同年十一月 対馬 金石城 吉岡長増
「お初に御意をえまする。吉岡左衛門大夫長増にございます」。
目の前には対馬と壱岐七万石を治める宗讃岐守義調様がいる。今回は小佐々との関係を探り、離間の計が能うかどうか見極めにきたのだ。
「面をあげよ。吉岡殿。遠路はるばるご苦労でござった。ささ、楽になさってくだされ」
ありがとうございます、とわしは答え、正対する。
「さて、さっそくだがこたびはどういったご用件かな」
(表情一つ崩さず終始笑顔だ。それでいて無駄な話は嫌いなようだな)
「はい、さればわが殿におかれましては、讃岐守様と誼を通じたいとお考えです」
ここはこちらも単刀直入にいこう。
「ふむ、誼とな。誼とは親密なつきあいを願いたいのだろうが、商いも含めて全てにおいて、であろうかな?」
讃岐守様が聞いてきた。
「はい、その通りにございます」
「なるほど、では商いをするとして、わが対馬からは、見ての通り豊かではないゆえ、海の幸くらいしか出す物はないぞ。遠方ゆえ干物になると思うが。その他には塩だな。しかし塩は豊後にもござろう」
「それでは失礼を承知で申し上げます。海の産物を買い入れて売ることで、わが領にも利はございます。魚もとる場所で様々ですからな」
やはり、そこをついてきたか。
「確かに讃岐守様が仰せのように、利は少ないかもしれませぬ。しかれどもわが殿は、九州探題として各国に窮状があれば、それを心配しておりまする。そして六カ国太守として援助しつつつ、共存共栄を考えておられます」
「なるほどの」
讃岐守様は考えている。しかし名分としては少し弱かったか?
「では、宗麟公からは何を、豊後からは何を輸出してくれるのだ?」
「はい、されば、金銀銅錫をはじめとした鉱物がございます。ならびに南蛮との商いで得た生糸・絹織物・鉄砲・火薬・鹿皮・鉄・鉛・蜜蝋などもございます」
ここだ、ここでわが家中との商いに利を思わせる。
「さらに、ガラスやしゃぼん、葡萄酒などもありまする」
「それではもちろん、弾正大弼殿にも同じ様に使臣を遣わしているのだろうの?」
讃岐守様は当然のように聞いてきた。
「え? いやそれはまだ……」
「それはおかしい」
讃岐守様の表情が変わった。
「それに、鉄砲は、いらぬなあ」
まずい!
「まったく何を申すかと思えば。宗麟公は弾正大弼殿の再三の申し出にもかかわらず、最初は家格を理由に断っておる。そして肥前一国を治めるようになった今も、まだ同盟を結んでおらぬ」
讃岐守様の顔には呆れとも、怒りともとれる評定が見え隠れする。
「弾正大弼殿と結ばず、なぜに離れた島国のわしにそのような申し出をしてくるのじゃ? さきほどの話ではどうみても理屈にあわぬぞ」
一段と表情が厳しくなった。
「遠交近攻はたまた離間の計や?」
「とんでもありません! 滅相もございませぬ!」
「別にわれらは弾正大弼どのに隷属しているわけではないが、仮に隷属したとしても、宗麟公がやっておられた筑前の国衆や筑後の国衆のようにはならぬぞ」
讃岐守様は一息ついて、諭すように言う。
「現に波多、伊万里。波多なぞは叛意を起こしたので十四箇条の決まりで縛りはあるが、それでも領民は豊かである。神代や筑紫、西郷、内海、福田、千葉や江上などの肥前の国衆、筑前はまだ知らぬが、不平不満なぞ聞いたことがない」
一呼吸おいて、さらに続ける。
「豊後からの産物を、北回りでは毛利が支配しておる馬関海峡を渡らねばならぬ。豊後の商人だとわかれば、どう考えても襲われますぞ。そうでなくとも帆別銭や警固料を取られる。なぜにそのような危険を冒してまで誼を通じる? 肥後の八代から船をだしたとしても、弾正大弼殿の湊を通らずには対馬にはこれぬ。当然帆別銭も警固料も同じ様に必要だ。それでもまだ誼を結ぶか?」
「いえ、それは……」。
「それからな。全部あるぞ。そなたが申したもの、全部。金や銀ならこの対州にもござる。せんだって弾正大弼殿の使臣が採掘の支援を申し出てくれた。それに南蛮渡来のものも、肥前には平戸に横瀬、口之津と三つも南蛮との商いをする湊があるのじゃ。豊後にあって肥前にないものがあるわけなかろう。仮にあったとしても豊後産より、帆別銭も警固料も優遇されておるわが商人から買ったほうが、間違いなく安上がりじゃ」
もうだめだ。完全に疑われている。
「それにな……。九州探題や肥前・筑前守護といったところで、肥前も筑前も、弾正大弼殿が治めておるではないか。しかも領内は争乱もなく豊かだ」
手に持っている扇子をパタンとたたき、讃岐守様は告げた。
「こたびは遠路ご苦労であった。どうしても商いを、というのなら別にかまわんが、利はでぬぞ。わしでもわかる。同盟なぞもってのほか。わしが申している意味はわかるであろう? この話は終いじゃ」
無念だ。殿にどう報告いたそう。
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