話 『黒幕と顛末』(1837/7/6) 天保八年 六月四日(1837/7/6) 雪浦村 冨永屋敷 <次郎左衛門>「あ痛……」 痛みと共に目が覚めた。「おお! 目が覚めたぞ!」 一之進が俺の顔を見て安堵の声を上げる。それを聞いて、交代で仮眠をとっていた信之介にお里が駆け寄ってきた。... 2024.02.13 転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く
転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く 第20話 『偽物と刺客』(1837/7/5) 天保八年 六月三日(1837/7/5) 肥前国は現在の佐賀県と、壱岐と対馬を除く長崎県にあたる、律令制下の西海道に属していた国である。 その中でも西側に位置する大村藩は彼杵そのき地方(彼杵郡)にあり、南北に延びた西彼杵にしそのぎ半島(西海市... 2024.02.12 転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く